第11話

 そうして一人目テイモンを倒し、肩をポンポン叩いてやってから立ち上がる。


 ――瞬間。背後で、俺の防御魔法陣が自動発動した。


「っ!」


 右斜め後方を振り向く。そこでは、魔法障壁が発生していた。


 物理攻撃も魔法攻撃も、全てのエネルギーを吸い込んでしまう闇の渦『ダークホール』。

 不意打ち対策に、俺が身体に常時貼りつけている術式。一定以上の速度で迫るものがあれば、自分自身の『影』を媒介に、勝手に防御してくれる優れものだ。


 そんな魔法陣が発動するほどの奇襲を仕掛けてきたのは、中庭の木の上に登る、一人の女子生徒だった。

 太い枝を足場とし、まだ花の咲かない桜の枝葉に隠れ、矢を放った直後の体勢で、冷や汗を浮かべて弓を構えている。

 頭にバンダナを巻き、緑髪を三つ編みのおさげにまとめる少女。初授業前に読んできた、顔写真付きの名簿によると……名前は確か『バンビエッタ・サンパース』。


「やっば」


 バンビエッタは不意打ちに失敗して、気まずい表情を浮かべていた。狙撃手スナイパーが敵に見つかるのは、戦場では死を意味する。


 だが彼女は、攻撃の手を緩めなかった。再び弦を引き絞る。

 矢はつがえていないが、『弓そのもの』が魔法陣のようだ。

 半月上の弓本体と、弦を引くことで、もう半分の『円』が完成する。そうして円形状になったシルエットに、魔法陣の輪郭を浮かび上がらせるのか。面白い魔法弓だな。


「『ライトニングアロー』っ!」


 曇り空の隙間から注ぎ込む、弱い木漏れ日を魔力で収束させ、光の矢を構築して放つ。


 正しい属性選択だ。闇の防御陣『ダークホール』は物理的な不意打ち攻撃に強いが、対抗の属性に位置する光魔法までは防げない。


「『ランドウォール』」


 だが、一射目から光の矢を撃ってこなかったのは失敗だな。バンビエッタ。


 俺は右足で地面を踏みしめる。履いているブーツの靴底には、土属性の魔法陣を刻んでいた。

 そして中庭の土が隆起する。回避も逃げもせず、一枚の分厚い土の壁を出現させ、射線を遮った。

 土壁には無数の光の矢が突き刺さるが、壁の裏側に隠れる俺自身は無傷。


 洞窟や地中の奥深くまで、光が届くことはない。あまり知られていないが、光魔法の攻撃には土属性の防御魔法が有効だったりする。


「……クリステル先生すっごーい」


 木の上のスナイパー女子バンビエッタは、感心した声を上げて弓を下ろした。


「いや名前間違ってる。クリストファー先生だっての」


 とはいえ、素直に負けを認めてくれたようだ。これで二人目。


 お次は――。


「マジすげぇぇえええっ! 燃えてきたぜえええええっ!!」


 すると今度は、背の低い赤髪の男子が、生徒達の集団から大声を上げて突っ込んできた。


「次はこの俺『ピーター・ダーリング』と手合せ願うぜ、コビン・クリスタル先生ぇええ!」


「ロビン・クリストファーだっつってんだろ! 俺の名前そんな覚えにくい!?」


 ツッコミを入れたせいで認識が遅れたが、相手は素手の魔法兵。自分でテイモンに教えておいて、丸腰の敵に油断するわけにはいかない。


 剣も弓も持たず突進してくるピーターは、握った拳の『手の甲』に、魔法陣を書き込んでいた。染料ペイントじゃない。刺青タトゥーか。


「轟け、俺の鉄拳! 『スパークル』!!」


 拳から、バチバチと眩い電撃がほとばしっている。


 やや雲はあるが雨天ではなく、周囲には雷雲も電気も存在しないはずなのに。……いや、『電力』の要素は常にあったな。

 人間が筋肉を動かすのも感情が揺れるのも、全ては脳からの電気信号。それを魔法で増幅させ、雷の拳としているのだろう。


 だが気になる部分は残している。むしろ驚嘆に近い疑問だ。


「自分自身は感電しないよう、そこまで精密にコントロールできるものか……!?」


 雷魔法は強力だが、闇属性に次いで扱いが難しい属性。

 しかしピーターは生身の身体に帯電させつつも、不敵な笑みを浮かべて突き進んでくる。

 もしそうだとすれば、魔力を操る技術だけなら、俺より上かもしれない。達人の領域だ。


「いや、バリッバリに感電してるぜ!? けど気合いよ気合いぃぃッ! ビリビリしてクソ痛ぇから、速攻で終わらせるぜぇぇえええっ!!」


「さてはバカだなお前!?」


 真実は種も仕掛けもない、ただの痩せ我慢による雷撃パンチだった。


 土魔法で防いでも良いが、ピーターは小柄な体格ながらも、太い腕やガッシリとした足腰をしている。

 岩石を使用したわけでもない土くれの防壁だけでは、突破されるかもしれない。

 通電しないものは腕力で砕くという、ゴリ押し戦法スタイルなのだろう。


 ならば――。


「『ポイントフラッシュ』」


 光魔法で閃光を喰らわす。初春の弱い日差しは、中庭全体を真っ白な世界へと変えた。


「なんのぉおおッ! 目眩まし程度で怯むかよ! 今こそ都合良く覚醒しろ、俺の心眼んんん!!」


