第二十一話「水龍のコテツ」

 アカネは、子供が目を丸くして硬直している姿を、ただただ見ている。


「え、アカネ姉ちゃん。なんて言ったの? ごめん。よく、聞こえていなかった」


 子供は、目をパチパチさせて、アカネの目を見た。


「私の前を見てみて」


 アカネは、自分の前を指さしてみる。


「やや、やだやだやだ。鬼がいるもん!」


 子供は、涙目になって、アカネに訴えかけた。


「大丈夫」


 アカネは、子供の頭に手を置いた。


 子供は、自分の頭に手を置かれて、戸惑う表情を見せた。


「わ、わかった。頑張ってみる」


 子供は、アカネの影から、少しだけ体を出して、アカネの前を見る。


「い、いない」


「でしょ?」


「あっ」


 子供とカエデが、目を合ってしまう。


「あ、じゃ、じゃあね。僕、そろそろ寝る時間」


 子供は、俺と目を合わせると、湖の中に戻ろうとする。


「今度は、俺の話を聞いてもらう番だ」


 カエデは、湖の中に帰ろうとする子供を引き止めた。





「水龍のコテツだ!」


 カエデとコテツは、向かい合う形で座った。アカネは、コテツに『隣に座ってほしい』とせがまれて、コテツの隣に座っている。


「管理人のカエデです」


「初めてだな」


 コテツは、自信ありげな表情だ。


「俺が、ここに来たのは、龍の角を借りるため。コテツが持っているのか?」


 カエデの問いかけに、コテツは大きく頷く。


「良かったらでいいのだが、貸してくれないか?」


 カエデのお願いに、コテツは、黙り込んでしまう。


「もしかして、ないのか?」


「いや、ここにあるぞ」


 コテツは、そう言うと、立ち上がる。


 カエデ達の周囲に、水の玉が現れ始める。


「なんだ? 水の玉が浮かび始めた」


 カエデは、周囲に浮かび上がる、水の玉に驚く。


 コテツの方を見てみると、コテツの体に水がまとまりつき、気泡が現れ始めていた。


 気泡の数が、どんどん増えていき、コテツの姿が見えなくなっていく。


「ははは、人間! 僕の真の姿を見て、恐れるがいい!」


 コテツが立っていた場所に、水柱が立ち上がった。


 なんて、水の量だ。さすが、水の龍。


 立ち上がった水の柱が、小さくなっていくと、水の中にコテツの姿が見え始める。


「これが、水龍と呼ばれる、僕の真の姿だぁ!」


 水柱の中から、現れたコテツの姿は、絵画で見られるような龍の形をしており、全身水色の鱗に覆われていた。頭にも、威圧感を感じる形状をしている角が生えている。


「おおおおって、小さいな」


 カエデの前にいた水龍の姿のコテツは、子供姿の時と大きさと、変わっていなかった。


 こんな、小さな龍も存在しているんだな。


 カエデは、コテツのことをまじまじと見つめる。


「どうした人間。僕の真の姿を見て、恐れたか!」


「小さい龍って可愛いな」


「だろ? 伝説と呼ばれている龍の姿を見て……可愛い?」


 自信ありげな表情から一転、コテツは困惑した表情を見せた。


「かっこいいの間違いだろ?」


「可愛いと思うぞ。なぁ、アカネ?」


 カエデは、アカネの方を見る。


「うん。可愛い」


 アカネは、何度も頷いてみせる。


「よく見てみろよ、僕は龍の姿をしているんだぞ!」


「可愛い。お人形にしたい」


 アカネは、コテツの頭を撫でる。


「この姿を見て、可愛いって言うなー!」


 コテツの叫び声が、湖中に響き渡った。





「うっ、うっ」


「悪かった、許してくれ」


 コテツは、自分の龍の姿に自信があったのか、叫んだあと、泣いて落ち込んでいた。


「コテツ。ごめん」


 アカネは、コテツと目線を合わせて謝る。


「うっ。可愛いなんて、ひどいよ」


 かっこいいと、言って欲しかったのか。


「コテツ」


 アカネは、コテツの名前だけを呼ぶ。


「何? アカネ姉ちゃん」


 コテツは、アカネと目を合わせる。


「かっこいいよ」


「ひっぐ、本当?」


 コテツは、泣きべそをかきながら、アカネのことを見る。


「うん。龍の中でも、一番かっこいいよ」


「本当? 本当?」


「うん」


 コテツは、アカネの励ましが効いたのか、べそかくのを止めた。


「カエデのお願いを聞いてくれる?」


「わ、わかった」


 コテツは、返事をすると、カエデのことを見た。


「管理人が探している『龍の角』は、これだよ」


 コテツが指さしたのは、自分の頭に生えている角だった。





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