第4話 外れスキル【無限再生】の覚醒


 ――それから、どれだけの時間が経過しただろうか。


 ポタリ、ポタリと。

 水が滴るような音が、鼓膜を小さく震わせる。


(音……? 僕は、死んだはずじゃ……)


 状況が理解できず困惑する中、僕はゆっくりと目を開けた。


「ガルルルゥゥゥ!」

「…………え?」


 その直後、唾液を滴らせながら獰猛な唸り声を上げるブラック・ファングが視界いっぱいに飛び込んできた。


「う、うわぁぁぁあああああ!」


 僕は慌てて立ち上がると、転びそうになりながら必死にボス部屋の外に出た。


 ダンジョンボスは基本的に、ボス部屋の外にまで付いてくることはない。

 無事に通路までたどり着いた僕は「ホッ」と一息つきながら、右手で胸を撫でおろした。

 

「…………あれ?」


 そこでようやく気付く。

 失ったはずの右腕が、元通りになっていることに。


「どうして!? 確かにあの時、ネクロ・デモンの攻撃で失ったはずじゃ……!」


 まさか夢でも見ていたのか?

 いいや、そんな訳がない。

 あの時に感じた痛みは、今でもはっきりと覚えている。


「だけどそれなら、いったい何がどうなってるんだ……?」


 必死に頭を回転させ、記憶を遡る。

 なぜ僕は今も生きているのか、そして右腕が元通りになっているのか。

 何か、そのヒントになる出来事があったはず……


 そこで僕は思い出した。

 死に絶える直前、あるシステム音が聞こえたことを。


 そう、確か――



『対象者の死亡を確認しました』

『全ての条件が達成されました』

『ユニークスキル【無限再生】が進化します』


『魂の再生成が行われます』



 ――こういったことを、システム音は言っていたはずだ。

 状況が状況だったためその意味まで考える余裕はなかったが、改めて思い返してみると、かなり気になるワードを連発していた。


「ユニークスキル【無限再生】が進化します……そう言ってたよな?」


 ユニークスキルの中には、特定の条件を満たすことで真の効果が現れるものもあると聞いたことがある。

 そこに何かヒントがあるかもしれない。

 そう考えた僕は、いったん自分のステータスを確認した。


 するとそこには、衝撃的な内容が書かれていた。



 ――――――――――――――


 【無限再生】

 ・ユニークスキル

 ・対象者が傷を負った際、自動で再生する。

 ・死後、魂の再生成を行うことで復活する。

  復活後、60分間は行動することができず、このスキルを再発動することもできない。


 ――――――――――――――



「なっ……!」


 その説明を見た僕は、大きく目を見開いた。


「死後、魂の再生成を行うことによる復活……つまり、――それが【無限再生】の真の能力だったのか!?」


 これまでただの外れスキルだと思い込んでいたのが、恥ずかしくなるほどの規格外な能力だ。

 とはいえ、そう思い込んでしまうのも仕方なかっただろう。


「状況から察するに、覚醒の条件は僕の死亡……そりゃ、これまで気付けなかったわけだよ」


 それに最後の説明をしっかりと読んでみたところ、無限という言葉から想像するほど優秀なわけでもない。

 復活後、無防備な時間にもう一度殺されでもしたら、その時は今後こそ死に絶えてしまうのだろう。


「今回の場合、ネクロ・デモンからトドメを受けた時に、たまたまトラップ・ルームの外に吹き飛ばされたおかげで追撃がなくて助かった……ってところかな」


 そこまでを分析し、僕の体はぶるりと震えた。

 僕が助かったのは紙一重でしかなく、その奇跡がなければ間違いなく死んでいたことだろう。


「そうだ! ネクロ・デモンは今どこに……」


 ハッと顔を上げた僕は、通路の先にあるトラップ・ルームに視線を向ける。

 しかしそこにはもう、ネクロ・デモンの姿は残されていなかった。


 ただし、僕たちの脱出を阻んだ出入り口は今も厳重な扉で閉ざされている。

 そこからある程度の予測を立てることができた。


「アルトが推測したように、ここは攻略者を閉じ込め始末するためのトラップ・ルームなんだろう。アルトたちが転移でいなくなり、僕が死んだタイミングで役目を失ったネクロ・デモンは消滅……しかしその直後に僕が復活したことで、もう一度出入口が閉ざされた――勘も入ってるけど、大筋は間違えていないはずだ」


