第13話

 昼時の食堂は、既に数多の生徒でごった返していた。


  かつての覇王が拠点として用いていた時は、数百・数千人の兵士の胃袋を満たしてきた場所だ。

 時代が変わり、今は食欲旺盛な、育ち盛りの若者達が昼飯にありついている。


 教師といえども、俺達が座れる場所などなさそうだ。

 グーディー主任に怒られていた時間的ロスもあり、食堂に用意されている料理も、ほとんど品切れだった。


「こ、困ったねぇ~! 座れる場所なさそうだし、ご飯もあんまり残っていないみた~い!」


 すると突然、右脇に立つレットがワザとらしく言い出した。その小芝居は要らないだろ。


「でも大丈夫だよ! プーちゃんに、ひもじい思いなんてさせないから! じゃじゃーん!」


 どこに隠し持っていたのか、ハンカチに包まれた小箱を取り出した。良い匂いが漂ってくる。


「ハイどーぞ、手作りのお弁当! 私の分もあるから、な、中庭とかで一緒に……!」


「ありがとなレット。じゃあ俺はどこか、一人で静かに食えそうな場所を探してくる」


 弁当を受け取って礼を言い、背を向けて急ぎ足で走り出そうとする。


 そんな俺の教師服ローブの裾を、レットはガッチリ掴んできた。


「なんで!? どうして!? なにゆえぇえ!!?」


何故なにゆえ、ってお前……」


 周りが見えていないのかコイツは。

 食堂に二人並んで入ってきた時から、生徒達にジロジロ見られている。レットが手作り弁当を取り出した時なんて、口笛を吹く奴までいたくらいだ。


「噂になるとか考えないのか。てか、もう既になってるだろ」


「噂? 何が? 何の話?」


 マジかコイツ……。


 レットは昔から無頓着すぎる。

 軍人学校にいた時や戦場の野営地でも、前線部隊の俺達と、衛生兵のレットとで所属が違うくせに、俺や相棒の顔を見るため、何度も訪ねてきていた。

 そのせいで、同期や戦友達からよくからかわれていたものだ。


「お前……アラサーのくせに鈍感すぎないか」


「ア、アラサーじゃないですぅう! 二十五歳はまだピチピチの女の子ですぅうううっ!!」


 地雷ワードだったのか、烈火の如く怒り始めた。

 兵士だった頃の俺は、地雷なんて踏んだことないのに。女心は分からん。


「とにかく、俺はどこか人目のないところで食うから。じゃあ、またなレット」


 そして俺は両足に雷魔法『スパークル』の魔法をかけて、素早く歩き出した。

 昼間にピーターがやっていた術式の真似だ。だが感電しないギリギリの出力だとしても、ピリッピリした痛みが流れてくる。よく我慢できていたなアイツ。


「待ってぇええ! 置いてかないでプーちゃぁあん!! 私を一人にしないでぇぇえええ!」


「誤解されるようなこと叫ぶな馬鹿ッ!!」


 まるで女を捨てて行く最低男のようだ。

 しかし気にせずレットを置き去りにし、食堂から逃げるように出ていった。




***




「はぁ、まったく……。レットのやつ……」


 いつまでも昔の気分のままでいられては困る。もう学生でも若者でもなく、俺達は社会人なのだから。

 ただでさえ『眼帯の新人教師』ということで、色々と面倒になっているのに。女沙汰でも噂になりたくない。


 そうして俺は広い城内を、落ち着いて食べられる場所を探して歩き回っていたが――。


「あ! 先生! 主任グーディーからの説教は終わったのかよ!? 勝負さっきの続きしようぜ! 今度は負けねぇ!」


「また今度な!」


 運動場で訓練していた、雷パンチのピーターに声をかけられ、走りながらそれをいなす。


「やぁ先生! 僕の剣を受けきった貴方を、用心棒として是非我がブーバーン家で雇いたいのだが……!」


「教師クビになったら頼む!」


 食後の紅茶を飲んでいた、魔法剣士のテイモンからのスカウトを断り、中庭を駆け抜ける。


「良い匂~い! ロビン先生! それ少しちょうだい!」


「うわぁあ!?」


 流石に木の上ならば誰も来ないだろう、と思って登ったのに。

 緑髪の三つ編みおさげヘアーな弓手バンビエッタが、更に高い位置から枝葉を掻き分け、逆さ吊りの体勢で顔を出してきた。

 レットの手作り弁当を狙う、まさに狩猟者の目付きだったので、すぐに木から下りて退散した。


「――……オイオイ、昼休み終わっちまうぞ……!」


 別にこの際、生徒達と親睦を深めながら昼飯にしても良いのだが……こうなれば意地だ。何としてでも、一人で静かに食事をしてやる。


 そう思って俺は、学園端の別塔までやってきた。


