第25話 媚びと命乞い

 ガレンの死から数分後。

 魔力の痕跡を辿った結果、シンは小さな広間に辿りついた。


 広間内には魔物の死体が大量に並び、中心には魔物たちの水飲み場であろう小さな池が存在している。

 そして、その池の前には一人の少女――聖女シエラが座り込んでいた。


「……見つけた」


 ゆっくりと、歩を進め始めるシン。

 シエラは遅れてその存在に気付くと、青ざめた表情で叫んだ。


「待ってください、シン! 私は騙されていたんです!」


 ピタリ、と。

 シンの動きが止まる。


「本当は貴方を傷付けたくなんかありませんでした! だけどアルトたちに脅されて、そうするしかなかったんです! パーティーでたった一人の女性である私には抵抗しようもなく……本当なんです、信じてください!」


 信憑性の欠片もない、あからさまな嘘だった。

 シンは思わず、不快気な表情を浮かべた。



「……そんな分かり切った命乞いに、騙されるとでも思っているのか? 二年前のあの日、嘲笑うお前の姿は紛れもなく本物だった」

「いいえ違います! あの時、貴方は混乱の中にあったでしょう? きっとそれで記憶が歪んでしまったのです。確かにアルトたちを騙すため、ひどいことを言ってしまいましたが……その時の私は胸が張り裂けそうなほど辛かったのです」

「………………」



 これでは話にもならない。

 シンが歩みを再開しようとすると、シエラは慌てた様子で付け足す。


「ど、どうしてか分かりますか!? 私は貴方のことを大切な仲間だと思っていたのと同時に……お慕いしていたからです!」

「……何だと?」


 場にそぐわない想定外の発言を聞き、疑問を露わにするシン。 

 逆にシエラはここが好機だと思ったのか、媚びるような声で続ける。



「覚えてますか、シン? 貴方がパーティーに入った後、初めてトレードヘブンの町に戻ってきた時、街中を案内してあげましたよね? 見慣れぬものばかりの街並みを前にして、純粋に目を輝かせる貴方を見て私は惹かれたのです」

「………………」

「こんな経験は、私にとっても初めてのことでした。だからこそ接し方が分からず、貴方に勘違いさせてしまったこともあったかもしれません……けれどこの想いだけは確かなものなのです。どうか信じてください、シン」



 シエラは語り続ける。

 細めた目には涙が溜まり、縋るように震える声でシンへの想いを吐露する。

 その姿は、救いを求める聖女としてあまりに完成されたものだった。

 並の男性であれば、ここまでの経緯など一切関係なく信じてしまうほどに。


 そんなシエラの言葉に対し、シンは――


「……本気で言ってるのか?」


 ――確認するような口調で、そう尋ねた。

 それを聞いたシエラは思わず破顔するも、すぐに表情をもとに戻す。


「え、ええ! 本気です! 神に誓って、嘘をついたりはいたしません」

「……そうか」


 納得したようにそう呟いた後、シンは今度こそ歩みを再開させる。

 しかしその姿から、先ほどまでの敵意は感じなかった。


 そんなシンを見て、シエラは心の中で笑った。


(……あ、あはは! やはりシンはシンですね! このような嘘に呆気なく騙されてしまうなんて……! しかしそれも仕方ありません、それだけ私の美貌が魅力的だったということですから)


 シエラはゆっくりと立ち上がり、その場で両腕を広げた。


「よく分かってくれましたね、シン。ええ、ええ、そうです。二年前から今日に至るまで、私が貴方に向ける感情は一切変わっておりません」

(私の美貌に見惚れる貴方を見て、ずーっと愚かだと思っていましたよ)


 言葉とは裏腹の感情を抱くシエラ。

 そしてとうとう、シンは彼女のすぐ手前までやってきて立ち止まった。

 あと一歩が踏み出せないのだろう。

 仕方ない、そこは自分が助け舟を出してやるとしよう。



 ――――


 

「ありがとうございます、シン。これからはずっと、私たちは一緒ですよ」

「――――」


 シエラはぎゅっとシンの体を抱きしめる。

 そしてそのまま、なんと

 触れ合う体から、シンの動揺がよく伝わってくる。


 そんな状況の中、シエラは戸惑うシンを内心で嘲笑いながら――


(やはり愚かですね、シン。あなたはここで終わりです)


 ――自身の持つ、《聖の魔力》を口から注ぎ込んだ。


 《聖の魔力》。

 それは魔物にとって最大の弱点であると同時に、人相手にも高い効果を発揮する特殊な魔力。

 とはいえ当然、普通に使っただけでこの怪物シンを傷付けることはできないが――体の内側からなら話は別だ。


 聖女が扱う、極限まで清められた浄化の魔力。

 それは時に、人々にとって

 シンがどれだけの力を得ていようと、これを防ぐことなどできないだろう。


(私は美しく、誇り高い聖女。生き延びるためとはいえ、無様な姿を晒した相手を地上に帰すなどこのプライドが許しません。シン、貴方だけはここで絶対に殺してみせます!)


 そんな意思と共に、シエラは《聖の魔力》を注ぐ速度を限界まで上げた。


 しかし、その直後――



「……安心したよ。お前がどこまでも愚かで」

「――――え? ッッッ!?!?!?」



 ――突如として、シエラは、この世のものとは思えない激しい痛みを覚えるのだった。

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