第3話 死の淵の誓い
押し寄せる情報量は、既に僕の理解できる上限を超えていた。
何もわからず、ただ呆然とその場で膝をつく僕に対し、アルトさんは気付く。
「なんだ、間抜けな面を晒して。まだ気付いていないのか? お前はオレたちに騙されたんだよ」
「騙され、た?」
「ああ、そうだ。お前だけ結界の外に取り残されたのが不具合とでも思ったか? けど残念、これは元から結界の外側に使用者がいないと発動しない――そういうアイテムだったんだよ」
そこまで説明され、心より先に頭が理解した。
転移結晶にはデメリットがあり、アルトさんは元からそれを知っていた。
その上で、僕だけにそれを隠していた。
つまり――この裏切りは、この場でいきなり思いついたものじゃない。
以前から想定されていた、計画的なものだったんだ。
「いつから……ですか?」
「あん?」
「いつから、僕を騙してたんですか?」
「気になるのか? いいだろう、転移まではもう少しかかるだろうし教えてやる。まあ、オレがこの時を楽しみにしてなかったといえば嘘になるしな」
そんな前置きのあと、アルトさんは告げた。
僕にとってはあまりにも想定外で――そして、屈辱的な言葉を。
「オレたちがいつから、お前を騙していたかだったよな? 答えは簡単だ。
「…………は?」
脳が、理解を拒んだ。
それほどまでに信じがたい言葉だった。
アルトさんが、僕の故郷を魔物に襲わせた?
つまり――僕の大切な家族や友人たちを殺したのは!
「なんで、そんなことをしたんですか!?」
怒りのまま、僕はアルトさんを強く糾弾した。
だが、アルトさんは戸惑う素振りすら見せず、へらへらと笑って口を開く。
「そう焦るな、ちゃんと順を追って教えてやる。あの時、オレたち【黎明の守護者】はBランク魔物の【ハングリー・ドレイク】を追っていた。コイツが厄介な相手でな、空腹であればあるほど力を増す特性のせいで倒すのに苦戦してたんだ」
一呼吸置いた後、アルトさんは続ける。
「そんな時、ある村を見つけた。そう、お前の村だ。そこでオレたちは天才的なアイディアを閃いた。空腹なほど強くなるんだったら、まずその腹を満たしてやればいいと」
「まさか、それで……」
「そのまさかだ。オレたちはハングリー・ドレイクをお前の村に誘導し、村人を食わせることでその腹を満たさせた。その後はお前の知っての通り――お前以外の村人全員が死んだあと、弱ったその魔物をオレたちが見事に討伐したってわけだ」
「そん、な……」
つまり僕は……初めから間違っていたんだ。
僕の大切な家族を殺した仇を恨むどころか、恩人だと勘違いし続けていた。
アルトさんたちはそれを知っていながら、ずっと隠していた。
それどころか、僕をパーティーに入れて――
「そうです! それならなぜ、僕をパーティーに勧誘したんですか!? アルトさんたちからすれば、目撃者の可能性がある僕はその場で始末した方が――」
「ああ、それなら簡単だ。お前がユニークスキルを持っていたからだよ」
「っ、【無限再生】のことですか? ですがそれなら、外れスキルだって説明したはずじゃ……」
たとえユニークスキルであれ、外れスキル持ちを仲間にするメリットなど存在しないはず。
そう思っての問いだったのだが、アルトさんは手を左右に振った。
「ああ、違う違う。そうじゃなくてだな、この国のお貴族様には何を思ってか、ユニークスキル持ちを高く買い取ってくれる奴がいるんだよ。まったく、金持ちの考えることは分からねえ……が、オレたちからすれば儲けの種には違いない。条件としてレベル100を超えた人物じゃないといけないってことで、オレたちが一からお前を育ててやったわけだ」
「……初めから、僕のことは仲間と思ってなかったんですね」
「ははっ、当然だろ。なあ、皆?」
アルトさんの言葉に、他の3人も頷く。
「そりゃそうだ。才能のない奴を指導する面倒くささを知ってるか? ノロマなテメェを殺してやりてぇと思ったことなんか一度や二度じゃ済まねえよ」
「無能がパーティーに1人いるだけで、周囲から笑われてしまう屈辱は言葉で表しようもありません。大金のためとはいえ……この一年、恥ずかしくて堪りませんでしたわ」
「何も知らないまま無垢に笑う貴方は、とても惨めでしたよ」
グレンさん、シエラさん、セドリックさん。
これまで大切な仲間だと思っていた皆から向けられる本心の言葉。
最後に、再びアルトさんが口を開く。
「もっともここでお前を切り捨てる以上、もう報酬はもらえなくなったわけだが……せめて最後に役立ってくれてよかったよ、シン。お前のおかげでオレと仲間の命は助かる」
――ああ、そうだったんだ。
