第9話

 波乱の代表挨拶が終わった後。

 新入生達を歓迎する音楽団の演奏や、各種の講義概要や教師陣の紹介が済んで、ようやく入学式は終了した。


 クラス分けが発表され、生徒達はそれぞれの教室に向かっていった。

 俺もまた、担当する一年生の教室クラスを目指し、校舎三階の廊下を歩いていく。

 しかし手元の資料を右目で眺めていると、足取りはどんどん重くなる。


ウッソだろオイ……」


 俺が担当するクラスの生徒名簿には、『オルアナ・マーカス』の名前がバッチリ載っていた。


 ゲオルギウス学園の学級はそれぞれ、覇王ユリウスが趣味としていたチェスの駒になぞらえ、兵隊ポーン騎士ナイト僧侶ビショップ戦車ルーク、の四つに分けられる。

 『生徒間に主従関係はない』という意味で、キングクラスと女王クイーンクラスは存在しない。


 そして俺が今後一年間、指導していく『僧侶の学級ビショップクラス』には、あのオルアナも在籍していた。まさか四分の一の確率を引き当ててしまうとは。


 しかも、不安要素は彼女だけではなかった。


「学園に出資している大商人の娘であるため、接し方には注意……。……この男子は過去に暴行歴アリ……。コッチの子は北方の少数民族出身だから、会話に通訳が必要……。過去の経歴全てが不詳の生徒までいやがる」


 名簿をパラパラ流し読みしていくが、オルアナ以外にも癖の強そうな生徒達ばかりだ。

 というか、備考欄に何も書いていない生徒の方が少数。ヤバくない? ビショップクラス。


 今から教師として、初めての顔合わせだ。本格的に仕事が始まる。なのに、心配ばかりが募っていく。

 だが今更、逃げるわけにもいかない。帰る場所は、イヨ婆ちゃんの家は既に売却に出された。


 行き場のない俺は教室の前まで来て、少しばかり深呼吸した後、何もない前方へ腕を伸ばす。円陣を組んで仲間達と手を重ね、今から勝負や試合に臨むかのように。


「ファイトォ~……オッ!」


 自分で自分を鼓舞してから、中に入ろうと――。


「……は?」


 横滑りの扉に手をかけ、開けようとした瞬間。


 ピタリと止まる。違和感に気付いた。


 そして――次に『怒り』が湧き上がってきた。


「……ガキ共が……。悪ふざけしやがって……」


 右目で教室のドアを睨み付ける。

 少し下がると、扉に向かって手の平をかざした。 


「『フローズン』」


 魔法陣を描き、空気中の水分を寄せ集め、魔力で冷却する。

 そうして扉は瞬時に凍り付いた。


 ――氷結した教室のドアを、乱暴に蹴破る。派手な音を立てて、扉は吹き飛んだ。


 ひしゃげた木製のドアと、教室内にズカズカ入ってくる俺を見て、驚愕している生徒達。


 だが驚いたのはコッチの方だ。こんな『挨拶』があるかよ。


「……誰だ? 扉に『炸裂魔法』を仕掛けていたのは」


 扉に描かれた小さな術式は発動することなく、扉ごと氷解の中に押し固められている。


 これは単なるブービートラップ。

 ドアと壁の境目へ、割り印のように魔法陣を刻み、扉が開いた瞬間にその紋様が崩れるよう仕込む。そうすることで、火属性魔法が本来の術式を発揮できずに暴発する。何も知らず不用意に扉を開けた者を襲う、単純な罠だ。


