第20話

 そして――ナイフ使いが水と風と氷の属性を複合させた、三重魔法を放つ瞬間。


「……ちょっと! 良い加減、離してよっ! この黒ナメクジ!!」


 我慢の限界に達した、イラついた声が響く。

 ティナーは懐から、小さな化粧鏡を取り出した。


「『リフレクト・コンパクト』!!」


 円形の手鏡の蓋を開けると、磨かれた鏡面は夕陽を反射する。

 今にも地平線に沈んでいきそうな太陽光は、あまりにもか細い。

 だが逆に夕闇の中では、魔力で増幅させた閃光は昼間よりも強い存在感を放つ。


「むッ……!?」


 想像通り、髑髏仮面の蛇野郎にとっては弱点だったらしい。影から影へと移動する闇魔法は、光属性の魔法とは互いについの関係にある。

 隠れ家とする石をひっくり返された、芋虫や小魚のように。ティナーの光魔法に照らされた蛇野郎は、その姿を暴かれる。

 その人物は意外と小柄で、髑髏の仮面で顔を隠し、学生服を身にまとっていた。


(うちの生徒か……!?)


 だが僅かに見えた上半身のデザインだけでは、男か女かも判断できない。

 そして蛇野郎は素早い動きで物陰に隠れ、仮面だけを覗かせ、再び闇のベールで身を包み、影の中へとズブズブ沈下していった。


「待て!」


「私のような見物客には、お構いなく……。それよりも……前、見た方が良いのでは?」


「くっ……!」


 忠告によって、戦闘中であることを再認識する。

 言われた通り、敵は未だ大魔法を放とうとしている段階。ティナーの光魔法で一瞬は目が眩んだが、またすぐに攻撃を再開する気だ。

 そのため俺も、逃げる蛇になど構っていられない。仮面の奥の瞳がニヤリと歪んだのを見てから、奴の全身が闇へと溶けていくのを見届けてから、再び正面へと向き直った。


「くそっ、小癪なガキが……! だが今更、コレは防げまい! 発射ァ!」


 そう叫んでナイフ使いは、無数の氷の槍衾を進撃させた。


 しかし――ティナーの魔法で相手の目が眩んでいるうちに、此方も既に『準備』は終えていた。


「『ランドウォール』」


 再び地面を隆起させる。裏庭の土をかき集め、厚さと高さのある防壁を生み出した。


「馬鹿が! 同じ手で凌げると思うな! 壁ごと貫通してくれる!!」


 確かに、基本的な土壁の魔法など、極太な氷槍にアッサリ貫かれてしまうだろう。


「『ロック・スネーク』」


 だが俺は別に、防御のために使用したのではない。ヌルヌル動く髑髏仮面の蛇野郎から、ヒントを貰っていたんだ。

 生み出した土壁はグニャリと歪み、一匹の大蛇の姿へと変わっていく。その蛇は――学園を取り囲む湖へと、その水中へとダイブして飛び込んでいった。


「何を……!? 血迷ったか!」


 ナイフ使いは驚きつつも、『何かあるはず』と見抜いて警戒している。

 だが仮に俺が何を企もうと、小細工ごと破壊してやるといった気概で、構わず無数の氷の槍を発射し続けた。


 しかし俺は血迷ってなどいない。正気のままだ。

 大蛇を入水自殺させたのは――舞い上がる、大量の水飛沫を手に入れるため。


「『アクア』」


 事前に空中に描いていた魔法陣を発動させ、その大量の水飛沫を操る。

 飛び込んだ大蛇と同質量の水を集め、更にもう一枚の土壁をせり上がらせ、それを俺達の間に割り込ませた。


「『フローズン』」


 片手で水魔法の陣を操りつつ、もう片方の手では氷属性の魔法陣を素早く描き終える。

 大量の水を初春の空気で凍てつかせ、分厚い土と氷の壁を生成させた。


「『クリフ・フリーズ・クリスタル【断崖氷壁】』」


 氷と氷なら、より質量の多い方が打ち勝つ。

 確かに、相手が撃ち出した氷の槍は、無数の本数と威力とを誇っている。

 だが、細長い形状にしたのが間違いだ。槍を形作るのに必要でなかった分は、余分な量の水分は、全て湖に戻っていった。


 一方の俺は、湖から集めた『全ての水』を氷に変えてみせた。


 槍は凍土の壁に突き刺さり、何本かは跳ね返って、地に落ちる。

 いくつかは深く突き刺さって亀裂を入れたようだが、それでも――その先端が俺やティナーの身に届くことは、なかった。


「なん、だと……!?」


 必殺の大技を防がれて、ナイフを持った魔法使いは動揺している。絶好のチャンスだ。


「『ダークネス』」


 氷と土の壁が生み出している、長方形の影の中へと俺は飛び込む。

 そして姿を消したかと思えば、夕陽を浴びて背後に伸びている、ナイフ使いの影から現れる。

 上半身だけをズリュリと生やし、男の腰に両腕を回し、ガッチリと抱き着いた。


「しまっ……!」


 ナイフ使いの男は、俺の腕へとナイフを突き立ててくる。だがその刃は、とっくに折れてるだろ。


