第23話 無気なる戦士
かつてガレンは、右腕を失い悶え苦しむシンを嘲笑った。
そんな彼が同じ立場に立たされた時、いったいどんな反応を見せてくれるのか。
そう期待していたシンの目に飛び込んできた光景は、あまりにも拍子抜けするものだった。
「なんだ。あれだけのことをほざいておきながら、結局はそれなのか……惨めで情けない姿だな、ガレン」
「……ッ、テメェ!」
怒りが恐怖を凌駕したのか、ガレンは血走った目でシンを睨む。
「ふざけ、やがって……! テメェ、いったい何をしやがった!?」
「何を、とは?」
「とぼけんじゃねえ! 俺の
「……ああ、そのことか」
シンは呆れた表情を浮かべる。
「もともと、お前が狂乱化と防御透過撃のスキルを持っていることは知っていた。二年前、お前が発動しているところを何度か見ていたからな。そしてそれをうまく使われたら、俺の(数少ない)HPが全損することも分かっていた」
「だったらなんなんだよ、この状況は! まったく説明になってねぇぞ!」
これが本当に、自分を殺そうとする格上の相手にものを尋ねる態度なのか。
そう疑問に思いながらも、シンは解説を始める。
「それなら答えは簡単だ。お前のスキルには致命的な欠点がある」
「なんだと……? そんなもんあるはずがねぇ! 俺の防御透過撃は、相手の防御力を全て無視できる最強のスキルで――」
「そこだよ、ガレン」
シンは冷たい目でガレンを見下ろす。
「確かに魔力透過撃なら、相手の防御力分だけ攻撃力を得られる――そう、
「――――ッ!」
目を見開くガレン。
しかし彼は、すぐに首を左右に振った。
「その仕組みくらい、俺も知っている! だけどそれがどうした!? バフで高められる防御力なんて、せいぜいが10~20%!」
「…………」
「お前が1000レベルだったとして、上昇分は100~200レベル分止まり――400レベルを超える俺の攻撃を完全に防げるなんざありえねぇ! それともまさか、100%防御力を上げるスキルを持ってるとでも言うつもりか!?」
その言葉を聞いたシンは、ちらりと自分のスキル欄に視線を向ける。
――――――――――――――
【
・エクストラスキル
・自傷を行い、減少したHPの%分だけ全パラメータが一時的に上昇する。
――――――――――――――
自傷の契約。
それは自傷を行うことで、最大99%までパラメータを上昇させられるスキル。
発動条件が同じ
そういった意味では、ガレンが吐き捨てるように告げた予想は正解に近いかもしれない。
ただし、肝心のパーセンテージについては大きな違いがあった。
現在、シンのHPは390/440。
あれだけの自傷を繰り返していながら、未だ1割強しか減少していない。
つまり、
「いや、俺は10%程度しか防御力を上げていない」
「嘘をつくんじゃねぇ! それなら、テメェが俺の攻撃を止められたことに説明がつかねぇ!」
「……まだ分からないのか?」
そして、シンは言った。
ガレンにとってはあまりにも絶望的なその事実を、当たり前のような口調で。
「要するにだ――たかだか俺の10%にすら、お前の
「なっ!?」
それはガレンにとってあまりにも衝撃的で――かつ、屈辱的な言葉だった。
自分の全力がシンの10%に届いていない。
その言葉が事実だとすれば、全ての前提が変わる。
これまでガレンはシンのレベルを、1000を超えた程度だと考えていた。
しかし現実は違う。彼は自分の10倍――最低でも4000レベルに達していることになる。
いや、ダメージが一切通らなかったことを考えれば、むしろそれすら超えていると考えるのが自然だろう。
(ありえねぇ、ありえねぇ、ありえねぇ! どうしてあの愚図だったシンが、それだけの力を……)
困惑と疑問により、考えがまとまらなくなる。
そんなガレンの頭上でふと、シンは小さく呟いた。
「……そろそろ時間だな」
「時間? いったい何を――ぐうぅっ!」
突如として、右腕を中心に燃えるような痛みがガレンを襲ってくる。
その原因を、ガレンはすぐさま察した。
(くそっ! 狂乱化が解けた……!)