皆を仲間だと思っていたのは、初めから僕だけだったんだ。
僕は。
僕は――――
心の底から、何かが湧き上がるような感覚がした。
だが、その感覚の正体を自覚する直前に、
「ルァァァアァァァァァ!」
「っ!?」
突如として、僕を覆い隠さんとばかりに巨大な影が落ちてくる。
その影の正体はネクロ・デモンだった。
話し合っている間にダメージも回復したのか、いつの間にか僕の背後まで接近していたネクロ・デモンが、漆黒の大剣を高く振りかざす。
「くっ――」
咄嗟に回避を試みるが、結果は無情だった。
直撃こそ避けることができたものの、大剣の切っ先が僕の右肩に軽く触れ――ただそれだけで、僕の右腕は柔い人形のように斬り飛ばされた。
「う、うわぁぁぁぁぁああああああああああ!」
切断面から、焼けるような痛みが襲い掛かってくる。
生まれてから感じた中で間違いなく最上級であろうその痛みは、一瞬で僕の頭から思考する余裕をかき消す。
僕は苦痛に悶えながら、その場で惨めに転がることしかできなかった。
そんな僕を見て、結界の中にいる皆は侮蔑の視線を向けてくる。
「たかだか片腕が飛ばされた程度の痛みで、気を狂わせるほど悶え苦しむとは……なんとも情けないな」
普段から僕に、意思の強さの重要性を語ってくれていた戦士ガレンがそう零す。
「蛆虫のように地を這いながら、苦痛を耐え忍ぶその表情……醜いにも程があります。一時とはいえ同じパーティーにいた過去を呪いたくなるほどに」
美貌に自信を持ち、優雅さを大切にしていた聖女シエラがそう侮蔑する。
「何も理解できないまま、惨めさを曝け出して死に絶えるとは……さすがに同情してしまいますね」
誰よりも知性と誇りを優先し、それを実践し続けた賢者セドリックがそう嘆く。
そんな彼らの言葉を受け――死の淵で、僕はようやく理解した。
腹の奥から絶え間なく湧き上がってくる、この感情の名前を。
「…………してやる」
「……ん? 何か言ったか?」
これは憎しみ。
――そして殺意だ。
「殺してやる! 絶対に……お前たちをッ!!!」
今の僕に出せる、最大限の激情。
それを受けたアルトさんは――否、アルトはわずかにきょとんとした表情を浮かべた後、すぐに高笑いした。
「あはは!
ズシン、ズシンと。
重々しい大音量を鳴らしながら、ネクロ・デモンが僕に近づいてくる。
その奥では、アルトたちを包む結界が輝きを強めていた。
とうとう、転移が発動する。
「じゃあな、シン。まあそう気を落とすな。お前が死ぬのは、ただ運が悪かっただけだ」
最後にアルトがそう告げると同時に、結界はひと際大きく輝く。
そしてその光が収まった時、そこには既にアルトたちの姿はなかった。
転移が成功したのだろう。
残されたのは僕と、エクストラボスのネクロ・デモンのみ。
この状況から、僕が生き延びられる方法なんてあるはずがなかった。
それでも僕は、最後まで憎しみを燃やし続ける。
「グルァァァアァァァァァァァ!!!」
咆哮。
そして豪振。
ネクロ・デモンは両腕で大剣を握ると、後ろから前に送る形でその剛腕を振り下ろした。
馬鹿げた威力により振るわれた大剣は地面をも軽々と砕きながら推進し、這いつくばる僕の体を全力で叩きつけた。
「がはっっっ!」
渾身の一撃を浴び、僕の体は粉々になる一歩手前の状態のまま、砲弾のような速度と勢いで弾き飛ばされた。
大広間はおろか、間に伸びる通路すら軽々と飛び越え、ボス部屋まで一直線に吹き飛んでいく。
その最中、僕は見た。
かすかに残されていたHPバーが、完全に0を迎えるのを。
(ああ……ここで僕は死ぬのか?)
ボス部屋の地面に何度も叩きつけられて静止した僕は、朦朧とする頭のまま考え続ける。
HPが0になり、体は限界を迎え――それでもまだ、憎しみだけは尽きることがなかった。
(そんなこと、絶対に認めない)
死に際で、改めて僕は誓う。
(アイツらに復讐する、その時まで……僕は絶対に!)
だが、現実は無情で。
そんな意気込みもむなしく、とうとう僕は意識を失う。
――その刹那、システム音が聞こえた気がした。
『対象者の死亡を確認しました』
『全ての条件が達成されました』
『ユニークスキル【無限再生】が進化します』
『魂の再生成が行われます』
(魂の、再生成……?)
この時の僕は、知る由もなかった。
死と同時に発生した、外れスキル【無限再生】の覚醒。
この出来事が僕を、世界最強の存在に導くことになるなんて。
――復讐はまだ、始まってすらいない。
―――――――――――――――
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