第15話

 ――ガシャン、ガシャン……


「……ん?」


 ルゥの執筆を眺めつつ、残りのサンドイッチを全て胃袋にしまった時。


 そろそろ昼休みも終わりそうな頃に、螺旋階段の下から物音――金属音が聞こえてきた。


 下を覗いてみると、そこには、鎧や兜を着込んだ何者かの姿があった。数は三人……いや四人か。


「何だアイツら……?」


 自動車や飛行船が開発されているこの時代に、随分と古風な恰好をした連中だ。

 何かの式典でもあるのか、あるいは学園の関係者なのかと一瞬思ったが――抜き身の剣を持っている部分に、俺は異常性を感じた。テイモンの持っているフランベルジュと同じ、本物の刃だ。


「……ルゥ。書いているものをしまえ」


 声を低くし、「それどころじゃないぞ」と呼びかける。


「……?」


 執筆を中断させられたルゥは、何事かと顔を上げた。

 だが俺の見つめる方を、階段下を一緒に見下ろすと、大急ぎで原稿や弁当箱を鞄へ放り込み始めた。


「オイオイ先生よォ、なんだぁアイツら?」


 人形を使って語りかけてくる。

 普通に本人が聞けば良くないか? とは思いつつ、そんなツッコミができるような軽い雰囲気ではない。


「分からん。ただ……嫌な感じがする」


 鎧の騎士達は『何か』を探しているようだ。

 地下牢から上がってきた一人が、首を横に振って「収穫ナシ」の報告をしている。


 そして今度は、兜を斜め上に向け、螺旋階段を一列に上り始めてきた。


「先生! アイツらコッチ来るぜ!」「……怖い……」


「……仕方ない。下がってろ」


 ただの不審者の集団なら、不意打ちの先制攻撃で仕留められる。

 しかし万が一、学園の関係者だったら大問題を起こしてしまう。流石に説教は一日に二度も受けたくない。


 仕方なく俺は階段を堂々と下り、離れた位置で騎士達の前に姿を現した。


「新人教師のロビン・クリストファーだ。キミ達は何者だ? こんな所で何をしている」


 警戒しつつ、話しかけてみる。


 俺の登場に騎士達はピクリと反応し、そして――質問に応えることなく、鋭い刃を向けて階段をガシャガシャと駆け上ってきた。


「先生……っ!」「ヤベぇぞ!」


「やっぱりか……! しかも問答無用かよ!」


 予想通り、部外者だったようだ。しかも敵意丸出し。逃げ場はない。背後には生徒がいる。


「『アイス・ランス』」


 指で魔法陣を宙に描き、空気中の水分をかき集めて冷却し、細長い槍を形成する。

 それを握り、刺突してきた騎士の剣の切っ先を叩き落とし、階段下へと落下させてやった。鎧を着ているなら死にはしないだろう。


 だが一人を倒しても、まだまだ数が残っている。

 後続の二人目が剣を振り上げ、俺の胴体を袈裟斬りにしようと、鋭い軌跡で振り下ろした。


「容赦ないな!」


 防がなければ、確実に致命傷になる一撃だ。だが同時に、俺は違和感を覚えていた。


 狙いは正確なのに、そこに『殺気』や『決意』といったものが感じられない。


 戦場では敵も味方も「死にたくない」とか「殺してやる」だとか――国を守りたい、戦友を死なせたくない、あるいは家族や恋人の元に帰りたいといった、様々な強い意思を抱いて戦う。

 だがコイツらには、それがない。まるで空洞。誰かに操られて、意識を失っている……?


 そもそも――本当に、中に『誰か』いるのか?