「せぇー、のぉぉおおおっ!」


 童話さながら、大きなカブを引っこ抜くように。

 男の胴体を抱きかかえたまま、俺は背中を後方へと、思いっっきり仰け反らせた。


「どっこい、しょぉぉぉおおおおおっ!!」


「がぁぁぁああああっ!!!」


 アーミー・スープレックス。

 魔法でも何でもない、派手な格闘プロレス技だ。


 ナイフ使いは脳天から、後頭部を裏庭の地面に叩きつけられ――気絶した。


 これにて不審者二人は戦闘不能。

 どっちも死んではいない。この程度で死ぬような実力じゃなかった。体術も魔法も、現役の軍人か退役兵のそれだ。……俺と同じ、『戦地帰り』のはず。


「……すッ……ごーい! えっ、ヤバくなぁい!? ロビンせんせー、強すぎっしょ!」


 髑髏仮面の拘束から解放され、戦いを見届けたティナー。黄色い声を上げて駆け寄ってくる。

 そして俺の肩をバッシバシ叩いて、喜びや感動や称賛を伝えてきた。痛い痛い。肉体強化魔法の反動でボロボロなんだし、大きく仰け反るスープレックスで腰も痛めたから、本当にやめてほしい。

 十代の頃は、腰痛なんて無縁だったんだけどなぁ。


「怪我はないか、ティナー」


「大丈夫! あのキモいヌルヌル、なんかマジでアタシを足止めしたかっただけっぽいし」


 なら良かった。しかし逃げていったあの怪しい髑髏仮面は、一体何の目的があって姿を現したんだ。しかも学生服を着ていたし、ゲオルギウス学園の生徒ということなのか。謎だらけだ。


 だが気になるのは髑髏の仮面だけじゃない。黒いフードを被った男達は、三人組だった。

 その内の二人は今ここで討ち倒してやったが、一人には逃げられたまま。

 あの男は、この場から離れる際、とてつもない憎悪や軽蔑を込めた瞳で俺を睨んでいた。


「……まったく、面倒なことになったな……」


 問題児だらけのクラスを担任するだけでも、人生最大の試練だというのに。

 加えて、何か陰謀めいた事態にも巻き込まれてしまったようだ。先行きが思いやられる。


 だがとにかく、直面した事案に対しては、キッチリ対処していかなければ。

 それがたとえ生徒からのお悩み相談だろうと、敵意を持った魔法使いとの命懸けの戦闘バトルだとしても。


 そう思って、とにかく気絶させた二人を拘束し、学園長に報告しに行かないとな、と――。


「ッ……! ロビンせんせーっ! 後ろ!!」


「!?」


 振り向くとそこには、石垣へと蹴り飛ばして気絶させたはずの、トンファー使いの男が立っていた。

 瓦礫の山からフラフラと姿勢を起こし、鬼の形相で此方を睨んでいる。


「はぁっ、はっ、くっ……! ……く、そ……ッ!」


 額から血をボタボタ流し、顔色が悪く、今にも倒れそうだ。

 しかし震える足で大地を踏みしめ、ヒビの入った背骨や折れているであろう肋骨に構うこともなく、意地だけで立っていた。


「……どこから来るんだよ、その執念……!」


 男の手には、鉄の棒が握られている。だが今はトンファーの姿ではなく、先端を鋭く尖らせた形状になっていた。


「またアタシの光魔法で、目潰ししてやる……!」


「よせ、下がってろティナー!」


 追い詰められ、瀕死になっても、戦意を失わない相手が一番恐ろしい。何を『しでかす』か分からないからだ。それは野生の獣や魔物、そして魔法兵にも同じことが言える。

 故にティナーを後方へ下がらせたが、相手の男は振りかぶった鉄の短槍を、俺達へ投げ付けてはこななかった。

 男は、倒れているもう一人へ――俺が格闘技スープレックスで気絶させたナイフ使いへ――と、相方の脳天を狙い、鉄槍を投擲して、グサリと突き刺した。


「ひっ……!」


 ティナーの悲鳴が上がる。

 俺は声も出せずにいた。


 コイツ――味方を、仲間を殺しやがった。


 口封じのためだろう。そして『処分』すべき人間は、この場にいる。


「はーっ、はぁー……っ!」


「……よせ、馬鹿なことは考えるな……!」


「……我が祖国に、栄光あれ!!!」


「やめろッ! 何も死ぬことはねぇ!」


 俺は駆け出す。だが魔法も何も、もう間に合わない。


 男は握った鋭い鉄の棒を――短槍を、自身のこめかみから脳髄へと、深々と突き刺した。


 糸が切れた操り人形のように、ばたりと倒れる。

 そして二度と、起き上がることはなかった。


「……なんなんだよ……!」


 ただの不審者じゃない。尋問によって学園側に情報を引き出させないため、自ら死を選んだ。


 己の命すら顧みないなんて、そんなのは――まるで、かつて俺達が戦った、南方の帝国軍人みたいじゃないか。

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