第10話
学園の中庭。
入学式が終わり、噴水が噴き上がっている美しい庭園へと、生徒達を風魔法によって着地させた。そして俺自身も舞い降りる。
しかし、大地にフワリと靴底を付けた俺とは違い、上手く受け身のできなかった生徒が大半なようだった。
柔らかい芝生に尻もちをついたり、腹ばいに落ちた格好になったりしている。ひっくり返った昆虫のような者もおり、思い思いの面白い姿で転がっていた。
「……な、何しやがる!! 死ぬかと思ったわ!」
「最悪ー! スカートがシワになっちゃってる!」
「ぶ、無礼者! ぼっ、ぼぼぼ、僕に怪我をさせたら、父上が黙っていないぞ!!」
どいつもこいつもギャーギャー喚いている。よし、全員元気そうで何よりだ。
そんな中で、ひときわ強い視線を感じた。オルアナだ。
すぐに立ち上がって制服の皺を伸ばし、土や草を手でぱんぱん払っており、他の生徒達みたいに大声で文句を言いはしない。
「………………」
しかし、すっごい険しい顔で睨んでくる。
目ぇ
とにかく、場所移動は完了した。俺なりの授業の開始だ。
「火と雷と闇はないが……。ここには豊富な水と吹き抜ける風、しっかりした大地と、さんさんと注ぐ光が溢れている。氷は水魔法でどうにかしろ」
うるさい抗議の声を無視し、説明を開始する。
何を言っているんだ、何がしたいんだと困惑する生徒達へ、俺は『技能試験』を課していく。
「諸君らの最も得意とする魔法を見せてみろ。時間がないから、複数人まとめてでも良いぞ」
ご希望通り、カリキュラムをすっ飛ばして実力を測ってやろう。
軍隊上がりの俺としても、『こういうやり方』のが慣れている。
だが――先程まであんなに威勢の良かった生徒達が、急に押し黙った。
誰も前に出ようとしない。
一人でも、誰か自発的に動けば話は違うのだろうが、最初の一人になるのは遠慮したいようだ。「お前が行けよ」「アンタはどうなのよ」と、目線で牽制し合っている。左目に眼帯を付けた怪しい新米教師に、自分の魔法を見せるのは誰でも不安らしい。
「なら――」
オルアナが一歩、踏み出そうとした時。
「では、この僕が一番手に名乗りを上げよう! ブーバーン家次男、『テイモン・シヴァ・ブーバーン』がな!!」
やけにデカい声を張り上げて、長い金髪の前髪を持つ、細身な生徒が勇んで出てきた。
キラキラ輝く金髪と、腕輪やネックスレスといった貴金属をチャラチャラつけているのが特徴的な若者だ。
しかも腰には帯刀している。校則違反ぶっちぎりだが、おそらく入校する時に賄賂でも渡したのだろう。
「失礼ながら、僕達は貴方と違って、幼い頃より英才教育を受けてきた者がほとんどだ。そんな我々の力量を知るためとはいえ……。怪我をしても、文句は言わないでくださいよ?」
そしてテイモンは抜刀する。
煌びやかな銀色が、模造刀ではないと伝えている。本物の刃だ。
「……俺が怪我をしても、どうせ文句は言わせないんだろ?」
「ご心配なさらず。治療費はたくさん出してあげますとも」
「お前の親がな」
「フフッ……」
幼さを残す、自身満々な顔にサディスティックな笑みを浮かべる。
そして左利きの手に握った柄の宝石を……いや
その火花は、可燃性ガスへと変質させた己の魔力と反応し――銀色の刃に、紅蓮の炎をまとわせた。
「『ボルカニカ』!」
刀身を焼き焦がさない程度に、渦巻く炎を付与させている。火炎の魔法剣……『魔法剣士』か。
「ほう」
「我がブーバーン家に代々伝わる名刀フランベルジュは、煉獄の刃! 僕は十二歳の時に、領地に現れた魔物を三体、たった一人で焼き斬ったこともある! 甘く見ないでもらおうか! ミスター・クリストラン!!」