「ふっ!」


 確かめる必要がある。

 相手の剣を氷槍で抑え込み、そして槍の柄から片手を離し、鉄兜に向かって右手をかざした。


「『ブラスト』!」


 別塔の階段下から上階へと、春風が吹き抜けたタイミングで。

 風魔法を使い、兜を遥か上方まで吹き飛ばしてやった。


 宙を舞う兜。

 それは重力に従って落下していく。兜を剥がされた騎士は――あるべき場所に、頭部がなかった。


「なっ……!?」


「そんな……!」「オイオイ、なんだアイツ……!?」


 背後で、ルゥと堕天使ルシファリオンが驚愕の声を上げる。

 そして俺もひどく驚いて、言葉を失ってしまった。


「オオオォォォォォン…………ッ」


 甲冑を着込んだ人間など存在せず、ただそこには空っぽな闇だけがあった。

 空洞を風が吹き抜け、虚ろな音を鳴らす。

 そして鎧の内側には、見たこともない魔法陣が刻まれていた。


 その中身に動揺してしまった、一瞬の隙を狙い。亡霊の如き騎士は、俺の腹を蹴り上げてきた。


「がっ……!」


 螺旋階段の段差に打ち付けられる。

 落下こそしなかったが、腹部への強烈な蹴りの一撃に、一瞬意識を失いそうになった。背中を強打し、背骨も軋む。

 だが、気絶するわけにはいかない。俺の後ろには、担任するクラスの生徒ルゥがいるんだ。


「先生っ!」


「下がってろ!!」


 俺を呼ぶのは人形なのかルゥなのか、どっちが叫んでいるのか。恐怖でそれどころではないのだろう。

 俺だって精一杯だ。昼休みの時間に突然、操り人形の鎧騎士に襲われるなんて。


「魔物……の、類じゃねぇな……。『ゴーストナイト』は中に霊魂が詰まっているし、こんな明るい時間から活動したりはしない」


 敵の正体が何であれ、螺旋階段という不安定な足場では戦いにくい。


 それに、氷の槍という武器の選択もあまり良くなかった。

 春先の空気はまだ冷たいが、大量の湿気や水分を含んでいるわけでも、低温でもない。今ここで作り出せる氷の槍は、細くて強度も脆いんだ。剣に対してリーチの有利を取れるかと思ったが、そもそも槍術は大して得意じゃない。


「もっと下がれルゥ……! ルシファリオン! とにかく奥へ行くんだ!」


「で、でもよぉ……!」「どうするの、先生……!」


 階段を上りきり、弁当箱や小説を入れた鞄が置いてある別塔の最上階まで、ついに追い詰められた。


 風魔法でここから飛び降りるか……? いや、それも難しい。入学式でバルコニーへと跳躍したオルアナや、初授業で生徒達を三階から中庭へ連れていった時とは、わけが違う。塔の頂上からでは流石に高すぎる。それにルゥを連れたままでは、大怪我するリスクも高い。


