第3話 結婚披露宴での思い出

 さて、今回は結婚披露宴での思い出話にお付き合いください。


 今を遡りますこと〇〇年前……お見合いから三か月後の某日。とある結婚式場でのこと。


 私たち夫婦は金屏風をバックに、それぞれの仲人さんに挟まれる形でメインテーブル(高砂)に座っておりました。


 私の隣には私の、主人の隣には主人の仲人さんが、媒酌人として座っております。


 ちなみに主人の仲人さん、大変なご高齢のお爺ちゃんで、確かお見合いの時に場を取り持つ雑談として『自分は大正生まれだ』と、持ちネタのように元気いっぱいに語っておられました。


 そんな『仲人お爺ちゃん』に、司会の方から『それでは媒酌人様の挨拶を……』との声が掛かりました。


 その呼びかけに仲人お爺ちゃんが立ち上がります。しかし……


 ガタガタッ、ガターン!!!


 ヨロヨロとおぼつかない足取りで立ち上がった仲人お爺ちゃん。

 それにつられるように、ちょっと豪華でまあまあ重厚感のある椅子が、ド派手な音を立ててひっくり返ってしまいました。


 まあ、結婚式によくあるハプニングですね。会場内も和やかな笑いに包まれています。


 緊張しているのかな?

 そう思って仲人お爺ちゃんを見ると、なぜかその場でぼんやりと立ち尽くしたままです。

 体もユ〜ラユ〜ラと、左右に揺れています。


 なんだか……様子がおかしいです。

 なんだか……嫌な予感がします。

 もしかして……酔ってます?


 私の心配をよそに、仲人お爺ちゃんは懐から挨拶文 ( カンニングペーパー ) を取り出すと、朗々とした声でそれを読み上げ始めました。


「ただ今、司会の方からご紹介いただきました、媒酌人の〇〇です。本日は多忙にもかかわらず……」


 あ、よかった。


 そのしっかりとした挨拶を聞いてホッとした……のも束の間、

 新郎の紹介から新婦の紹介に移ったその瞬間に、事件は起こりました。


「新婦 道さんは、◾️◾️家の長女として……」

「……道さんは、株式会社▲▲▲に……」

「……と願っております。潔子きよしくん、道さん、結婚おめでとう!!」


 いやいやいや!! ちょっと待って!? ここって、チートハーレムが横行する異世界でしたっけ!? 新婦、何人出てくるの!?


 なんと、挨拶文の中に三人もの新婦名が登場。

 百戦錬磨であるはずの司会者さんも、この事態にちょっと焦ったような動きを見せています。


 私の右隣で、茫然と仲人お爺ちゃんを見つめるキヨっちゃん。

 左隣で、私の仲人さんが『恥ずかしくてたまらない!』といった感じに顔をうつむけています。

 しかし、その横顔は般若のような怒り顔。……とても怖いです。


 会場もザワついていますし、この空気、いったいどうすれば良いんでしょう……。


「〇〇様、ありがとうございました! それでは、ゲストの皆様を代表いただきましてご祝辞を頂戴したいと存じます」


 気を取り直したらしい司会者さんのその声で、会場のざわめきが止まりました。


 どうやら司会者さん、『さっきの出来事は無かったことにする!』と決めたようです。


 やれやれ、飛んだハプニングだったけど、将来、これも楽しい思い出の一つになるのかな。


 せっかくのおめでたい日です。自分にそう言い聞かせておりました。


 ですが、主賓祝辞のスピーチをするために、前へ出てこられたキヨっちゃんの会社の上司さんが、妙にオロオロとしています。


 なんだか……様子がおかしいです。


「えっ、え〜〜、ただいまご紹介いただきました、え〜〜〜、花京院君の勤務先上司、◾️▲でございます。え〜〜〜〜、潔子きよしくん、え〜〜〜〜〜、」


 『え〜』の感覚がどんどん長くなっていきます。


 なんだか……嫌な予感がします。

 もしかして……


……道さん……で合ってますでしょう……か?(小声)」


 や、やっぱり!! 主賓、お前もか!!


 凄く焦った顔をした司会者さんが、慌てて上司さんに駆け寄って私の名前を耳打ちしていたことが、今でも印象に残っています。




 そもそも、何故このようなことになったのかというと、いくつもの偶然が重なってのことでした。


 実は仲人お爺ちゃん、この三か月の間に急速に『認知症が進んでしまった』ようなのです。


 それを心配したお義父さんが、『仲人お爺ちゃんの代わりに挨拶文 ( カンニングペーパー ) を作成』。


 少々難解な私の名前にルビを入れた、までは良かったのですが『冒頭部分の名前にルビを入れなかった』ため、このような事態になってしまったようでした。


 そうです。仲人お爺ちゃんはご病気が進む中、当てずっぽうながらも頑張って名前を読んでくれていたんです。とても責められません。


 そして、キヨっちゃんの会社の上司さん。

 こういったスピーチを頼まれることも数多く、その腕前はウイットに富んだスピーチを即興で話せるほど。


 その上司さんも、私の名前の読み方がわからなかったそうなのですが、当日、媒酌人さんが言うだろう、と高を括っていたそうです。


 ところが蓋を開けてみれば、頼みの綱の媒酌人さんの口からは、三人の新婦の名前が次々と出てきて……と。


 後日、キヨっちゃんは上司さんに『長年、スピーチをしてきたが、こんなに焦ったのは生まれて初めてだった』といわれてしまったそうです。


 慣れているからと言って油断していると足元を掬われる、と言うお話でした! (え? 違うって?)

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