第十四話「隠れ里へ」
「よお、久しぶりじゃの」
シライシ村長とカエデは、港から近くにある寺に辿り着いた。
どこにでもありそうな、普通の寺だ。この寺に、源義経の墓に関する手がかりはあるのか?
「これは、村長。この寺に来るとは、珍しい」
人柄の良さそうな住職が、寺の中から現れた。
「カエデ殿が、主に聞きたいことがあるみたいなのじゃ」
「カエデさん……もしかして、新しく管理人となったお方ですか?」
「そうじゃ」
「初めまして、管理人のカエデです」
住職は、カエデの前まで来る。
「初めまして、雲寺の住職を勤めているミハラと申します」
「ミハラさん」
「漢字では、数字の『三』に、原っぱの『原』と書きます」
「覚えやすい苗字です」
「はい。村の子供からも、覚えやすいって好評です。ははは」
人の良さそうな住職さんだ。
「ミハラ殿。今は、忙しいかの?」
「ちょうど、経も読み終えて、墓掃除に行こうとしていたとこです」
「なら、カエデ殿の話を聞いてくれるかの?」
「わかりました。カエデさんは、何を聞きたいのですか?」
「実は、妖怪に頼まれて江戸時代以前に、造られた墓を探しているんです」
「江戸時代以前の墓ですか。ちょっと、待ってください」
ミハラは、寺の中に戻る。
「村長。確か、雲寺が村で唯一の寺なんですよね?」
「そうじゃな。人口が二百人しかいない村、寺は一つで充分だからの」
ここが、最後の頼みか。
カエデは、緊張した面持ちで、住職が入った寺を見る。
「ありました。ありました」
ミハラが、古びた書物の誇りを、はたきで払いながら現れて来た。
「ミハラさん。それは、何ですか?」
「これは、私の先祖が代々書いて来た、亡くなった人の名前が書かれた帳簿です」
そんな書物が残っていたのか。その帳簿に、源義経の名前があれば確実だ。
ミハラは、カエデの前で帳簿を広げる。
「お探しの名前は、わかりますか?」
「えーと」
ここで義経の名前を言ってしまったら、ダメだ。なんて言おう。
「鎌倉時代で、この村ができた時にいたってことしか、わかりません」
「本当の最初期にいた、村人ってことですね」
ミハラは、頷くと書物のページをめくり始める。
「あれ?」
ミハラがめくっていた手が止まる。
「どうかしたのですか?」
「この帳簿、鎌倉時代中期までの記録しかない。おかしいな。一番古い帳簿を手に取ったはずなのに」
ミハラは、寺の中に向かって歩き出す。
「ちょっと、待ってください。探してきます」
ミハラの姿は、寺の中に消えて行った。
「ミハラさんの家族って、几帳面なのですね」
「ほほう。カエデ殿は、何で、そう思ったんじゃ?」
シライシ村長は、カエデが呟いた言葉に、興味がある様子で聞いた。
「死んだ人の名前を、帳簿でまとめて、それを代々受け継いでいるのは、すごいことだと思います。しかも、それが鎌倉時代まで、さかのぼれている」
「ほっ、ほっ。わしも村長のなり立ての頃、ミハラ殿に、帳簿の存在を聞かされて驚いたのを覚えておるわい。ミハラ一族は、霧隠れ村の村人が好きなんじゃな。誰一人も、忘れずに記録を残そうって気概を感じるの」
ジンライとカエデが話していると、寺の中からミハラが現れた。
「ミハラさん。見つかりましたか?」
ミハラは、険しい顔つきでカエデの元に来る。
「見つからなかったです」
「そうですか……」
「ミハラ殿。本当になかったのかの?」
「はい。一体どこに」
「最後に見たのは?」
「実は、一番古い帳簿を探したこと自体初めてで、最後に見たのはいつか……もしかしたら、私が物心をついた時には、なかったのかもしれません」
確か、ミハラさんが初めて帳簿を持って来た時、書物に付いた、ほこりをたたきで落としながら持って来ていた。長い間、触れていなかった証拠だ。
「心当たりはあるかの?」
「もしかしたら、旧霧隠れ村にある廃寺内にあるかもしれません。私の先祖が持ち忘れた可能性がある」
ミハラは、鍵を一本取り出す。
「その鍵は?」
「これは、廃寺の入り口にかけてある南京錠の鍵です。動物に荒らされないように、先祖が付けたと言われています。本当は、私が行くべきなのですが」
「寺を長時間、空けておくのは。できないですよね。自分が、お願いしたことです。良かったら、その鍵を借りてもいいですか?」
「はい。すみません。私の管理不足でした。明日にでも、一度倉庫を整理しようと思います」
ミハラは、カエデに鍵を渡した。
「鍵は、いつでも返しに来て構いません。わがままかもしれませんが、もし帳簿があれば、鍵を返す時に渡してくれませんか?」
「わかりました」
カエデは、ミハラにお辞儀をする。
「ほっ、ほっ。話がまとまったようじゃの。カエデ殿、旧霧隠れ村に行くなら、明日の方が良いのじゃ。今から行くと、途中で日が暮れて遭難するかもしれないの」
カエデは、村長の提案に頷き、旧霧隠れ村には明日向かうことにした。
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