「オオォォォン……ッ」


 それに――鎧の隙間から風が吹き抜け、不気味な唸り声を上げているようにも聞こえるアイツら。謎の騎士達を放置するもの良くない。


 目撃者は始末する、見敵必殺の挙動で動いている。もし他の生徒コイツらと遭遇したら、最悪の事態になるだろう。


「ルゥ」


「……?」「何だよ、先生ェ!」


 ――ここで倒すしかない。


「お前の小説、魔法陣の挿絵を描いた原稿ページが、いくつかあるよな」


「う、うん……」「それがどうしたってんだ、先生よォ!?」


 何を言いたいのか測りかねて、戸惑っている。

 だが今この場で、どうしても必要なんだ。


「アイツらを倒すのに、俺一人の力じゃ骨が折れる。……手伝ってくれるか」


「っ……」「そ、それは……」


 悩んでいる。当然だろう。いきなりこんな事態に巻き込まれ、困惑と恐怖で動くこともできないか。


 しかし――。



『ひ、秘密にする! 先生とお前だけの秘密だ! 誰にも言わないから!!』


『ソイツの名前、何て言うんだ』


『卒業まで、まだ三年もあるんだ。なにも途中で投げ出すことはない。勉強しつつ、デビューを目指してみたらどうだ。俺……応援するよ』



「……!」「……悪魔にも、義理人情はあるよな……!」


 少し悩んだ後に――ルゥは隈の多い目で見つめ上げ、人形の顔もコッチに向けてきた。


「うん……! 私も、先生と一緒に戦う……!」「俺達にできることなら、協力してやるぜ!」


「よし……。なら、闇魔法の術式が描かれてるページをありったけ集めてくれ。急ぎでだ!」


 その言葉と同時にルゥは鞄をひっくり返し、自作小説の紙を床に広げた。

 そして驚異的な集中力とスピードで、闇魔法が使用されているページの挿絵をピックアップしていく。

 緻密な設定を書き込んだ本人だから――作者だからこそ、誰よりも早く正確に、魔法陣のページを集められる。


「オオォォォン……ッ!」


 そして鎧の騎士達が、別塔の頂上へと踏み込んだ時――必要な量の魔法陣は、既に集め終わっていた。


「先生……っ!」「これで全部だぜ!」


「『ダークネス』」


 紙束を受け取って、魔法陣へと魔力を注ぎ込む。

 だが完全な状態で術式を使用するわけじゃない。それらの魔法の『半分だけ』を扱う。


 闇の魔力が溢れた挿絵のページは、真っ黒に塗り潰されたような状態となり、一枚一枚が舞い上がる。

 そして光を差し込ませている窓や壁の隙間、全てを『目張り』して塞いでいく。


「!?」


 騎士達は一瞬動揺した。闇魔法の攻撃が来ると思ったのだろう。実際はそうじゃない。

 それに、連中は俺の左目と同じで、眼球を持たない。兜の奥で、魔法陣が不気味に輝いているだけだ。松明すら持たずに地下牢の探索をしていたし、暗闇の中でも問題なく活動できるはず。


 だから俺は、攻撃しようとしたんじゃない。これは全て『下準備』だ。


 冷たい冷気や豊富な水分は確保できなかった。燃やし尽くすための火種や、全てを切り裂く突風も。

 迸る雷や、眩い光すらない状況。だが闇魔法の書かれたページ達を操り、隙間を塞ぎ、この頂上の部屋全体を薄暗くすれば――あとは、闇魔法の得意な『彼女』と協力すれば良い。


