第57話 蠢く憎しみ

 シンとイネスが眠りにつく一方――冒険者ギルドの医務室にて。

 フール・ブラスフェミーは、ゆっくりと目を覚ました。


 彼は状況が飲み込めず、困惑した表情を浮かべていた。


「何が、起きたんだ……?」


 フールは頭を抱えながら、必死に記憶を探る。

 そこで彼は、ルイン・ドレイクの炎に呑まれ殺されたことを思い出した。


「そうだ、俺様は確かルイン・ドレイクにやられたはず……!」


 その事実に、フールの背筋に冷たいものが走る。

 だとすれば、なぜ自分はこうして生きているのか。


 その疑問を抱きつつ、ふとフールは違和感を覚えた。

 いつも耳につけているあのイヤリングの存在が感じられない。


「っ、そうか。が発動したのか……!」


 得心のいったフールは、ホッと胸をなでおろした。

 まさかの保険が、こんなタイミングで役に立つとは思ってもいなかった。


 その保険こそ、今はなきイヤリング――通称【霊宝具ソウル・アーティファクト】と呼ばれるアイテムだった。

 通常のマジックアイテムとは比べ物にならないほど高性能で、一部の貴族たちの間でしか流通していない逸品。

 並の冒険者では存在すら知らないだろう。


 そして肝心な能力についてだが……フールが装備していたイヤリングは、装備者が死亡してもという、まさに規格外の能力を有していた。

 その能力によって、自分がこうして生き延びたことをフールは悟る。

 


 ここでふと、フールはとある疑問を抱いた。


「いや待て。そもそもどうして、俺様がギルドにいる? ここまで運ぼうにも、その前にルイン・ドレイクを片付ける必要があったはず。あの場にそれだけの実力者がいた覚えはねぇが……」


 疑問を抱えたまま、フールがベッドから起き上がろうとしたその時だった。

 医務室の扉が開き、別のグループに参加していた数人の部下が入ってくる。


「フールさん! お気づきになられましたか!?」

「おお、お前たちか。一体何があったんだ? どうにも記憶が曖昧なんだが……」


 フールの問いかけに、部下たちは面食らった表情を見せる。

 そのうちの一人が、おずおずと口を開いた。


「それが……今回のスタンピードを解決したのは、シモンとイネスという冒険者たちだったんです」

「なっ! アイツらだと……!?」


 予想外の名前にフールは目を見開く。

 部下たちは続けて事の顛末を説明し始めた。

 そしてそれはフールにとって、あまりにも信じがたい内容の数々だった。



「シモンは突如出現したレベル5000のエルダーリッチを、たった一撃で倒したそうです。あの規格外のモンスターを、無傷で葬り去ったんだとか」

「それに、イネスという銀髪の少女――なんとアイツが、フールさんが追っていたハーフエルフの少女だったんです! しかも彼女がルイン・ドレイクを単独で討伐したらしいんです。レベル2000のモンスターを、たった一人で……」



 信じられない話の連続に、フールは呆気にとられていた。


「そんな、ありえねぇ……そんなこと、ありえるはずが……」


 動揺するフール。

 そこへ追い打ちをかけるように、隣の酒場で打ち上げをしている冒険者たちの会話が聞こえてくる。


「シモンとイネス……だっけ? あのコンビ、マジで最強じゃねえか? 特にシモンだよ! レベル5000のエルダーリッチを瞬殺するところなんて、見てて鳥肌が止まらなかったぜ」

「嬢ちゃんの方もすげえよ。ハーフエルフだってのに偏見なんて吹き飛ばして、堂々と戦ってたって話だもんな。あの時、中央広場には俺の嫁と娘もいたんだ。どれだけ感謝してもしたりねぇよ……」


 賞賛の声が、次々と上がっていく。

 誰もがシモンとイネスの活躍を称えているようだった。


 その一方で、フールの名前が出た時の反応は――


「そういやフールはどうなったんだ? ルイン・ドレイクに吹っ飛ばされて、どっか行っちまったんじゃねえの?」

「いや、あいつなら医務室で寝てるんじゃねえか? 死んだふりして、戦いから逃げ出したんだろ」

「はっ、口先だけは達者なくせに、肝心な時に役立たずだもんな」


 などなど、侮蔑の念がこもった嘲笑がほとんどだった。


 そうなるのも理由があった。

 まず、気絶していたフールをここまで運んだのは彼らだ。

 彼らが現地に向かった時点で、フールは【霊宝具ソウル・アーティファクト】による再生が終わり怪我一つない状態だったらしいが、それが逆にまずかった。


 彼らは傷を負わず気絶しているフールを見て、戦わずして失神してしまったと考えたからだ。

 加え、フールはもともとギルド内で幅を利かせていたこともあり、彼らからよく思われていなかった。


 普段から溜まった不満と、スタンピードを解決した達成感。

 それらが合わさった結果、現在、フールの無様な姿はこれ以上ない酒の肴になっていた。


 そんな彼らの言葉を聞き、フールの体が怒りに打ち震える。

 これまでにない、深い屈辱を味わわされた気分だった。


「許さねぇ、許せねぇ、絶対に許さねぇ……!」


 フールは歯軋りしながら、呪詛の言葉を吐き続ける。

 もはや彼の中で、理性は怒りに呑まれつつあった。


 あの冒険者たちはもちろんだが、それ以上に、自分に惨めさと屈辱を与えたあの2人が許せなかった。

 どういう方法かは不明だが、シモンが初めてギルドに来た時、レベルを偽り実力を隠していたこと。そして、イネスが自分の正体をハーフエルフだと隠していたこと。

 それらがそもそもの事の発端だと、そうフールは考えていた。


 理性を失った怒りは収まる気配を見せず、そのまま黒く塗りたくられていく。


「何としてでも、復讐してやる……! 特にアイツら二人には、地獄の苦しみを味わわせてやるっ……!」


 感情の赴くままに、フールは魔力を高ぶらせる。

 それを見た部下たちは、慌てて声を上げた。


「フールさん!?」

「いったい何を!?」


 静止の甲斐もなく、フールはそのまま魔術を発動。

 途端、目の前の壁が大きな音を立てて崩れ去り、夜空が視界いっぱいに飛び込んでくる。


「テメェら、ついてこい」

「「は、はい!」」


 ただならぬ雰囲気に気付いた部下たちは、恐る恐るフールの後に続く。


「うおっ、なんだ!?」

「医務室の方だ!」


 遅れて酒場の方から声が聞こえるが、そちらは後回し。

 今のフールにとって、真っ先に復讐する対象はもう決まっていた。



 そのままフールと数人の部下は、真っ暗な夜道を進んでいくのだった。

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