第24話 聖の魔力

 ガレンが命尽きた後。

 シンはいったんポーションでHPを回復させながら、残りの復讐対象について考えていた。


 ひとまず、セドリックとガレンに対する復讐は済んだ。

 残るは2人。リーダーのアルトと、そして――


「――聖女シエラ。次はアイツだ」


 飲み切ったポーションの瓶を放り捨てながら、シンは彼女との記憶を思い出していた。



 聖女シエラ。

 【黎明の守護者】に所属するヒーラー。

 シンにとっての関わりは、セドリック以上ガレン以下といったところだろうか。


 シエラがなぜ聖女と呼ばれているのか。

 その理由は単純で、彼女が特殊な《聖の魔力》を有しているからだ。

 魔物が持つ《邪悪な魔力》と対に位置するそれを扱う彼女の姿は、まさに神の遣わした聖なる少女――そう見えることだろう。


 そしてシエラは実力だけでなく、容姿も美しかった。

 透き通るような桃色の長髪に、魅力的なプロポーション、見るもの全てを誘惑する魅惑的な金色の瞳。

 ギルドに所属する男性冒険者の半数以上が、そんな彼女に見惚れており――シエラ自身、そのことに強い誇りを持っていた。


 常日頃から、彼女はシンに言っていた。

 『どんな時でも気高く、優雅に、美しく。それが最も重要なことです』と。

 そんな彼女に、シン自身も強い憧れを抱いていた。


 しかし二年前、シエラは言った。

 『無能がパーティーに1人いるだけで、周囲から笑われてしまう屈辱は言葉で表しようもありません。この一年、恥ずかしくて堪りませんでしたわ』――と。

 遥か高みから、そうシンを見下した。

 確かな実力と美貌を兼ね備えた彼女にとって、シンのような存在と接することは、それだけでプライドを深く傷つけられる行為だったらしい。


 だからこそ、シンは思った。

 もし彼女が、誇りである実力と美貌を失った時、どんな反応を見せるのか。

 用意している手段を使えるかどうかは彼女の対応次第だが、それでも可能性は十分にある。


「……いくか」


 そうしてシンはゆっくりと、逃げた彼女の足取りを追い始めた。



 ◇◆◇



 ――――その一方。

 シエラはダンジョン最深部の小広間にて、魔物の群れと戦闘を繰り広げていた。

 必死にシンから逃げようとしたあまり、間違って魔物の群生地に足を踏み入れてしまったのだ。


「っ、消えなさい!」


 しかし、仮にも彼女は聖女。

 聖の魔力を使い、ものの数分で群れを全滅させることができた。


「……はぁ、はぁ、はぁ」


 とはいえ、これで一安心というわけではない。

 むしろここからが本番。

 そう遠くないうちに、シンが復讐のためにやってくるだろう。

 逃げる際、ガレンが攻撃を仕掛けているのは視界に入ったが、アレだけでどうにかなるとはとても思えなかった。


(私は、どうすれば……)


 恐怖の中、シエラは思考する。

 何か挽回の策はないかと。

 今の自分に使える武器があるとすれば――聖の魔力しかない。


 聖の魔力。

 それは魔物が持つ邪悪な魔力と対に存在する力。

 魔物の魔力が人にとって毒になるように、聖の魔力は魔物にとって毒となる。


 それだけではない。

 通常、人が有する魔力は、聖の魔力と邪悪な魔力の間に位置する。

 要するに濃度の話だ。どちらかといえば聖の魔力に寄っているが、両方の性質を併せ持っているとも言える。


 これが何を指し示すか。

 聖の魔力――あまりにも極まった浄化の魔力は、時に人相手でも作用する。

 普段はあえて、ある程度濁すことによって治癒に使っているが――そのまま聖の魔力を使用した場合、人にダメージを与えることも可能なのだ。


 それゆえ、シエラはヒーラーとは思えないほどの攻撃性能を誇る。

 魔物相手には効果抜群、人相手にも多少効果の高い魔法を扱えるというわけだ。


 この魔力を用いれば、シン相手にも攻撃を与えられるはず。

 一瞬そんな考えが浮かんだが、シエラはすぐに頭を振った。


「いいえ、聖の魔力が人にも効くとはいえ、それはあくまで通常の魔術に比べてという話です。あれだけの化物相手には、なんの効果もないでしょう」


 まさに万事休す。

 ここで自分は何もできずシンに殺される。


 そう絶望しながら、シエラは視線を落とし――小さな池があることに気付いた。

 水面に、彼女の美貌が映る。


(……いいえ、諦めるわけにはいきません! 私は天から才能と美貌を与えられた選ばれし存在。こんな場所で力尽きるわけにはいかないのです!)


 彼女は改めて、何か策がないかと考え始めた。

 相手はあのシン。多少なりとも実力はつけたようだが、あの愚かなシンなのだ。

 いくらでもやりようはあるはず――


「――そうよ、その手があったわ!」


 数分の思考の末、シエラは閃いた。

 この状況を打破するための作戦を。


「あのシンになら、この手が通用するはず……」


 ニヤリ、と笑みを浮かべるシエラ。

 彼女はすぐさま、その作戦を実行するための準備を整え始めた。

 その表情にはもう、不安や恐怖といった感情が見えない。


 シエラは確かに恵まれていた。

 実力、美貌、そして頭脳に至るまで一般のそれを大きく凌駕する。

 そんな自分が閃いた作戦に瑕疵があるなど、思いもしなかったのだ。



 だからこそ、彼女は迎えることになる。

 恐らくは、4人の中で最も悲惨と言えるであろう――最悪な結末を。

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