「ぶちかますぞ、ルゥ。ルシファリオン」


「うんっ……!」「行くぜぇぇえええっ!」


 ルゥが魔法陣のページを集めている間、俺は別塔の床に『本命』の魔法陣を描いていた。

 そこへ、ルゥの小さな手と一緒に触れて、魔法使い二人分の魔力で、上級魔法を発動させる。


「「『ブラックデッド・マリオネット』」」


 薄暗い部屋の中。俺の描いた魔法陣がルゥの魔力とも反応し、そして熊の人形と一体化する。

 堕天使ルシファリオンは闇の魔力を吸って巨大化し――鋭い角と、大鷲のような黒い翼が生えてきた。

 赤い眼光と鋭利な牙を持つ、古い書物に記されるような、大熊の悪魔の姿となった。


「ガァァァアアアアアッッ!!!」


 悪魔の太い腕から繰り出される一撃によって、騎士の一体は鉄クズの如く押し潰される。

 もう一体の騎士は、鎧内部の魔法陣ごと、固い兜を噛み砕かれた。

 長槍を持ってルゥを突き刺そうとしてきた槍兵も、悪魔が振り回す尻尾のムチで壁へと叩きつけられ、一瞬でバラバラに砕け散った。


 残す最後の一体は、どこかへ報告にでも向かうつもりか、急いで階段を下りていく。

 光のある場所では、ブラックデッド・マリオネットの効果は消失してしまう。冷静な判断だ。


「あっ……!」「逃げた奴がいるぜェェ、先生!」


「任せろ。『ブラスト』」


 目張りしていたページを剥がす。すると最上階の部屋へは、一気に春風が入り込んできた。

 その風を魔力で強化し、身体を包む。そして階段を下りようとする騎士の前へと、先回りで舞い降りた。


「よぉ、騎士様。お前も……ルゥの小説を読んでいけよ」


「……!」


 小説を読む瞳も、楽しむ脳すら持たない騎士は、立ち塞がった俺へと鉄剣を振り下ろ――。


おせぇ。テイモンの方が、剣術は遥かに上だぞ」


 テイモンが操る煉獄の刃フランベルジュと比べたら、まるでレベルの低い一閃だ。


「『ロック』」


 煉瓦造りの別塔の壁に、魔法陣を書き込んでいく。それも二つ。まず一つ目は土魔法。

 積み上げられた煉瓦のブロックが、パズルのように入れ替わり、その形状は円錐形に鋭くなる。

 そして煉瓦が動いたことで、隙間からは正午の日差しが入り込んでくる。本日の最大光量だ。


「『ライトニングニードル』」


 差し込む光は、無数の鋭い針や棘に変わる。

 そうして先程の『ロック』と組み合わせ、二重魔法として繰り出す。


 光の棘と、煉瓦の杭。


 階段を下りる騎士に隣接する壁が、その全体が槍衾となった攻撃は――不可避。


「『ライトロック・ヘッジホッグ』」


 無数の光槍と土棘が、騎士の身体を串刺しにする。もし内部に人間が入っていたら、中々にエグい光景となっていただろう。


「……!」


 だが空っぽな騎士は悲鳴を上げることも、痛みに呻くこともなく。

 ただ、兜の奥の魔法陣からは光が消え、螺旋階段の途中で力尽き、一階へと落下していった。


「……ふぅ」


 これで、謎の騎士達を全て討ち倒した。


 結局アイツらがどういう存在で、何を目的としていたのかは、一切分からなかったが――どうにか窮地は脱したようだ。


「……先生」


 ルゥが階段を下りてくる。クマの人形を相変わらず胸に抱え、それでもその表情は、最初に出会った時より幾分か明るい。


「ルゥ。怪我はないか。手伝ってくれて、ありがとな」


「うん……。でもほとんど、先生の、おかげ……。私こそ……あ、あり、ありが……」


 自分の言葉で伝えるのは恥ずかしいのか、クマの後頭部に顔を押し付けて、表情を隠す。そして人形の手足を動かし、悦びを表現し始めた。


「しっかし、すっげぇーなぁ先生! 生身で鎧の騎士を五人も倒しちまうなんてよォ!」


「……魔法使いは、一人で兵卒十人分の戦力とされる。しかも相手は銃すら持たない時代錯誤の中世騎士だ。これくらいは、対処できないとな」


「カッケぇーっ!」「先生、すごい……!」


 とはいえ、実際は少しのミスで俺達二人とも消されるところだった。危機的な状況だった。

 まさか学園内で、『傀儡魔法』を使用されたゴーレムと対峙するとは。

 そして教師だろうと生徒だろうと、目撃者は抹殺せよと命令実行プログラムされていたようだ。


 あの魔法陣を、鎧に仕掛けた『何者か』がいるはずだ。

 もしかすると、犯人ソイツは今もどこか遠くで、俺達を監視しているのかもしれない。


「……そろそろ昼休みが終わる。教室に戻るぞルゥ。ルシファリオン。もしまた同じような鎧や、怪しい奴を見かけたら近付いたりせず、すぐ俺や他の先生に知らせろ」


「うん……!」「合点承知だぜ!」


 俺達は階段を下りていく。


 ふと、人形を持たない方の手で、ルゥは俺の手を握ってきた。

 なんだか父親と娘……というより、またしても幼女を誘拐している怪しい眼帯男みたいな構図だ。

 だがとにかく、人の多い場所までは無事に送り届けないとな、と思ってそのままにしといた。


「……手すりとかないから、気を付けろよ」


「うん……。……ふふ……っ」


 小さく柔らかい温かな手で、俺の手を握るルゥの表情は、心なしか嬉しそうに見えた。

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