第一話「ようこそ、霧島へ」

『霧島到着まで、残り三十分です』


 カエデは、船内のアナウンスを聞いて、目が覚めた。


「うとうとしていた」


 カエデは、手探りで、キャリーバックが横にあるのを確認する。


 仕事を辞めた後も、引越しの準備と、住居変更の手続きなどに追われて、休めてなかった。


「だからといって、油断しすぎだろ俺」


 カエデは、周囲を見渡す。


 永遠と続くように見える青空。誰もいない船内。船の手すりに止まるカモメ。


 確か、船に乗る時、俺しかいなかったな。


「まぁ、こんなに警戒しないでもいいか。誰もいない空間だ」


 人で溢れかえっていた都会の満員電車と比べ、誰もいない船内は、自然音以外何も聞こえなかった。


 カエデは、立ち上がり、船が向かっている方向にある島を見る。


「まさか、管理人の仕事場所が、島だったとは思わなかった」


 管理人の仕事を受け継ぐと母に言った翌日、霧島の村長から連絡が来た。


『管理人の仕事を引き継いでくれて、本当に感謝するのじゃ。一ヶ月後、船に乗って来るのを楽しみにしているの』


 村長が言った、『船に乗って来るのを楽しみにしているの』という言葉を聞いて、「船?」って、思わず聞き返してしまった。


「誰もできない経験だと思おう」


 カエデは、近づいて行く島を見ても、不思議とマイナスな感情は芽生えなかった。





『霧島に到着しました。お荷物の忘れ物を確認してから、下船してください』


 カエデは、キャリーバックを持って下船する。


「田舎だ」


 高層ビルは無く、近代的な建物も見当たらなかった。あるのは、木造建ての建物と、漁船だと思われる船が、何隻かあるだけだ。


「そうだ。村長さんに連絡しないと」


 カエデは、携帯を取り出して、村長の携帯に電話をかける。


 霧島に着いたら、電話をかけるように頼まれたんだった。


『もしもし』


「村長さんですか? 本日から、霧島で管理人の仕事をすることになったカエデです」


『カエデ殿! 今、役場の仕事をしているとこなのじゃ。本当は、港まで迎えに行くべきなのだが……』


「大丈夫ですよ。役場まで足を運びます」


『助かるのじゃ。役場までの道はな———』


 カエデは、村長から役場までの道順を聞いた。


「わかりました。役場に向かいます」


 カエデが、返事を返すと、村長との通話が切れた。


「役場に向かおう」


 カエデは、キャリーケースを引きながら、役場へ向かった。





「確か、ここの村の名前は『霧隠れ村』って言うんだよな。変わった名前だ」


 忍びが、住んでいた村なのかと思ってしまう。落ち着いたら、村の歴史を調べるのも面白そうだな。


 木造建ての住居を通り過ぎていく。


「港町って感じだ」


 確か、携帯で調べた時、人口は二百人だった気がする。こんな田舎を歩いたのは、子供の時以来だ。


 ニャーン


「ん? 猫?」


 カエデは、猫の鳴き声が聞こえた方向を見る。


 海を背景に、二匹の猫がカエデを見ていた。


 黒猫と白猫だ。


 カエデは、立ち止まり二匹の猫を見る。


「青い首輪をしている黒猫。赤い首輪をしている白猫。二匹とも飼い猫か?」


 二匹の猫は、じっとカエデのことを見ていて、近づいてこようとしない。


「警戒しているな。俺は、役場に行かないといけない。またな」


 カエデは、二匹の猫に手を振って、その場を立ち去ろうと歩き始める。


「新しい人間」


 背後から女性の声で、話しかけられた。


「誰だ?」


 カエデは、振り向いてみるが、後ろには誰もいなかった。


「誰もいない」


 聞き間違いだろうか。いや、確かに女性の声で話しかけられた。


 カエデは、辺りを見渡す。


「あれ? 猫が二匹ともいない」


 さっきまで、俺のことをじっと見ていた二匹の猫がいなくなっていた。


「俺の振り向きに、驚いたのか?」


 猫に、悪いことしたな。


「きっと、さっきの声は空耳だ。早く役場に行こう」


 カエデは、急ぎ足で役場へ向かった。





「茶色い屋根に白い外壁で、大きな木造建ての建物」


 村長の指示通りの道を進んで行ったら、木造建ての大きな建物に辿り着いた。


「ここが、役場っぽいな」


 カエデは、目の前にある建物が、役場だと確信して、建物の扉を開いた。


「おじゃましまーす」


 建物の中は、役場の人だと思われる数人の人が、椅子に座りながら作業をしていた。


 忙しい時に来てしまったか? そういえば、村長が仕事していて来れないって言っていた。タイミングが悪い時に、来てしまったか。


「あ」


 カエデは、どうしようか悩んでいたら、役場の女性と目が合った。


「どうしましたか?」


 女性は、カエデのことに気づいて、話しかける。


 茶髪のボブ髪に、幼さが残っている顔立ちのした女性だ。


「えっと、村長さんに呼ばれて来ました」


「あ! 新しい管理人さん!?」


 役場の女性が、驚いた声を出す。


 役場の中にいた人が、一斉にカエデのことを見た。


「あの人が、新しい管理人?」


「てことは、ミサトさんの親戚?」


 役場の人が、ざわめき始める。


 なんだか、変な感じがする。管理人の仕事って、そんなに変な仕事なのか?


 カエデは、心の中で、管理人の仕事を引き受けたことに不安を覚え始めた。


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