第二話「管理人の家へ」

「皆どうしたのじゃ? 騒がしいの?」


 騒ぎを聞きつけたのか、役場の奥から、一人の老人が現れた。


 坊主のやせ型で、丸眼鏡をかけた六十代ぐらいの老人だ。


「あ! シライシ村長!」


 カエデに話しかけていた女性が、シライシ村長の方を向いて、話しかける。


「この人が、村長」


 カエデは、シライシ村長の方を見た。


「シライシ村長、この人が管理人の」


「お! カエデ殿じゃな!」


 シライシ村長は、カエデの方を見て、嬉しそうな顔をした。


「カエデです。よろしくお願いします」


 カエデは、シライシ村長にお辞儀をした。


「皆、仕事に戻るのじゃ。わしは、カエデ殿と話して来るの」


「わ、わかりました」


 役場の人達は、シライシ村長の言葉を聞いて、仕事に戻り始めた。


「カエデ殿。ちょうどいい所に来てくれた」


 シライシ村長は、役場の出口に向かって歩き始める。


「シライシ村長。話って役場の中で、話さないのですか?」


「村を案内しながら、話した方が迷わなくて済むじゃろう?」


 なるほど、村のことを知りながら歩くのも、良い気がする。


 カエデは、シライシ村長の言葉に納得して、後をついて行った。





 シライシ村長とカエデは、役場を出て、霧島の内陸部に向かって歩き始める。


「カエデ殿。霧島は、都会と比べてどうかの?」


 シライシ村長は、歩きながら、カエデの方を向いて聞く。


「自然にあふれて、すごく素敵な場所だと思います。都会では、緑を見ることが少ないので」


 カエデは、海と緑の自然が、大部分を占めている風景を見ながら答えた。


「そうか。そうか」


 シライシ村長は、カエデの話を聞いて嬉しそうな顔をした。


「シライシ村長。今は、どこに向かっているのですか?」


 どんどん人里から離れている気がする。


「カエデ殿に、住んでもらう家じゃ。詳しく言えば、ミサトさんが住んでいた家じゃの」


「ミサトおばさんが住んでいた家」


「ミサトおばさんの物は、親族が引き取って掃除をしてくれたはずじゃ。洗濯機などの家電製品や家具は、引っ越し業者が持ってくるのじゃろ?」


「そうです。親切にしてくれて、ありがとうございます」


「ほっ、ほっ。気にすることはないのじゃ。管理人の仕事をしてくれるからの。霧隠れ村は、全面的にサポートするのじゃ」


 また、管理人という単語が出て来た。一体、なんの仕事だと言うのだ?


「シライシ村長。管理人っていったい」


「カエデ殿。着いたのじゃ」


 カエデが、話しかけようとしたら、シライシ村長は目の前に現れた家を指さした。


 木の柵に、囲まれた木造建ての一軒家だ。港町にあった住居よりも、大きい気がする。立派な家だ。


「ここが、俺の住む家」


 カエデは、自分が住む家を見つめる。


「ミサトさんが、一昨年ぐらいに改築したばかりだからの。ほぼ、新築と言っても過言じゃないのじゃ」


 カエデは、門を開けて、家の敷地内に入る。


 広めな庭は、雑草が生えて、荒れ始めている。ミサトおばさんは、庭いじりが趣味だったのか?


「シライシ村長。玄関の鍵は、ありますか?」


「そうじゃった。そうじゃった。鍵を渡すのを、忘れておった」


 シライシ村長は、笑いながら玄関の鍵をカエデに渡す。


 カエデは、玄関の鍵を開け、家の中に入る。


「広い家ですね」


 カエデは、玄関で靴を脱ぎ、居間に入った。


 畳が敷き詰められていて、日光が部屋の中に差し込んでいる。日の当たりも良さそうだ。


「綺麗じゃろ? おそらく、この霧島で一番綺麗な家かもしれないの」


 シライシ村長は、笑顔で話す。


「ここに来て、良かったです」


 ワンルームのアパートに住んでいた頃とは、信じられないぐらい部屋の数が多い。のびのび過ごせそうな家だ。


「そういえば、カエデ殿。この霧島に来てから、変わった出来事はあったかの?」


「変わった出来事?」


 カエデは、霧島に来てから今までの記憶を振り返る。


「気のせいだとは、思うのですが、役場に向かう途中、背後から女性に話しかけられました。それで、振り向いてみたら、誰もいませんでした」


「女性の声で……周囲には何かあったかの?」


「特になかった気がします。猫が二匹いたぐらいで」


「猫かの」


 シライシ村長は、なんで、こんなにも聞いてくるのだろうか。


「もしかして、この霧島は、いわく付きだったりしますか?」


 カエデの心に、恐怖心が芽生えた


「ほっ、ほっ。そんないわく、霧島にはありませんぞ」


 シライシ村長は、カエデの言葉を聞いて、笑った。


「なら、良かった」


 カエデは、安堵した。


「引っ越し業者が、持って行った荷物も、そろそろ来る頃じゃ。わしは、役場に戻ることにするかの」


 シライシ村長は、玄関に向かって歩き始める。


「あ、玄関まで見送ります」


 カエデは、シライシ村長の後に続く。


「慣れるまでは、大変じゃが、慣れれば霧島から離れたくないと思うはずじゃ」


「わかりました」


「カエデ殿。今日は、何日だったかの?」


「今日は、四月一日です」


「そうか。今日は、新月じゃ。ゆっくりできるの」


「新月? シライシ村長。管理人の仕事って一体なんですか?」


「ほっ、ほっ。明日の夜になれば、わかることじゃ。今日は、ゆっくり休むと良い」


「は、はい」


「それと、わしの事は、シライシと呼んでくれたら、良い」


「わかりました」


 カエデは、心の中で疑問を持ちながらも、シライシ村長が家から出て行くのを見守った。








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