 だが、仮にこの予測が正しかった場合……僕にとっては絶望的な材料にしかならない。

 なぜなら仕組みが分かっただけでは、ここから抜け出すことはできないからだ。


「罠が残っている以上、ここから外に出ようとすればもう一度ネクロ・デモンが出現するはず。だけど僕には、ヤツと戦えるだけの力なんてない……」


 ネクロ・デモンのレベルが1000なのに対し、僕のレベルはたった31。

 その差は歴然であり、奇跡や偶然でひっくり返るようなものではない。

 またトラップ・ルームの外まで吹き飛ばされるなんて奇跡も起こらないだろうし、再び戦えば今度こそ僕は死に絶えるだろう。


 万事休す。

 まさしく、そんな表現がピッタリな状況だった。


「何か、他に手はないのか……?」


 せっかく蘇ることができたのに、ここで諦めるなんて絶対にゴメンだ。

 それに――


「ここから出ることができなければ、アイツらに復讐することもできない」


 ――今もなお、際限なく湧き上がる復讐心が、僕から諦観を奪い去っていく。

 何としてでも現状を打破するための方法を思いつかなければ。


 しかし何度考え直したところで、今の僕がネクロ・デモンに勝てるとはとても思えない。

 できることがあるとすれば、この場でレベルアップするくらいだが……


 僕は振り返り、今なおボス部屋からこちらを睨み続けているブラック・ファングを見た。



 ――――――――――――――


【ブラック・ファング】

 ・レベル:30

 ・ダンジョンボス:【黒きアビス】


 ――――――――――――――



「……さすがにこれは、無茶があるよね」


 閃いたのは、再出現リポップするボスを何度も倒すことでレベルアップするという方法。

 だが、肝心のブラック・ファングのレベルは30。

 これでは何度討伐を繰り返したところで、得られる経験値は限られている。

 たどり着けたとして、せいぜいが40~50レベルといったところだろう。


 それでも、僕にはもう他の選択肢が残されていなかった。

 無謀は承知で――そしてそれ以上に、この悲惨な現実から目を逸らすため、僕は短剣を握りしめボス部屋に戻った。


 その途中で、余っていた15SPステータス・ポイントを全て攻撃力に割り振る。


「グルァァァアアアアア!」

「――はあっ!」


 ブラック・ファングの初撃を躱した僕は、そのまま反撃を仕掛けた。

 溜まった鬱憤を晴らすように、絶え間なく連撃を浴びせていく。


 その結果、戦闘からわずか1分後。

 僕はブラック・ファングの討伐に成功した。




 ――そして僕は、信じられないような現象に遭遇することとなった。




『ダンジョンボスを討伐しました』


『攻略報酬 SPステータス・ポイントを10獲得しました』



「…………え?」


 一瞬、何を言っているのか理解することができなかった。


「待て、待ってくれ……まさか今、ダンジョン攻略報酬って言ったのか?」


 聞き間違いを疑いつつ、僕は自分のステータスを確認する。

 すると、



 ――――――――――――――


 シン 15歳 レベル:31

 称号:なし

 HP:301/310 MP:89/89

 攻撃力:96

 防御力:71

 知 力:46

 敏捷性:61

 幸 運:46

 SPステータス・ポイント:10


 ユニークスキル:【無限再生】

 通常スキル:なし


 ――――――――――――――



 SP欄には、確かに10という数字が刻まれていた。


「――どういうことだ!?」


 1つのダンジョンにつき、1人が得られる報酬は一度だけ。

 これはダンジョンにおいて絶対のルールであり、例外が確認されたことはない。


 にもかかわらず――僕は今、の攻略報酬を手に入れることができた。


 これは、この世界の歴史を覆すレベルの出来事だ。


「だけど何で、そんなことが……」


 意味が分からなかった。

 だってそうだ。

 長年、ダンジョンを研究している高名な学者たちも言っていた。

 ダンジョンには攻略者の魂が情報として記録されるため、再度報酬をもらうことはできないと――



……?」



 僕は急いで【無限再生】の説明を確認する。

 するとそこには確かに、『魂の再生成を行う』と書かれていた。


「まさか、そういうことなのか?」


 【無限再生】。

 それはただ死から復活し、体を再生させるだけの能力ではない。

 ――それこそがこのスキルの本質だったんだ。


 もしこの予想が正しければ、一気に希望が湧いてくる。


「経験値によるレベルアップには限度があるが……無限に攻略報酬をもらえるのであれば、そこに限界は存在しない」


 ボスを倒せば倒した分だけ、僕は無限に成長することができる。



 ――無論、この方法には一つ、大きなデメリットも存在するが。



「……ふぅ」


 僕はこの先に訪れるであろう苦痛を想像し、一度だけ深く息を吐いた。

 ある意味では、ここで潔く死を選んだ方が何倍も楽かもしれない。


 それでも僕は、絶え間なく湧き上がるこの復讐心を諦めることなんてできない。

 だからこそ、決意を固めるまでの時間は1分もかからなかった。


「再び報酬をもらうためには、魂の再生成を行う必要がある。それを可能とする方法はただ1つ……僕自身が死ぬことだ」


 短剣を両手で握りしめた僕は、恐怖心以上の復讐心でその震えを抑え込んだ。

 そして、



「――――はあっ!」



 とうとう僕は、深く深く、

 





『魂の再生成が行われます』






 ――――かくして、地獄のような成長の日々が幕を開けた。



―――――――――――――――


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