第三話「家に来た者は?」

 シライシ村長が、家を出てから、しばらく経つと、配達業者が家にやって来た。この村で、唯一の配達業会社らしい。


「ありがとうございます」


 カエデは、配達業者に手伝ってもらいながら家電と家具を配置した。


 元々ワンルームに住んでいた時の、家電と家具だ。一軒家に配置してみると、余ったスペースの方が大きく、寂しく感じる。


「何か買い足すのもな。まぁ、慣れるか」


 とりあえずは、このままにしておこう。


 カエデは、ふと外の景色を見た。


「空が赤く染まっている。もう、夕方か」


 引っ越しの荷物の中に、カップラーメンがあったはず。この島には、コンビニとかあるのだろうか? この島の人は、どうやって過ごしているんだ?


 カエデは、明日からの生活をどうするか考えながら、カップラーメンを探した。


 ピンポーン。


 インターホンの音が聞こえた。


「シライシさんか?」


 カエデは、荷物の開封作業を辞めて、玄関に向かう。


「はーい」


 曇りガラス扉の奥に、人影が見えた。


「すみませーん」


 あれ? この声どこかで、聞いた覚えが。


 カエデは、扉を開いた。


「あなたは、確か役場で話した」


 玄関前には、茶髪のボブ髪に、幼さが残っている顔立ちのした女性が立っていた。


 カエデが、この島に来て直接話した初めての人だ。


「はい! 役場で働いているアカリです!」


「アカリさん」


 アカリの手には、膨らんだビニール袋が握られていた。


「あ、これを届けに来たの!」


 アカリは、カエデの視線に気づいたのか、ビニール袋をカエデに渡した。


「これは?」


「おばあちゃん家で採れた野菜!」


 カエデは、ビニール袋の中身を見る。


 ビニール袋の中には、人参やじゃがいもなど、野菜がたくさん入っていた。


「こんなにたくさん」


 今までの人生で、他人から野菜を貰った経験がない。どうすれば、いいのだろう。


「この島に来たら、家族も当然です! ましては、ミサトさんの後継ぎの管理人。霧島に住む島民は、大助かりします!」


 また、『管理人』の単語が出て来た。この島にとって、それほど管理人という存在が特別なのか。


「アカリさん」


「はい?」


「管理人って、なんの仕事をするのか知っているのですか?」


 アカリは、カエデの言葉を聞いて目を丸く見開く。


「もしかして、何の仕事かわからないの?」


「はい。村長に聞いても、『今日は新月だから、ゆっくり休むと良い』的なことを言われて、内容を教えてくれませんでした」


 アカリは、カエデの話を聞いて、黙り込む。


「なら、私からも言わない方がいいかも」


「アカリさん?」


 アカリは、カエデの声を聞いて、少し驚いた表情をした。


「あ、なんでもないよ」


「え?」


「私、今日夕飯作りをしなきゃいけないから、もう帰らなくちゃ」


 アカリは、慌ただしく帰ろうとする。


「あ、あの! 野菜ありがとうございます!」


 カエデは、帰ろうとするアカリに、お礼を言う。


「うん!」


 アカリは、笑顔で振り向いて、元気よく返事を返した。





「昔、自炊しようとして買って、使わなかった塩コショウがあって良かったー」


 カエデは、キッチンで、フライパンを使い、包丁で切った野菜を炒めていた。


 塩コショウは、トントンっと。


「調理器具も、買ったのは二年ぐらい前だけど、数回しか使っていないから、ほとんど新品と同様だ」


 カエデは、塩コショウをかけて、炒めた野菜を皿の上に乗せる。


「最後にいつしたのか、わからないぐらいの自炊だ」


 カエデは、机の上に野菜炒めを載せた皿を置いた。


「明日、細かい荷物の整理をしないとだな」


 部屋の入り口を見てみると、まだ未開封の段ボールが五個以上残っていた。


「そういえば、管理人の仕事って、何だかわからなかったな」


 シライシ村長の口ぶりを考えるに、明日になればわかるのだろう。


「新月とか言っていたし、月の満ち欠けとか関係があるのかな? もしかして、ミサトおばさんって占い師とかだったのか? 俺、占いとかできないぞ」


 カエデは、管理人の仕事内容が想像つかず、不安になり始めた。


「ここまで来たから、もうなるようになれだ。もう、風呂入って、歯磨きして寝よ!」


 カエデは、考えるのを辞めて、初めて霧島に来た日を終えた。





「カエデ、何でこの作業が終わっていないんだ!」


 あれ? 目の前に上司がいる。お、怒っている。とりあえず、謝らないと!


「すみません。取引先から、急に連絡が来て、対応していました」


「言い訳を言うな! 残業してでも終わらせろ!」


「え? で、でも取引先との仕事が」


 なんで、事務の仕事まで俺にやらせるんだ。そのための、部署分けなのに、これじゃ意味がない。


「そこは、はいだろ! たく最近の若者は、素直に首も縦に振れないのか」


 俺の上司は、事務方の人に頼むのが面倒くさくて、俺に仕事を押し付けていた。自分は、定時上がりして、週末は繁華街を飲み歩いているのに、なんで俺は、遅くまで会社にいないといけないのだ。


 上司が、カエデのことを見る。


「なんだ、その目は」


 上司が、カエデに近づいて来る。


「な、なんでもありません!」


「不服そうだな。おっと、もう一つ仕事があったんだった。やってくれるか?」


「す、すみませんでしたー!」






「すみませんでした!」


 カエデは、勢いよく布団から飛び上がる。


 和式の部屋だ。会社のオフィスじゃない。


「ゆ、夢かー」


 カエデは、布団の上に倒れる。


 一ヶ月前に辞めた会社の夢が出て来るなんて、最悪の朝だ。


 ニャーン。


「ん? 猫?」


 カエデは、猫の鳴き声が聞こえた方向を見る。


 視線の先には、赤い首輪をしている白猫が、外からカエデのことを見ていた。




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