第二十話「湖に住む主」

 カエデとアカネは、妖街を出て森の中を歩き続ける。


「こんな、森の中に湖なんてあるのか?」


 霧隠れ村の人からは、湖の存在自体を知らされていない。歩いても、見えるのは木と生い茂っている草だけだ。


「青の湖」


「青の湖?」


「湖の名前」


 アカネは、湖があると言っているのだろう。ついていくしかない。


 しばらく歩き続けると、アカネは立ち止まった。


「アカネ、どうした?」


「あそこ」


 アカネが、前方に向けて指をさす。


 カエデは、アカネが指をさした方向を見た。


「青白い光が見える」


 今は、真夜中だ。太陽が出ている訳ではないのに、奥の方に青白い光が見えた。


「あそこが、青の湖」


 カエデは、光に向かって歩き始めた。


「こ、これは」


 青白い光が、視界いっぱいに広がった時、先が見えないほどの大きな湖が現れた。


「青の湖は、妖怪の秘境」


「妖怪の秘境?」


「古くから、霧島の妖怪が大切にしてきた場所。龍の住処でもある」


 龍の住処だと?


 カエデは、湖の周囲を見渡してみる。


「この匂いは、人間」


 低くて重い声が、辺りに響き渡る。


「なんだ? この声?」


 周囲を見渡したが、妖怪の姿も見当たらなかったぞ。


「我は、ここに住む龍である! 人間よ、ここが妖怪の秘境だとわかっての狼藉か!」


 龍は、威嚇するような声で、カエデに圧をかけてくる。


 地鳴りがするようなほどの声。これが、龍の声なのか。


 カエデは、龍の圧に負けて、一歩下がりそうになる。


「紹介を忘れていた。新しい管理人」


 アカネは、カエデとは対極的で、冷静に謎の声と会話をする。


「ん? その声は、化け猫のアカネか。なるほど、新しい管理人ということは、あの老いぼれババァは、くたばったか。ははは!」


 口の悪い龍だ。ミサトおばさんとは、認識があまりないけど、なんかむかつく言い方をしてくる。


 カエデは、龍の言葉使いに、怒りの感情が出て来た。


「龍の角を借りに来た。渡してくれないか?」


 早く要件を終わらせて、さっさと帰ろう。


「我の角を借りに来たか。ははは! それは、容認できない願いだ! 残念だったな管理人! ははは!」


 豊穣祭は、毎年開いている祭りだ。それなら、いつも貸しているはずなのに、貸してあげないって言っている。本当に、いじわるな龍だ。


「鬼が来る」


 アカネが、ぼそりと喋った。


「はは、今、なんて言った?」


 今まで、低くて重い声をしていた龍の声が、一転して、弱気な声になった。


「妖街から、鬼の集団が観光で、ここに来る」


「なに、冗談を言っているんだ。ははは」


 龍の声に、アカネは無言を貫いた。


「はは……本当なのか?」


「私が、そばにいてあげるから姿を現して」


「なぜ、我が、そんなことをしなければならない。人間の前に、姿を現すことなんて、できないわ!」


 龍の声は、震えていた。


 もしかして、この龍は鬼が怖いのか? でも、あの伝説とまで言われている龍だぞ。そんなことって、あり得るのか?


「あ、鬼が持っている、提灯の光が見えた」


「怖いよ! アカネ姉ちゃん!」


 湖から、子供の姿をした妖怪が飛び出して、アカネの足に抱き着いた。


「子供?」


 カエデは、湖から出たのが、子供であることに驚いた。


 後ずさりしたくなりそうな、威圧的な声の正体が子供なのか?


「黙れ人間! 俺は、今鬼から隠れているんだ!」


 この口の悪さ、声の主は、この子供であることに間違いない。


「鱗がついている」


 子供のことをよく見てみると、腕と足から、肌に紛れて水色の鱗があるのを確認できた。でも、頭からは角が生えているのは、確認できない。龍の角って聞いたから、頭には角が生えているものかと思っていた。


「アカネ姉ちゃん! 鬼は、こっちに来ているの!? もしかして、帰った!?」


 子供は、アカネの後ろで震えている。


「五つの提灯が近づいてきている」


「いやああああああ!?」


 子供は、アカネの言葉を聞いて、悲鳴をあげた。


 どんだけ、鬼が怖いんだよ。


 カエデは、アカネが見ている方向を見てみる。


「まぁ、いないよな」


 周りを見渡して見ても、鬼の姿は確認できない。それに、提灯の明かりも見えない。ということは、アカネが言っているのって、嘘ということになる。


「ねえ、アカネ姉ちゃん。鬼を追い返してよ! アカネ姉ちゃんなら、できるから!」


 子供は、アカネの足に抱き着きながら、アカネに助けを求める。


「妖怪に手を出したら、ばぁ様に怒られる。あ、鬼さん。こんにちはー」


「もう声が、届く範囲に!? きええええ!」


 きえええってセリフ、アニメしか見たことないぞ。実際に言うやついるんかい。


 アカネは、子供の反応を見て、笑顔になっている。


 アカネって、実はドエスってやつなのでは?


 カエデは、内心思ったことを口に出して言おうと思ったが、後が厄介になりそうなので、言わないことにした。


「嘘」


「ほいやあああ……へ?」


 子供は、アカネの言葉を聞いて、目を丸くした。

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