 氷塊の中で浮かび上がってから消えた、その魔法陣の大きさや種類を見るに、大した規模の爆発にはならなかっただろう。

 だが下手をすれば、火傷や大怪我をする可能性は勿論ある。

 俺が気付いて対応できたから良かったものの、入学初日の顔合わせで、イキナリ仕掛けて良い類の魔法罠ではない。


 そんな悪質なイタズラを仕掛けた者が、反省して名乗り出てくるのを待つ。

 しかし、誰も口を開こうとはしなかった。

 教室に並べられた席には、約四十名ほどの若い男女。幼いと呼べる見た目の者もいる。やはりここでも、実に個性豊かな面々が揃っていた。


 だが誰も、正直に言おうとはしない。

 ニヤニヤと見てくる男子や、品定めするような目つきの生徒。俺の左目の眼帯ついて、何かヒソヒソ話している女子達……。


 そして窓際の後方の席には、新入生代表でロックな挨拶をかましたオルアナも座っていた。

 しかしこの事件には一切関心を向けようとせず、既に魔導書を開いて、ノートへ何か熱心に書き込んでいた。「くだらない悪戯に、私は関係ありません」ってか。


 仕方ない。早速、教師としての力量を問われる時間が来たようだ。


「……炸裂魔法を仕掛けるのなら、相手に感知されないよう、魔力供給源は別にすべきだな」


 溜息を吐いて、過去の経験からを開始する。


「……?」


 生徒達は、新米の教師が顔を真っ赤にして怒鳴るか、あるいは貴族の家柄が多い子息・子女達を相手に委縮して、何も言えないかの二つだと。そう予想していたのかもしれない。


 だが教師が予期せぬ反応を見せたことで、面食らい、教室の雰囲気が変わる。黙って注目する。


「廊下にいる時から、教室内で不自然な魔力の流れが起きているのを感じてはいた。そして扉に直接手を触れたら、それでもう丸分かりだ。『あぁ、魔法陣があるな』って」


 単なる悪戯のつもりだったのだろう。しかし、それにしたって色々と『詰め』が甘い。


 本気の罠は、そんなもんじゃない。敵を足止めするなら、絶対に気付かれてはいけないんだ。


「……俺が戦場にいた頃。帝国軍の砦に侵入しようと、仲間達が門を開いた瞬間……目の前で、三人が吹き飛んで即死した。近くにいた二人も、左腕と右足をそれぞれ失った。敵は城門に炸裂魔法を仕掛け、それでいて感知されないよう――扉に、生きた魔法使いを縛りつけていたんだ」


「……!」


 しん、と静まり返る。

 脅しでも嘘でも、武勇伝でもない。戦争を経験した者しか知らない、単なる思い出話だ。


「一人の魔法兵と引き換えに、コッチの五人を無力化させたんだから、大戦果だったんだろう」


 今でも思い出す。「帝国に栄光あれ! 総統閣下、万歳!!」と叫ぶ若い少年の声。

 直後に鼓膜をつんざく爆音。

 バラバラに飛び散る戦友達の手足や内臓。

 砦の内部から押し寄せてくる突撃隊の怒号。

 傷付いた戦友を助ける暇もなく、敵の突撃隊に向かって行く仲間達。

 そして「オレらも行くぜロビン!」と、恐れることなく走り出した相棒の背中。


 ――教室内の学生達は、気まずそうにしていた。


 俺から目線を逸らす者が大半。逆に、俺をじっと見つめてくる生徒もいた。

 そしてオルアナも、教科書から僅かに顔を上げ、此方にチラリと目線を送っている。


「今後もやりたいのなら、好きにしろ。だが他の教員に対して使用したら、一発で退学になるのは覚悟しておけ。せっかく名門校に入れたのに、こんなことに時間を使って、人生をにする理由が俺には分からん」


 入学式のオルアナじゃないが、時間と労力の無駄だろう。

 そんな暇があるなら、少しでも有意義に使うべきだ。悪ふざけより、もっと楽しい学生生活を過ごした方が良い。



『オレ達ゃ未来ある若者だぜ? こんな所で死んでたまるかよ。人生これから、一生青春さ。青春を謳歌する権利は、全ての若者に平等に与えられている』



 死んでいった者達は――もう、ふざけることも、冗談を言い合うこともできないのだから。




***




 ビショップ学級の生徒達による、熱烈な『歓迎』を受けてから。人生で初めて教壇に立った。

 俺も知らない学園の規則、寮生活での諸注意、カリキュラムなどを説明していく。

 生徒達は聞いてくれているのか・いないのか不安だが、とにかく学園側より渡された説明事項を、リスト順に伝えるだけだ。


 それらが終わると、早速授業の開始となる。

 各生徒の自己紹介だの、仲良くなるためのオリエンテーションだとか、そんなものは予定されていない。各自で勝手にやれということだろう。

 流石、国内外でもトップクラスの魔法学校といったところか。入学式が終わって一時間と経たず、魔法の授業が始まった。


「――……つまり、そうした発見があり、現在の火、水、氷、風、土、雷、光、闇の八種に大別され、魔力を構成する最小単位がそれぞれ『八大元素』と定められた。個々人は、生まれながらにどれか一つの属性を得意とするとされ……」


