三章 塔の上の文学少女

第12話

「どぉぉぉなっているのかね、クリストファー先生ぇぇぇえええええッッ!!!」


 円卓の間に、大太鼓を打ち鳴らしたような、大砲をぶっぱなしたみたいな怒号が響く。


 かつての覇王が幹部会議に使用していた広い部屋は、一見するとパーティー会場のようにも見える。

 だが現在は、学園の先生達が集う教員室になっていた。各教師には仕事場兼私室としての部屋も与えられているが、情報の共有や職員会議は常にココで行われる。


 そろそろ午前の授業が終わる時間。

 ビショップクラスの授業は、今は魔法薬学専門の講師が教鞭を振るってくれていた。


 よって円卓の間には現在、数名の教師しかいない。

 だが何十人の生徒達の騒ぎ声よりもデカい声で、大柄な体躯の学年主任――無精髭を生やした『グーディー先生』は、仁王立ちで激怒する。


 スタンジェネレイドは使用されていないのに、怒鳴り声だけで俺も気絶してしまいそうだ。


「開校初日の一時間目から、カリキュラムを全て無視! さらには生徒達を外へ連れ出し、勝手な模擬戦!! あまつさえ、そのうち数名を意識不明にさせただと!?」


 反論の余地すら与えず、まくしたててくる。鼓膜がビリビリ震えるほどの声量だ。


「あ、あのっ!」


 そんなグーディー主任に対して、俺の右隣に立つレットが助け船を出してくれた。実に頼もしい。


「保健室に来た生徒達はみんな目が覚めて、今は元気になってま……!」


「ピグマリオン先生には聞いてなぁぁあああいッッ!!」


「ひぃん! ごめんなさぁあいっ!!」


 主任の一喝で、レットは一瞬にして涙目になった。あまりにも弱すぎる。


「あとついでに、教室の扉を氷漬けにして破壊したとか! どんな不良でも、初日に窓や扉を壊した者なんて過去に一人もいないぞ! それがまさか、生徒ではなく教員が!!」


 こうして列挙されると……すんげぇ問題のある教師だな、俺って。


「申し訳ありませんでした」


 だが、言い訳も嘘も吐く必要はない。とにかく事実を認めて、頭を下げるだけだ。後の処分は、向こうの判断に任せるのみ。


「申し訳ないで済むか! 生徒達を預かる身でありながら、怪我させたとあっては大問題になるぞ!! 俺は貴様のような輩を、この学園の教師としては絶対に認めん!!!」


 怪我をさせるつもりなどなかった。ちゃんと手加減はした。それに、別に主任アンタに認めてほしくて働いているわけじゃない。


 しかしそれを言ったら再び怒鳴られると思ったので、黙って頭を下げ続けた。


「まぁまぁ、グーディー先生。結果的に誰も怪我をしなかったのですから」


 ここで、円卓に座る学園長が助けてくれる。レットより遥かに頼もしい味方だった。


「生徒達には魔術の研鑽を積ませるため、敷地内での魔法使用は許可しております。確かに、教師と生徒の模擬戦は異例ですが、禁止魔法が使用されたわけでもないですし……」


 この学園では時たま、生徒同士による魔法勝負も行われているらしかった。

 もちろん怪我をさせたり、取り返しのつかない事態に発展してしまった場合は、それ相応の重い罰が課される。

 だがそこまでエスカレートしない範囲なら、実戦で技量を高めるのは、むしろ推奨されていた。


「……僕も、クリストファー先生の責任を問うのは早いかと思います。あの問題児達のクラスを任せているんですから、これくらいの強い指導は必要かもしれません」


 円卓に座る、若い金髪の教師もフォローしてくれる。

 同年代らしき青年は、此方俺達の方を見てこっそりウィンクを送ってきた。

 素晴らしく爽やかで、性格の良いイケメンだ。


 ――けど今、『問題児達のクラス』って言ったか?


「ぬぅ……! な、何かあってからでは遅いのですよ! 忠告はしておきましたからな!」


 結局グーディー主任は、俺が提出した報告書と反省文をわし掴んで受け取り、不機嫌そうに退室していった。


 そして事情聴取説教タイムが終了したのは、昼時を知らせる鐘の音が、ちょうど鳴り出した頃だった。


「……やれやれ。グーディー先生は時々ああして、熱くなり過ぎるきらいがありますな。教育熱心とも言えるのですが……。あぁ、もう戻っても良いですぞ。クリストファー先生」


「庇っていただき、ありがとうございました。学園長先生」


「いえいえ。貴方には期待しておりますからな。……色々と」


 そうして円卓の部屋を出て、レットと共に廊下を進む。

 食堂を目指しつつ、右隣で歩くレットは、普段通りの明るい笑顔を取り戻した。


「反省文だけで済んで良かったね、プーちゃん! も~、一時はどうなることかと思ったよ~! 普段から怖い顔のグーディー先生に怒られて、なんか私まで悪いことしたみたいな――」


「レット」


 廊下で立ち止まり、レットの方を向く。

 幼馴染は、小動物っぽい雰囲気で小首をかしげた。


「なに? プーちゃん」


「プーちゃんって呼ぶのやめろ。それから……俺のクラス、『問題児ばかり』なのか?」


「あっ」


 その瞬間、童顔な表情が露骨に曇った。

 冷や汗をかいて目を逸らし、明らかに動揺している。


「え、えっと……。そ、それは、あの……っ!」


「……お前、まさか……」


「ちちち、違うよ!? 私も知らなかったの! クセのある子が集まっているクラスだなんて知っていたら、プーちゃんを無理には誘わなかったよぉ!」


 どうやら本当らしい。長い付き合いだから分かる。


 レットは俺と同じ戦地帰り退役兵の割に、嘘をついたりスレたりしている部分がない。仮に誤魔化しや嘘を言おうとしても、すぐ表情に出る。

 俺や相棒アイツと一緒に遊んでいた当時、孤児や士官学生だった頃は、その分かりやすさから何度も騙されてポーカーやチェスで負けていた。そのくせ、相棒のふっかける勝負から逃げず、何度も挑んではカモにされていた。


「もしかしたら、本来赴任するはずだった教師とやらは、新入生のリストを見てビビって逃げたのかもな」


「そ、そんなことは……ない……と、思うけど……」


 歯切れが悪い。可能性がゼロではないのだろう。

 新入生挨拶でカマした大貴族の娘や、帯刀している貴族の次男坊。木の上から不意打ちする狩人に、グーパンで殴りかかってくる猪。

 他にも色々と灰汁の強い生徒が多くいた。初日から、扉に炸裂魔法を仕掛けてくるような学級クラスだ。


 これは、完全に……面倒な手合いを集めて、新人の教師に丸投げしたのだろう。ていの良い人柱だ。

 それでよく「何か起きてからでは遅い」とか言えたものだ、あの主任。


「で、でもプーちゃんなら、きっと大丈夫だよ! いきなり模擬戦なんて私もビックリしたけど、誰にも負けなかったんでしょ!? きっと生徒達も、少しずつ信頼してくれるんじゃないかな!」


「だと良いんだけど……」


 先行きが不安すぎる。どうなることやらと思いつつ、久々に激しい運動をして腹が減った。 

 俺はレットと共に、学園の大食堂へ向かっていった。

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