第九話「人見知りを治す方法」

 次の日の夜。カエデとアカネは、メイを連れて妖街に来ていた。


「こ、ここに、人見知りを治す方法があるの?」


 メイは、アカネの後ろに隠れながら、カエデの方を覗いて聞く。


「まずは、ステップ一『すれ違う人に、挨拶をする』をやっていこう」


「すれ違う人に挨拶?」


 メイは、不思議そうな表情をする。


「挨拶は必ずしも、目を合わせなければならないってことはない。軽く会釈をするだけでも成立する」


 メイは、カエデの話を聞いて、頷いている。


 理解できているみたいだ。この調子で話して行こう。


「今回は、この妖街で、すれ違う妖怪に挨拶をしてもらう。活気づいている、この街なら、挨拶するハードルも低い」


 まずは、自分でも誰かに話しかけることができるって、自信を持ってもらおう。


「わ、わかった」


 メイは、カエデの話を聞いて、頷いた。




「メイ。心の準備はいいか?」


 カエデは、隣に立っているメイを見る。


「ア、アカネちゃんがいなくても、大丈夫」


 メイは、自分を励ますように独り言を呟いている。


 アカネは、『私がいると、過保護になるかもしれない』って言って、少し距離をとって、遠くから見守っている。


「まずは、俺が挨拶をするから、メイも俺の後に続いて挨拶をしてくれ」


 これで、話しかけるハードルもだいぶ低くなるはずだ。何かあったら、俺か、近くで見守っているはずのアカネが助けると、メイに伝えてある。


「う、うん。わかった」


 カエデは、妖街を歩き始めた。メイも、カエデの後について行く。


 早速、一人目の妖怪が来た。


 カエデの前から、首が長い女性が、歩いて来る。


「ろ、ろくろ首」


 カエデの後ろに歩いているメイは、不安そうな声を出した。


「大丈夫だ。俺の後に続いて」


 カエデは、できるだけ自然体になるように、深呼吸をする。


「こんばんは」


「あらー、新しい管理人さん。こんばんは」


 カエデの挨拶に、ろくろ首は、笑顔で返した。


「こ、ここここんばんは」


 何回、『こ』を連呼している。


 カエデは、ツッコミそうになったが、何とか踏みとどまる。


「こんばんは」


 ろくろ首は、一瞬首を傾げたが、挨拶をメイに返した。


 何事もなく、ろくろ首とすれ違う。


「やれば、できるじゃん」


「う、うん!」


 カエデの言葉に、メイは嬉しそうに返事をした。


「この調子で続けていくぞ」


「わ、わかった!」


 その後、メイはカエデの後に続いて、挨拶をしていく。




「メイ。すごい」


 カエデとメイは、妖街にある一つの通りを一往復して、アカネと合流をした。


「わ、私できたよ!」


 メイは、嬉しそうな顔をして、アカネに伝えた。


「知らない人に挨拶してみるのドキドキしたと思うけど、楽しかっただろ?」


「うん!」


 話すハードルをできるだけ下げたのが、良かったみたいだ。


「メイ。次は、自分で挨拶をしてみるか?」


 この調子で、難易度を一つあげてみよう。


「じ、自分で……」


 メイは、困惑する。


「大丈夫。相手に聞こえていなくても良い。『挨拶をした』その行為自体に意味があるんだ」


 自分から挨拶をしたという、行動を認識するだけで、人に話しかける行為が簡単になるはずだ。


「メイなら、できる」


 アカネは、メイの頭を撫でる。


「わ、わかった。頑張ってみる……」


 カエデは、覚悟を決めたメイと共に、通りの入り口に立つ。


「大丈夫、俺もついている。無理に、すれ違う人全員と挨拶をする必要はない。挨拶をしやすいって思った人から挨拶をすればいい」


「う、うん!」


 カエデとメイは、再び通りを歩きだした。


「早速、一人目が来たぞ」


 カエデの前から、空を浮遊している猫が現れた。


 尻尾が三つに分かれて、空を浮遊している。あれも、妖怪なのか。


「さささささ三又さん。こんばんは」


 メイの声が、後半につれて、だんだん小さくなっていく。


 三又と呼ばれていた妖怪の猫は、何も言わずに、カエデとメイを通り過ぎた。


 聞こえていなかったみたいだな。


「無視されちゃった……」


 メイは、下を向いて落ち込む。


「大丈夫だよ。今のは、聞こえていなかっただけで、無視されたとかじゃ、ないから」


「ほ、本当?」


 メイは、視線を上に向けて、カエデのことを見る。


「本当だよ。挨拶出来て、偉かったぞ。この調子で、次も頑張ろう」


「うん!」


 メイは、元気よく返事をした。


 カエデとメイが、話している間に前方から、本を歩き読みしている、赤い皮膚で、長い鼻を持つ妖怪が歩いて来た。


「確か、あの妖怪は天狗か?」


 よく、アニメで見る姿と同じだ。実在しているんだな。


「て、てんてん、天狗さん。こんばんは」


「霧島に逃げた、奥州藤原氏の一族の生き残りは……ん? 今、わしは話しかけられた?」


 天狗は、視線を本から、カエデとメイがいる前に向けた。


「こここ、こんばんは!」


 メイは、緊張からか、語尾を上げてしまう。


「座敷童の嬢ちゃん。こんばんは」


 天狗は、優しい笑みで挨拶をして、通りすぎた。


「で、できた」


 メイは、立ち止まって、前を見続ける。


「すごいな。急成長じゃないか」


 カエデは、メイに向けて拍手した。


「うん! 私、挨拶できた!」


 メイは、カエデの膝ぐらいしかない小さな身長で、飛んで喜んだ。


 ここまで急成長をするのは、予想外だった。これは良い兆候だ。このままいけば、本当に一週間で、人見知りが、治るかもしれない。


「この調子で、次も行こう」


「うん!」


 カエデとメイは、再び歩き始めようとする。


「あ、いたいた! 管理人!」


 後ろから、俺のことを呼んでいる。


 カエデが、振り向いてみると、そこには一本の傘が、開いて浮遊しながら、カエデの方向に向かって来ていた。


「確か、カラカラか?」


「そうだよ! からかさお化けのカラカラ! お礼を渡しにカエデの家、行ったら、いなくて探していたんだ!」


 そういえば、お礼をするとか前に言っていたな。


「あれ? この子は?」


 カラカラは、メイのことを見る。


「座敷童のメイだ」


「へぇ、座敷童か!」


 カラカラは、メイの前に行く。


「初めまして!」


「は、はじ」


 メイは、突然話しかけられて、驚いたのか、体を震わせている。


「俺の名前は、カラカラ!」


 カラカラは、メイの言葉を最後まで聞かずに、話を続ける。


「メ、メイです」


「特技が一つあってね! 見てて!」


 カラカラは、メイに背中を向ける。


「いないいない……ばぁ!」


 カラカラの背中から、突然目玉が現れた。


「俺の目って、どこにでも移動できるんだ! あ、管理人、これお礼!」


 カエデは、カラカラから紙袋を渡された。


「じゃあ、また会おうね!」


 カラカラは、浮遊して、どこかへと飛んで行った。


「嵐みたいなやつだったな」


 てか、初めて会った時、突然目が現れたのは、カラカラの特技だったのか。


 カエデは、メイの方向を見る。


「メイも驚いたよな。今度会った時、優しくするように頼んどくよ」


 カエデは、しゃがんでメイと目線を合わせる。


「ん?」


 メイから、返事がない。


「メイ?」


 カエデは、メイの目を覗き込んで見てみる。


「あ」


 メイは、泡を吹きながら、白目をむいて、気絶していた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る