 校舎や食堂、円卓の間が収容されている本城とは別の、かつて物見櫓として使われていた場所。地下には罪人を閉じ込める牢屋もあるらしい。

 日当たりが悪く薄暗く、何とも不気味な雰囲気が漂っている。だがそれ故に生徒の姿はなく、ようやく安息の地を見つけたと思った。


「ふぅ……」


 別塔の上階へと続く、煉瓦作りの螺旋階段の途中で座り、ようやく一息つく。


 レットから貰った弁当箱の蓋を開けると、そこにはサンドイッチが入っていた。

 玉子やレタスやハムやら、栄養バランスも考えられている。流石は保健の先生だ。


「いただきます」


 幼馴染に感謝しつつ手を合わせ、サンドイッチを頬張っていく。素朴な味だが、実に美味い。


 昔からレットは料理が得意で、家に遊びに来た時は、よくイヨ婆ちゃんと一緒に昼飯の用意をしてくれていた。

 しかし俺と相棒は料理なんてからっきしで、特にアイツは女のくせに料理なんてできなかった。戦争が終わって女性が活躍する今の時代、こんなことを言うと問題になりそうだが。


 そういえば……初めてアイツと出逢ったのも、サンドイッチがきっかけだったな。



『――よォ。そこのお前。これ、食うか?』



 王都の三番地区。日の当たらない路地裏で、俺は常に腹を空かせていた。

 もう三日も飲まず食わずで、年齢が二桁にも達していないガキにとって、死を覚悟するには充分な衰弱っぷりだった。


 親の顔は知らない。小さな教会の前に捨てられており、そこの神父から『ロビン・クリストファー』という名前を与えられた。

 しかし数年後のある日、教会に盗賊団が押し寄せてきて、神父を含め大人達は全員殺され、俺以外の子供はみんな連れ去られ、どこかに売られていった。

 俺だけ一人生き残ったが、路地裏での生活は、とっくに限界を迎えていた。


 そんな俺へ――同じくボロボロの汚いガキが、飯をくれた。

 その食べ物は、誰かが半端に食って捨てたらしきサンドイッチで、あちこち泥や埃がついている。

 しかし俺には、その残飯が、どんな料理よりも美味そうに見えた。


「腹減ってんだろ。遠慮すんな。金取ったりしねーからよ。そもそもお前も一文ナシみたいだしな」


 半分にちぎり、差し出してきた。俺と同じ、小さな手だった。


 俺はひったくるように受け取り、三日ぶりの飯をガツガツ貪っていく。


「……っ、ぅう、ぐすっ……!」


 久々の食事に、他人の優しさに――喉が渇いているはずなのに、涙が止まらなかった。


「オ、オイ。大丈夫かよ? どっか腹とか痛むのか!?」


 違うんだ、そうじゃない、と首を振り、食べ進める。


 そうしてサンドイッチを一気に頬張って、水も貰い、どうにか生き永らえた。


「そんなに美味かったか?」


「うん……! ありがとう、本当に……っ!」


「……どっか具合悪くなりそうな気配はないか? 腹痛いとか。舌が痺れたりしない?」


「……? う、うん。大丈夫……だと、思うけど……」


 質問の意図が分からなかった。だがとりあえず問題ないと告げると、ソイツは笑顔になった。


「なら食っても良さそうだな! いやぁ、なんか酸っぱい匂いしてたからよォ。食ってハラ壊したらヤバイかなって悩んでたんだけど、お前を見かけてよかったぜ! じゃあオレも食おーっと」


 そしてソイツは俺の隣に座って、自身の分をゆっくり食べ始めた。

 俺はビックリして、言葉も出なかった。


 俺を毒見の実験台にしたソイツは、「うめー」と満足そうにしながら、左隣に腰掛けている。

 その横顔をじっと見ていると、ソイツは右側からの視線に気付いて、サンドイッチを遠ざけた。


「……んだよ。やらねぇぞ」


「い、いや……」


 もっと欲しかったわけじゃない。ただ、癖っ毛な金髪と、輝く金色の瞳は――この路地裏で、ゴミ山の中で、かつて過ごした教会でも知らなかった――生まれて初めて見る美しさだった。


「なぁ。ところでお前、名は?」


「……ロビン・クリストファー」


「そうか。良い名前だな。ユリウス・ガイセリックに仕えて1189年のマスカレイド会戦で活躍した、魔法師団三番隊隊長の『大僧正』と同じだし。……あぁ、オレは『ケシィ』。よろしくなロビン! これも何かの縁だ。俺とお前は、今日から友達ダチだ」


 そしてソイツは――ケシィは、小さな拳を差し出してきた。

 俺も恐る恐る、その拳へと、握った自分の手をコツンとぶつけてみる。


 ケシィはニッと笑って、その瞬間から、俺と相棒の日々が始まった。

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