五章 命に嫌われている
第21話
裏庭での戦闘が終わった後。陽は完全に沈み、ティナーを女子寮まで送り届けた。
人が死ぬ瞬間を目撃してしまったティナーだったが、表面上は気丈に振舞っていた。
むしろ、動揺が広まったのは学園側の方だ。
昼間に俺とルゥを襲った、魔法陣で動く鎧騎士の人形。
そして放課後に現れた謎の三人組。
そのうち二人を撃退したが――口を封じるため奴らは、自ら死を選んだ。その遺体は、学園長の信任厚い教師が回収したという。だが得られる情報は何もなかった。死人に口無しか。
一学期の授業は、まだまだ始まったばかり。生徒達へ事実を知らせても、無用なパニックを招くだけ。とにかく学園内の警備を強化し、様子を見るという結論に落ち着いた。
しかし俺からすると、学園側のその対応は、消極的な態度だと感じてしまう。
自分達の縄張りに、敵意を持った人間が紛れ込んでいるんだ。危険すぎる。
まだ他にも複数いるかもしれない。そもそも、この学園の警備は元から非常に厳しいはずなのに。
それを突破できたのだから――『内通者』がいる可能性を考えるのが妥当だ。
しかし一体、誰が? それは見当もつかない。下手に騒げば、一番の新入りである俺こそ怪しいと思われてしまう
結局は俺も、日和見な立場だな……と思いつつ。
事件の報告と対策会議が終わり、学園を闇が包む頃。ようやく教員寮へと戻ることができた。今日からこの部屋が、俺の私室だ。
「――おや、おかえりなさい。クリストファー先生」
部屋の扉を開けると、そこには金髪の爽やかそうな青年が座っていた。
机が二つあるうち片方の椅子に腰かけ、受け持つクラスの生徒達が書いた答案に、赤いインクを浸したペンで採点していた。
「えーっと……たしか……」
彼は、俺が教員達へ最初の挨拶する際――主任のグーディー先生に説教された時も――庇ってくれた、唯一の教師だ。
仲良くしておきたいと思っていたが、まさか同部屋になるとは。
「あぁ、そういえば自己紹介がまだでしたね。僕は『ラビ・ザ・ハット』です。クリストファー先生と同じ、一年生の担当です。
椅子から立ち上がり、にこやかな顔で握手を求めてくる。
俺は「どもっす……」と軽く頭を下げて握り返すだけで、どうにも社交的じゃない。
こんな闇キャで人見知りな俺なんかと違って、ラビ先生は凄いイケメンだ。すっげぇモテるんだろうなぁ……というのが、率直な第一印象だった。
「僕らみたいな若手教師は、しばらくは相部屋ですが……そのうち空き部屋ができて、個室が与えられると思います。それまで辛抱させてしまいますが、どうぞよろしくお願いします」
空き部屋が生まれるとは……? と一瞬思ったが、そういうことかと理解した。
何せココはエリート校だ。入学した全員が、無事に揃って卒業できるとは限らないか。
「……辛抱なんて。相部屋がラビ先生で助かりましたよ。学年主任だったら気が休まらない」
「はは。怖いですからね~グーディー先生は。でも実は、お菓子作りが趣味らしいですよ?」
あの顔で……? いや、別に強面なのは関係ないんだけど。
そんな雑談をしながら、教師の証である
そしてティナから没収した煙草の箱を机に置くと、ラビ先生は驚いた顔をした。
「おや、喫煙者だったんですか?」
「あ……いえ。生徒が持っていた物です。まったく、本当に問題児ばかりのクラスでしたよ」
「今年の一年生は特に癖が強いみたいですね。ほら、あの……マーカス家のご令嬢
も。入学式で凄いこと言っていましたし」
やはり、オルアナの発言は教師陣にも強烈な印象と衝撃を与えたらしい。
「実物を相手にすると、印象以上の
「何かあったら、いつでも相談してくださいねクリストファー先生。僕も新入りの頃は分からないことばかりで、大変でしたから。昔の自分を見ているようで、お節介したくなるんです」
「ラ、ラビ先生……!」
打算のない思いやりの言葉に、右目の目頭が熱くなる想いだ。入学早々から前途多難だったせいか、余計に感動してしまう。
教師陣には圧迫面接じみた経歴追及をされ、生徒達は言うこと聞かないし、幼馴染のレットはプーちゃん呼びを止めないし。
そんな時に同部屋のラビ先生に優しくされて、それだけでも今日一日分のストレスが全て吹っ飛ぶ気分だった。俺が女子だったら絶対惚れてるわ、このイケメン。
そんなメンタルまで男前なラビ先生と同室になり、激動の初日を終えた。
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