ガレンを痛みから解放するスキル、狂乱化。
その制限時間である1分が経過したことで、ガレンは再び苦痛に襲われることとなった。
しかも先ほどまでとは異なり、今回は実際の傷が伴っている。
その分だけ痛みも数段に膨れ上がっていた。
「余興は終わりだ。ここからはスキルによる偽装じゃない――本物の痛みを味わってもらう」
「っ! ま、待て、止めてくれ! 何をする気だ……!」
静止を試みるガレン。
しかしシンは耳を貸すことなく、そのままガレンに無数の斬撃を浴びせた。
「ぐあぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!」
この世のものとは思えない程の苦痛が、どこまでも絶え間なく押し寄せてくる。
最大限の苦痛を与えることだけが考えられた、悪意に満ちた攻撃だった。
(痛い、辛い、痛い、苦しい、熱い、痛い! くそっ、くそっ、くそっ! このままだと俺は死ぬ――)
数多の斬撃は恐るべき速度でガレンのHPを削っていく。
そしてとうとう、残り1割を切ったその時――唐突にシンは剣を振るう手を止めた。
「がっ、ああっ……くうぅ」
最早まともに話すこともできないほどのダメージの中で疑問に思う。
なぜここで攻撃の手を止めるのか。
あと一撃でも浴びていたら、この身は力尽きていたかもしれないというのに。
(もしかして……)
絶望の中、突如として降って湧いた希望を確かめるように、ガレンは何とか言葉を絞り出した。
「お、い……なぜ、止めた? まさか……俺を、助けて、くれるのか……」
ここまでさんざん痛めつけたことで、復讐心が満たされたのかもしれない。
希望を抱くガレンに対し、シンは突然、どこかから1本の
「それ、は……」
自分に使ってくれるのか。
ガレンは期待を込めた視線を送る。
そんな彼の思いに応えるように、シンはガレンにポーションをかけた。
直後、ガレンの体が淡い緑色の光に包まれる。
数秒後、そこには欠損した右腕以外、全ての傷が治ったガレンの姿があった。
「は、ははっ……!」
ガレンは歓喜した。
まさかとは思ったが、ここに来てシンは自分を殺す気がなくなったらしい。
いずれにせよこれなら、命だけは助けてもらえるかもしれない。
(はっ、なんだ! 結局甘ちゃんなのは変わってねえってことか! 自分の決意を貫き通すことすらできないその意思の弱さが、お前の致命的な弱点だ!)
シンに対しては媚びるような表情を向けながら、内心でそう罵る。
対するシンは、そんなガレンを気にする様子はなく……その代わり、どうしてか自分の左手に意識を向けていた。
(何だ? 何をしている? 左手の中指に嵌められているのは……指輪? それを見ているのか?)
ガレンが疑問を抱いた直後だった。
その指輪が眩い光を放ったかと思った次の瞬間、そこには山のような
(……は? いきなり大量の
意図が分からず、首を傾げることしかできない。
その中から一本を掴み上げたシンは、ようやくガレンに視線を戻した。
「……何か、勘違いしていないか?」
「えっ?」
「俺がお前の傷を治したのは……これだけの
「――――まさか!」
ようやくシンの狙いに気付くガレン。
――だが、既に手遅れだった。
シュンッ、と。
刃が宙を駆ける音が響く。
「がぁぁぁああああああ!!!」
回避行動をとるよりも早く、シンによる斬撃がガレンの全身を襲った。
そしてHPが1割を切ると、再びポーションで強制的に傷を癒される。
そんな地獄のようなサイクルが、シンの手によって無限に繰り返された。
(なん、なんだよ、コイツは……!)
狂っている。
ガレンはそう思った。
ただ殺すだけでは飽き足らず、ここまで徹底した復讐を行うその姿に、かつての面影は一切ない。
まさしく、理性と道徳からかけ離れた異常な存在――苦痛を感じるたびに、この怪物を生み出したのが自分たちであるとガレンは強く実感した。
「ずっと前から決めていた。お前からは最も大切にしているものを――どんな痛みや苦しみにも立ち向かってきた、戦士としての誇りを根こそぎ奪い取ると」
もう分かっている。
この怪物が自分たちに容赦してくれることなどありえない。
命尽きるその瞬間まで、ありとあらゆる苦しみを与えるつもりだと。
(ああ……もう、無理だ)
やがて、ガレンは諦めた。
ここまでわずかに残していた反撃の意思と、生き残るための希望が完全に潰えたのだ。
――結果的に、蹂躙を始めてから約10分後。
ガレンはHP全損ではなく、生きる気力を完全に失ったことにより力尽きた。
今のシンにはその理由が分かった。
恐らく、体より先に魂が限界を迎えたのだろうと。
シンは自分の足元に転がる、戦士だった何かを眺めながら――
「……結局この程度か。せめて俺が繰り返した痛みの100分の1くらいは与えてやりたかったんだがな」
こうして、二人目の復讐が終わった。
――――――――――――――――――――――
ガレンとの決着まで書き切りたかったので、少し長めになりました。
楽しんでいただけたなら幸いです。
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