第十八話「一つめの神器」
次の日の昼間。カエデは、寺の住職である、ミハラの元に訪れた。
「ミハラさん。帳簿が見つかりました」
カエデは、帳簿をミハラに渡す。
「助かります。帳簿は寺の中に?」
「寺の中にある、仏像の下にありました」
「仏像の下? なんで、そんなとこに」
ミハラは、不思議な表情をしつつ、帳簿のページをめくる。
「あれ? これは?」
ミハラは、帳簿に挟まっている、書状に気づいた。
「それは、帳簿に挟まっていました。初代住職が、遺した書状です。すみません、昨日の夜に読んでしまいました」
カエデは、頭を下げて、謝った。
ミハラは、折られた書状を開かないで、見つめる。
「初代様の書状。中身には、なんて書いてあったのです?」
カエデは、口を開くことができなかった。
書いてある内容が、重すぎる。自分の口からは、話せない。
「わかりました」
ミハラは、カエデの表情を見ると、軽く笑みを見せて、書状を帳簿の中に戻した。
「読まないのですか?」
「えぇ。カエデさんの表情を見る限り、話しづらい内容なのですね」
カエデは、頷くことしかできなかった。
「それなら、知らないままの方が、良いです。書状は開かずに、そのまま帳簿と一緒にしまいます」
ミハラは、帳簿を閉じる。
「話せなくて、すみません」
「気にしなくても大丈夫ですよ」
「あ、後これを」
カエデは、寺の鍵をミハラに渡した。
「返してもらうのを、忘れる所でした。お礼にこれを」
ミハラは、カエデに団子と封筒が入ったビニール袋を渡す。
「ごちそうまで、この封筒は?」
「これは、依頼料です。私からの、ささやかな礼です」
「ありがとうございます」
カエデは、ミハラに頭を下げる。
「では、私は仕事に戻ります」
ミハラは、寺の中に姿を消して行った。
「住職ってすごいな」
自分だったら、興味本位で書状を開いてしまう。強い自制心がないとできないことだ。
「俺も、帰って仮眠をとろう。夜、天狗の所に行かないとだ」
カエデは、自分の家に帰った。
「前は、この辺で天狗に会った気がする」
夜になると、カエデは、天狗と会った森に訪れていた。
「くぁー! また失敗だ! 伏せろー!」
男の声で叫ぶ声が聞こえ、カエデは、身を低くする。
ドーン!
大きな爆発音が森の中に響き渡った。
「人間が作った兵器、精密すぎるぞ!」
カエデは、叫ぶ男の方向を見てみると、赤い顔と長い鼻。それと、修行僧の服装をした妖怪がいた。
天狗のジンライだ。また、実験をしていたのか。
「ジンライさん」
カエデは、ジンライの元に近づく。
「主は……管理人のカエデ殿か!」
ジンライは、表情が明るくなった。
「今日は、報告があって来ました」
カエデの言葉に、ジンライは目を輝かせる。
「今日は、大盤振る舞いじゃ! 景気よく食べてくれい!」
ジンライは、火であぶって焼いた魚を、カエデに渡す。
「大きい魚ですね。これは、何ですか?」
「これは、鮭じゃ! この霧島では、珍味の一つとして数えられておる」
鮭一匹、丸々焼いたのか。初めて見た。
「いただきます」
カエデは、焼いた鮭にかぶりつく。
噛んだ瞬間、魚の脂が口の中に広がった。なんて、量の脂だ。それに、うま味が、他の魚と比べると尋常ではないほどある。
「気に入ったようじゃな」
ジンライは、嬉しそうな笑みで、カエデのことを見る。
「それで、妖怪の管理人。わしが、頼んだ依頼は、どうだった?」
カエデは、ジンライのことを見る。
「他言無用で、お願いできますか?」
「任せとくのじゃ。歴史学者は、不都合な事実を知る事もある。そういうのは、外に漏らさないようにするのだ」
カエデは、大きく深呼吸する。
「源義経の墓は、ありませんでした」
「そうじゃったか。わしの予想は、外れたの」
ジンライは、少し落ち込んだ様子を見せる。
「しかし、源義経は、霧島で生涯を終えたのは事実です」
「なぬ!」
ジンライは、カエデの言葉を聞き前のめりになる。
「寺の住職を代々受け継いでいる。ミハラ家が、源義経の子孫です。源義経は、その初代住職になります」
「なんと、あの住職一族が、源義経の子孫……。それは、間違いないのか?」
「はい。間違いないです」
「これは、大きな発見じゃ。源義経は、生き延びており、子孫が途絶える事も無く、未だ健在だとは」
ジンライは、顎に手を当てて、考える素振りを見せる。
「他には、わかっていることはあるのか?」
「後は、妖怪との争いを避けるために、妖怪の管理人という、役職を任命させたこと。子孫に源の苗字を引き継がせることができなかったことに対する、謝罪が書かれていました」
「あの天才と呼ばれた源義経が、子孫に謝罪していた。これは、史実で描かれている大胆な姿とは逆に、謙虚な一面があったと示せる貴重な証言だ」
ジンライは懐から、羽ペンと書籍を取り出し。書籍に書き始めた。
「何を書いているのですか?」
「わしは、この霧島に関する歴史書を書くのが夢なんじゃ。安心しとくのじゃ、外に漏らしてはいけないとこは、ぼかして書いておる」
ジンライは、笑顔で答える。
「カエデ殿には、約束通り『天狗の団扇』を預けよう」
ジンライは、鳥の羽で装飾された団扇を、カエデに渡した。
「ありがとうございます」
「また、何か頼みごとがあったら、頼むわい。がははは」
ジンライとカエデは、しばらくの間、談笑するのであった。
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