 白墨チョークで黒板へと、魔法の基礎を書いていく。

 魔力発見の歴史から始まり、現在の『八大魔法』と呼ばれる魔法体系に至るまでの流れを説明する。


 だがは本来、魔法使いを志した段階で知っておくべき初歩の初歩。

 とはいえ学園のカリキュラムに従って、俺は授業を進めるだけだ。


「せんせぇ~」


 すると。板書する背中へ、一人の生徒が声をかけてきた。

 手を止めて振り向く。

 そこでは、教室の真ん中辺りの位置に座る、赤い短髪の男子生徒が教科書も開かず、両脚を机の上に乗せ、後頭部で両手を組んでふんぞり返っていた。


「一ケタの掛け算九九を覚えなさい、みてーなレベルからやっていくのか? 実際に魔法を唱える頃には卒業しちまうぜ、俺ら」


 周囲の生徒達はクスクス笑い出す。

 正直言うと俺も同感だが、規則は規則。学校の方針に、一介の教師が逆らうわけにはいかない。


「……入試に合格してこの学校に集ったとはいえ、持っている知識や技量はバラバラだ。まずは全員の共通認識を把握しておくための、必要な講義だぞ」


「だーからーよぉ~。それがダリぃって言ってんの」


 基礎の復習に飽き飽きしていたらしい他の生徒達も、同調して勝手に私語を始める。


「エリート校と聞いていたのに、ガッカリですわ」


「この程度……初等科に入学する前から、各自の家で叩き込まれているのに」


「コッチは高い学費を払っているんですよ、兵隊さ~ん」


 ガヤガヤと不満が漏れ出し、教室内を不穏に包む。

 俺の経歴を揶揄する者もいる。元兵士であって、未だ教師とは認めない、ってか。

 だから子供ガキは苦手なんだ。


「それと先生さぁ~。その左目の眼帯、どうしたんだよ? 名誉の負傷か?」


「たしか軍人になる前は、スラム街にいたって聞いたわ私」


「けど、可愛い保健医と仲が良いんだろ?」


「その女教師のコネで入ったらしいぜ。しかも付き合ってるとか」


「うっそー、それ本当ぉ? コネでヒモとか、どうしようもないじゃーん」


 円卓の間で教師達に挨拶をした時と、同じような流れになってきた。


 オルアナはその輪に参加することはなかったが、教科書を半分以上も開いたまま、時折此方をじっと見てくる。俺がこの場をどうまとめるのか、興味があるのだろう。


 やがて教室内は騒然としてくる。

 甲高い声で大っぴらに文句を言う女子や、俺の経歴を疑問視する生徒、指先から放つ魔力で空中へ魔法陣を描いて、自己の力量を示そうとする馬鹿な男子……。


 このままでは、隣の教室で授業をしている先生や、真面目な生徒達にまで迷惑がかかるかもしれない。


「はぁ……」


 思わず溜め息が漏れてしまう。

 学校から渡された指導要綱に従って、俺なりに少しだけ捕捉し、あとは優秀な生徒達が勝手に飲み込んでくれると思っていたのに。そんな楽な仕事じゃなかった。



『お兄さん、ちょっと世の中を甘く見てるんじゃないの?』



 職業斡旋所の中年親父を思い出す。

 確かに認識が甘かったようだ。若者の相手は、ひどく骨が折れる。ならば俺も、少しはを教えてやらねば。


「諸君らの言いたいことは、よく分かった」


 チョークを置き、分厚い教科書をバン! と閉じる。

 するといくらかは生徒達の私語が静まり、話を聞く気になってくれたようだ。


「では……手っ取り早い方法で、諸君らのレベルを確かめるとする」


 右手を窓の方へかざす。生徒達の視線は、窓際に集まった。


 指先から溢れる魔力で、魔法陣を描く。使用するのは風魔法『ブラスト・バースト』。

 巻き起こった旋風が鍵を外し、全ての窓が解放される。まだ春先の冷たさを残す外気が、室内へと一気に流れ込んできた。

 それを増幅し、教室内で渦を巻かせる。生徒達の教科書やノートのページは、狂ったようにバラバラめくれていく。


「ちょ……っ!」


「なっ……!?」


「悲鳴は上げるなよ。舌噛むぞ」


 その言葉の意味を理解できず、困惑する声を漏らす生徒達の身体は――四十人全員の身体が、椅子から浮かび上がる。


 咄嗟に対抗呪文を発動しようとした生徒もいたが、もう遅い。


 俺はビショップクラスの全生徒を、三階の教室の窓から外へと、吹き飛ばして投げ出してやった。

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