 視界を潰されても目を閉じたまま、ヤマ勘で突っ込んでくる。

 いや、ちゃんと俺の位置は把握しているようだ。勘が良いのか知覚が鋭いのか、狙いは正確。直線で突っ込んできた。


 しかし――その拳が届く前に。猪突猛進なピーターは、力なくドサリと倒れ込んだ。

 あんなに元気だったのに。声を上げることもピクリとも動かず、中庭の地面へうつ伏せになって、沈黙した。


 ……これで三人目の撃破だ。


「……ふぅ。こういう特攻かましてくる奴が、実は一番怖いんだよな……」


 そして俺とピーターの戦いを近くで見ていた数名も、意識を失って倒れている。


 閃光が治まり、ゆっくり目を開いた他の生徒達は、集団の後方にいた面々は、ひどく困惑していた。


「……!? なっ……!」


「えっ……!? なに……!?」


「ど、どうしたのよ皆!?」


「大丈夫か、ピーターっ!」


 誰も死んじゃいない。気絶しているだけだ。数分もすれば起き上がるだろう。

 だが意識の残っている生徒達は、動揺を隠し切れていなかった。当然だ。クラスメイトの大半が、目の前で突然倒れてしまったんだから。


「さて……次は? さっきも言ったが、複数人まとめてかかって来ても良いぞ」


 だが俺は何事もないように喋り出し、新たな戦いを望む。

 そうして右目で中庭を見渡すと、誰も目を合わせようとはしなかった。――オルアナ以外は。


(……よしよし、士気を低下させるのには成功したか……)


「まとめてかかってこい」なんてカッコつけたが、正直言うと賭けだった。

 未熟とはいえ、もし本当に数十人もの魔法使いに囲まれて袋叩きにされたら、結構ヤバい。だが、どうにか戦意喪失してくれたようだ。


 戦争で学んだ知恵は、ココでも活かされた。

 たとえコッチの戦力がボロボロだとしても、気丈に振舞っているフリだったとしても。先制攻撃で実力差を見せつけて混乱を誘い、強い言葉で降伏を迫れば、大抵の敵は戦闘を放棄する。時たま、諦めを知らずに反撃してくるイカれた連中もいるが。


 しかしここはエリート校。意地を張ってまで、敵対するメリットはないと踏んだようだ。


「……これで多少は、お前達を指導する資格があると、認めてくれるかな?」


 問いかけには誰も答えない。だがもう、俺の経歴や実力に、異を唱える学生はいなかった。


「では、授業はここまでとする。無事な者は、倒れた奴を保健室に運んでやってくれ」


 そうして城内へ戻って行こうとする。向かう先は円卓の間だ。


 学園長は俺の指導力を「授業や生徒達からの評判で把握できるでしょう」と言っていた。

 冷静に考えて……すっごい怒られるだろうなぁ。


 ならばせめて、事態が発覚して呼び出される前に、自ら報告しよう。

 自分から出頭して説明して謝罪した方が、同じ失態でもダメージや印象の悪化は少ない……と、思う。たぶん。


 誰とも関わらず、浪人暮らししている時は、そういう面では楽だった。人付き合いはイヨ婆ちゃんやレットだけだったし。

 時たま出会う人々も――宮廷魔導士試験に落ちた人達の家を訪れ、「魔法を学習させてくれ」と頼んだ時も――その場限りで、仮に不快にさせて怒らせてしまっても、付き合いはそれっきりだった。


 しかし多くの人間と関わるようになった以上、こうした気苦労は今後も絶えないだろうな。


「……『スタンジェネレイド』」


 中庭を出ていこうとして、オルアナと擦れ違う時。彼女が小さく、呟いた。


「ん?」


「『ポイントフラッシュ』の魔法を唱える時、貴方はその自体も音響魔法で増幅させた。人間は強い光と大きな音を瞬間的に喰らうと、意識を喪失する」


 『二重魔法』に、オルアナだけは気付いていたらしい。


 ピーター達が気絶したカラクリは、彼女の説明そのままだ。戦場ではよくやったし、よくやられた魔法でもある。


「正解だ首席合格者くん。そこまで分かったのなら、俺を倒そうとは思わなかったのか?」


「……貴方が使ったのは、基本的な魔法の組み合わせばかり。ほとんど手の内を見せない相手に無策で突っ込むほど、馬鹿じゃないのよ」


 それが俺とオルアナの、初めての会話だった。


 実際に話してみると、遠くで見た時の印象より……更にも増して冷たい。相手を突き放すような口調だ。実にトゲトゲしい。


 てか、テイモンより先に、オルアナが最初に俺に挑もうとしてませんでした?


「無策で突っ込んでくる奴も、それはそれで驚異だけどな。……あと、呼ぶ時は『貴方』じゃなくて『先生』な」


「教師として尊敬されたいのなら、私よりもまさっている部分を見せることね」


 そう言い捨て、気絶した生徒達に肩を貸そうともせず、銀色の長い髪をなびかせ、教室の方へと一人で歩いて行ってしまった。


 俺はその背中を、眼帯をしていない右目で見送った。


「……俺の生徒、可愛げがないなぁ……」


 若者の相手は、やっぱ苦手だ。

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