第58話 ブラスフェミー家

 冒険者ギルドを後にしたフールは、怒りに満ちた表情で部下たちに指示を出す。


「お前たち、すぐに高レベル冒険者を雇ってこい。大迷宮から無理やり引っ張り出してもいい。金は惜しまず払え。そうすれば、何でも請け負う連中はいるはずだ」


 フールの言葉は、まるで復讐心そのものを具現化したかのように、冷たく重々しく響いた。

 部下たちは戸惑いを隠せない様子で顔を見合わせるが、口答えする者はいない。


「「「………………」」」


 彼らは黙って頷くと、すぐに街へと飛び出していった。


 部下たちを見送ったフールは、一人で歩き始める。

 彼の向かう先は、この街の中心部にそびえる巨大な屋敷――ブラスフェミー家の本邸だった。



「……ここに帰ってくるのは久々だな」


 屋敷に辿り着いたフールがブラスフェミー家の門をくぐると、それに気付いた一人の使用人が慌てて駆け寄ってくる。


「フール様!? ご無沙汰しております。今日はどうなさったのですか? まだ当主様はお戻りになられておりませんが……」


 だが、フールはその言葉を遮るように手を振った。


「うるさい、どけ!」

「ひぃっ!」


 低く唸るような声に、使用人は怯むように後ずさる。

 その隙にフールは、容赦なく屋敷の中へと入っていく。


 今はただの一冒険者として活動しているフールだが、彼の生まれはこのブラスフェミー家だ。

 迷宮都市【トレジャーホロウ】を支配する、由緒正しき公爵家の一員である。

 現在は弟が当主を務めているが、フール自身が勘当されたわけではない。

 それどころか、弟からは今でも手厚い援助を受けているほどだ。


 フールは屋敷の最深部を目指し、長い廊下を早足で進んでいく。

 やがて彼の前に、一つの重厚な扉が姿を現した。

 それはブラスフェミー家に伝わる、一族の血統でないと開けることのできない保管庫の扉だ。


「フール様、お待ちください!」


 しかしこのタイミングで、振り払ったはずの使用人が追い付いてくた。

 扉の前で立ちはだかる使用人に、フールは冷たい視線を向ける。


「フール様、当主様のお許しがなければ、その部屋にはお入りになれませ――」

「黙れ!」

「きゃあっ!?」


 フールの怒号と共に、使用人の体が宙を舞った。

 魔力によって吹き飛ばされた彼女は、壁に激突してぐったりと動かなくなる。


 気絶した使用人を無視し、フールは保管庫の扉を乱暴に開け放った。

 扉の向こうに広がるのは、闇に包まれた空間。

 だがフールが足を踏み入れた瞬間、室内に灯りが灯る。

 そこで彼の視界に飛び込んできたのは、無数のマジックアイテムだった。



 ――フールはその光景を見て、ふと幼い頃の記憶を思い出していた。



 まだフールと弟が子供だった頃、先代当主に連れられてこの部屋を訪れたことがあるのだ。

 当時の当主は、ここに収められた【霊宝具ソウル・アーティファクト】について説明してくれた。


 それらは遥か昔から受け継がれてきた、ブラスフェミー家の至宝だという。

 通常のマジックアイテムとは比べ物にならない、規格外の力を持つ代物ばかりだ。

 人知を超えた効果の数々は、まるで人の努力を嘲笑うかのようだった。


 中には、悪魔の取引によって生み出されたのではないかと思わせるほど邪悪な力を秘めたものもある。

 それぞれの【霊宝具】が持つ効果について説明を聞き、フールは恐怖で身が竦む思いだった。


 ――だが。そんなフールとは対照的に、かつての弟は歓喜に震えるような笑みを浮かべていた。


 あの時、フールは本能的に理解した。

 将来この家を継ぐのが自分ではなく弟だと。

 性根からイカれた存在でなければ、この業を背負うことなど到底不可能だ。


 そして先日、ルイン・ドレイクの炎から蘇生できたのも、ここにある【霊宝具】のおかげだった。

 もしものために、と弟から渡されていたイヤリングがなければ、フールは今頃この世にいない。

 そのイヤリングに負けず劣らない力を持つアイテムが、この部屋には無数に眠っているのだ。


 フールは記憶を辿りながら、ある【霊宝具】を探し始める。


「アレはどこにある!?」


 彼の記憶に強く残る、最も邪悪な効果を持つ【霊宝具】。

 それは室内をしばらく探索した後、すぐに見つかった。

 透明の瓶の中で、黒い靄の塊がぷかぷかと漂っている。


「は、ははは! これだ! これさえあれば――!」


 フールは歓喜に震えながら、瓶を手に取った。


 確信があった。

 シモンとイネスの実力など、もはや何の脅威でもない。

 この【霊宝具】さえあれば、間違いなく自分の望みは叶うのだ。


 フールは復讐の誓いを立てる。

 シモンの正体だとか、イネスがハーフエルフだったとか、そんなことはもはやどうでもいい。

 この憎しみを晴らすことだけが、今の彼が抱く願いの全てだった。



「これを使って、絶対にあの二人を殺してやる!」



 禍々しいアイテムに囲まれたその中で、フールは高らかにそう叫ぶのだった。



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