「ミスター・クリストファー、な」
魔法剣を扱うには、繊細な魔力コントロールが要求される。
だがそれを、テイモンは難なく成し遂げていた。剣をぶんぶん振るいながら火の粉を撒き散らすせいで、他の生徒達は迷惑そうにしているけど。
素早く動く刃に合わせて、炎魔法をピッタリ付随させているのは、見事な技術だ。
「すまないね皆! 今日の授業は、この後全て自習になるだろうよ!」
そして燃え盛る切っ先を此方に向けて、フェンシングのような優雅な構えを取り――。
「『アクア』」
――烈火の魔法剣士へと、俺は大量の水をぶっかけてやった。
「え……」
長い前髪が、額にピッタリ貼りついている。刀身の炎は鎮火し、ただの剣へと逆戻りだ。
金色の毛先から水滴をポタポタ垂らし、「何が起きたのか」といった表情を浮かべている坊ちゃんへ――俺は親指で、自分の後方をクイクイと示して教えてやる。
「噴水という水場があるのに、炎魔法を使う奴があるか」
背後でクスクス笑う生徒達。テイモンの顔は真っ赤に染まる。
確かに「得意な魔法を見せてみろ」とは言ったが、まさか本当に『得意な魔法だけ』に固執してしまうとは。相手の挑発に乗りすぎだな。
「ぐっ、ぐぬぬぬっ……!」
剣よりも先に、顔から火を噴きそうな表情だ。その羞恥心は、やがて激しい怒りに変わる。
意地になって再び――いや、先程以上の業火を発生させた。濡れた髪や服が、一瞬で乾くほどの灼熱だった。
「『バニシング・ダンシング』! 僕を怒らせたな!! もう火傷では済まさないぞ!!!」
憤怒と噴火の化身となった貴族の次男坊へ――俺は、真っすぐに突っ込む。
「なっ……!? 火ダルマになる気か
予想外の動きに、テイモンは面喰らった顔になる。
だが別に、俺は焼死体になる気はない。
魔物討伐の武勇伝を語ってはいたが、目の奥に宿る光や、顔つきを見れば分かる。人間を焼いた経験はないはずだ。
『俺達』みたいな人殺しとは違う。少し生意気で高慢だが、心根は汚れを知らない、純真な少年だと伝わってくる。
そして動揺する相手の懐へと、一直線に飛び込んでいく。
それでもテイモンは冷や汗を浮かべつつ刀身を振るい、風魔法を刀身に吹き付けて発生させた熱波で、俺を吹き飛ばそうとした。
「『ストーム・ストーブ』っ!」
だが先程、水が火によって蒸発されたということは、大量の『酸素』が生成されているはず。
「『エアロ』」
それを風魔法でかき集め、俺の身体の周囲へ、空気の『膜』を生み出す。
酸素量を調節すれば、火はどこまでも大きく成長するし、逆に真空状態なら燃焼は不可能になる。
そして空気の膜に包まれながら、一気に間合いを詰めた。
細い手首を掴み、半身を取りつつ左腕を引っ張って、手繰り寄せる。
足払いをし、肩と肘と腰を押し当て、芝生へと転倒させた。
「
受け身の仕方も知らないのか、モロに後頭部を地面へ強打したようだ。
そして一瞬の激痛に顔をしかめ、柄の握りが緩んだところへ――手首をひねらせ、喉元にフランベルジュを近付ける。
「ひっ……!」
このまま火炎を使い続ければ、喉や顔面が焼き切れてしまう。テイモンは咄嗟に魔法を解除した。
俺に押し倒され、それ以上は暴れることもできず、負けを認めたようだ。
「素手の相手だからと油断したな? 丸腰に見えても、魔法兵の脅威度は変わらない。……魔法剣士を目指すなら、近接格闘の基本も少しは学ばないとな、テイモン」
「……は、はい……。お、お見事、です……」
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