第六話「妖怪の管理人」

「なんだ、ここは?」


 カエデは、突然現れた街に困惑した。


 こんな所に街があるなんて、聞いていないぞ。


「ここは、二千年以上の歴史を持つ妖怪の街」


 アカネは、妖街に足を踏み入れる。


「お! アカネじゃねぇか!」


 一つ目の男が、アカネに話しかける。


 この男、目が一つしかない。それに……。


 カエデは、周囲を見渡す。


「街の外観に、気を囚われていたけど、この街にいるのは、人じゃない」


 鼻が長い人みたいな者や、緑色一色で、甲羅を背負っている者。見たことない特徴をした大勢の生き物が、街を歩いたり、建物の中から外を眺めていた。


 カエデは、立ち止まり、呆然とした。


「管理人さん。こっち」


 アカネの方を向くと、アカネが俺に向かって、手招きしていた。


「い、今行く」


 だ、だめだ。状況が理解できない。


 カエデは、ただアカネについて行くことしかできなかった。




「ここなら、ゆっくり話せる」


 カエデとアカネの前には、『妖亭ようてい』と書かれた看板が、かけてある木造の建物がある。


「妖亭?」


 アカネは、妖亭と書かれた建物の中に入った。


 カエデも、アカネの後についていく。


「あれ!? アカネじゃん! ここで、働く気になった!?」


 妖亭の中に入ると、ピンク色の着物を着た女性が、アカネに話しかけて来た。


「ばぁ様の下では働かない」


「また、そんなこと言ってー、あなたが入れば男共は、もっとお金を落としてくるのに」


 ここは、どんな店なんだ?


 カエデは、周囲を見渡すが、受付台しか見当たらなかった。


「アカネの後ろにいるのって、人間?」


「そう、新しい管理人さん」


「へぇー、この子が新しい管理人」


 アカネと話していた女性が、カエデに近づいて来る。


「私は、妖亭で働いているミツバって言うの。人間には、妖狐って呼ばれているわ」


 ミツバは、カエデの頬を撫でた。


 カエデは、背筋を凍り付くような感覚に襲われた。


「ミツバ。管理人さんに、いたずらしない」


 アカネは、ミツバの襟を掴んで、カエデから引き離した。


「ふふ。まぁ、いいわ。これからも、関わることがあると思うし」


「仕事中に、何しているんだい?」


 威圧感がある女性の声が聞こえた。


「こ、この声は」


 ミツバの顔が、青ざめていく。


「やぁ」


 カエデの肩に、大きな手が置かれた。


 いつの間に!?


 カエデは、慌てて振り向く。


「いらっしゃぁーい」


 カエデの後ろには、三メートル以上はあると思われる巨大な老婆がいた。


 なんて、大きさの老婆だ。この老婆も、妖怪なのか?


「ばぁ様」


 アカネは、動じない様子で、老婆のことを見る。


「この子は、人間だねぇ。もしかして、管理人かい?」


「そうよ。腹黒村長に、管理人の仕事内容を聞かされないまま、この島に来たらしいわ」


「くぁ、くぁ、くぁ。なかなか、やっていること腹黒いね。さすが、源頼朝みなもとのよりともの目をかいくぐって、この島に逃げ込んで来た奥州藤原氏おうしゅうふじわらしの末裔だぁ」


「奥州藤原?」


 昔、歴史の授業で習った記憶があるけど、思い出せない。


「そんな話は、どうでもいいさぁ。管理人、名前はなんて言うんだい?」


「カエデです」


「カエデ。良い名前だぁ。こっちに起き、管理人について教えてあげるよ」


 ばぁ様は、カエデ達、三人を引き連れて、店の奥に入った。




 カエデは、ばぁ様に座敷を案内され、座らされた。


「さぁ、お食べ」


 和食のフルコースだ。


 カエデの目の前には、味噌汁やご飯など、和食料理が並べられている。


 夕飯を食べたはずなのに、食欲がそそられるほど、美味しそうだ。


「人間でも、食べられるのですか?」


「もちろんだよぉ。冷めないうちに、お食べ」


 カエデは、箸を持ち、味噌汁を飲んでみる。


「美味しい」


「くぁ、くぁ、くぁ。そうかい、そうかい」


 ばぁ様は、嬉しそうに笑う。


「それじゃ、腹越しらえをしながら、管理人について教えようかい」


 ばぁ様は、机を挟んで、カエデの対面に座った。


「管理人って、何をする仕事なんですか?」


 カエデは、ばぁ様の目を見る。


「それはね、私達妖怪の管理さ」


「妖怪の管理?」


 カエデは、ばぁ様の言葉を聞いて、首を傾げる。


「あぁ、この街に来てわかっていると思うが、ここには妖怪の街がある」


「はい」


「そして、霧島には人間も住んでいる」


 ばぁ様は、両手の手のひらに、『人』と『妖』の文字を出現させた。


「この二つの生命体は、関わり合うことがなかった生命体だ。カエデも、妖怪は初めて見ただろ? くぁ、くぁ、くぁ」


「初めて見ました」


 ていうか、今でも目の前にいるのが、妖怪だって信じられない。


「普段は、妖怪と人間は住み分けして、お互い関わり合うことがないんだ。その点、霧島は、特別でね。鎌倉時代の初期から人間と共存しているんだよ。まぁ、この話は、長くなりそうだから、時間を見てアカネにでも聞いてみてみい」


 アカネの方を見てみると、軽く会釈をした。わかったという意味か?


「人間と妖怪が、共存していくことになったんだが、大きな壁にぶつかってしまったのさ」


「大きな壁?」


「生活リズムの違いと文化の違いさ」


 確か、宗教の違いでも争いが起きるって、聞いたことがある。ばぁ様が言っているのは、それと近いことか?


「ピピンと来ていないようだね。わかりやすいので言えば、妖怪は夜型で、人間は朝型だ。他には、妖術が使えるかどうかだね。他にもたくさんあるよ。くぁ、くぁ、くぁ」


 生活リズムと文化の違う、種族がこの霧島に住んでいる。ということは、管理人って。


「もしかして、管理人って妖怪と人間の橋渡し役ってことですか?」


「察しがいいね。そうさ、管理人は、人間と妖怪の交流を保つために、設置された役職。何から何まで違う、二つの種族が争わないために、設置されたのが管理人さ。今の平和な世の中じゃ、少し立ち位置が変わっているけどねぇ。くぁ、くぁ、くぁ」


 ばぁ様は、高らかに笑った。



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