第133話 区切りのため

エウベ大陸のほぼ中央に位置するファヌス大森林。

別名『迷いの森』とも呼ばれるその広大な森を避けるための迂回路。

宿場町グレースと霊峰『クルンシャン』を結ぶ街道で、予期せぬ戦闘が始まろうとしていた。


対決するのは、北側に陣取る『アウル』のメンバー、ウォルトとパメラ。

そして南側からは、イグナシア王国においてラゴス王の『黒い翼ブラック・ウイング』と謳われるレイヴンとその一行だ。


この一団の中にはメントフ王国の騎士団も混じっていたが、彼らはこの戦闘には参加しない。

というより、王太子ユリウスと王女ティレジアを四人の騎士で護衛するので手一杯で、参戦する余裕などないのだ。


当事者のレイヴンからも「手を出すな」と言われている。もっとも、イグナシア王国の『国王巡察使』の命令に従う必要は彼らにはなかった。

そもそも参加する理由すらなければ、当然の判断なのである。


相手の狙いが明らかにレイヴン一行であれば、わざわざ主筋を危険に晒す必要がないのだ。

騎士団をまとめるホリフィールドをはじめとした面々は、この一戦の傍観を決め込んだ。もちろん、主君の同意は取り付けてある。


ユリウスがそう決めたのは、加勢せずともレイヴンが勝つと信じ切っての判断だった。


ただ、万が一にもこの一団のリーダーを失うようなことがあれば、『エレドール』に赴きニコラ博士から国宝を取り戻すという目的が達成できなくなる。

それゆえ、黒髪緋眼くろかみひのめの青年に念押しだけは行った。


「レイヴン、君のことだから大丈夫だと思うが、油断だけはしないでほしい」

「油断させてくれるような相手じゃないから大丈夫だ。・・・それに、そんな余裕もない」


そこまで言うのだから、万全の態勢で挑むのだろうとユリウスは安心した。

いかに敵が手練れであろうと、レイヴンの仲間は六人もいる。多勢に無勢と言える状況なのだ。


ところが・・・


ユリウスは、戦場を凝視する自分の目を疑った。

一瞬、見間違いかと思ったが、いくら目を擦っても瞬きを繰り返しても、目前の事実は変わらない。


なんとレイヴンは、『アウル』の精鋭と思しき二人の前に、仲間を一人しか伴っていないのだ。

しかも、その一人というのがモアナやライといった武術の達人ではなく、小さな女の子なのである。

あの娘は、確か森の民・・・名前はアンナだとユリウスは記憶していた。


驚いているのは、相手も同じである。人によっては自分に有利な展開と喜ぶ手合いもいるが、ウォルトは違った。

「舐められている」と憤ったのである。


「おい、どういうつもりだ?」

「何がだ?」

「とぼけるんじゃねえよ」


ウォルトは、それ相応の覚悟を持ってレイヴンたちを待ち構えていた。

それを戦いの場にあって、非戦闘員としか思えない森の民の少女だけを連れてくる態度が気に入らない。

多人数との戦闘を想定し、『』まで用意していたため、尚更だった。


しかし、当のレイヴンには、ウォルトたちを軽く見るつもりは毛頭ない。相手の思惑より、自分たちの都合を優先しただけなのだ。


「アンナは森の民だ。逆に、お前たちと因縁があるのを忘れたとは言わせないぜ」

「・・・そこまで言うなら分かった。遠慮はしねぇぞ」

「もちろんだ」


そう言って、アンナの背中を軽く叩いた。渦中の女の子は、緊張していたのか、やや表情が硬かったが、レイヴンの一発で肩の力を抜くことができたようである。


「任せてください」


にこりと微笑んだ。と、同時に本気で黒髪緋眼くろかみひのめの青年に突き飛ばされる。


「え?」


だが、彼女はすぐに理解した。先ほどまで自分が立っていた場所に向かって、『狼男ウェアウルフ』と化したウォルトが剛腕を振るってきたのである。


あの鋭い爪の一撃を喰らっていれば、そこでジ・エンド。

アンナの出番は終わっていたことだろう。多少、乱暴だったが、レイヴンの機転で助かったのだ。


そして、受け身を上手くとった森の民の少女は、すかさず精霊具に昇格した『風の鉄笛ゼファー・フルート』に口をつける。


苦痛の音律アゴニー・リズム


風の精霊シルフの霊力も上乗せしたスキルをウォルトに向けた。以前、川港町間を結ぶ豪華客船の甲板の上で、散々この『狼男ウェアウルフ』を苦しめたアンナの笛の音である。


これで主導権争いに一歩リードと思われた瞬間、目にも止まらぬ動きでウォルトは、見えないはずの音波を躱した。


アンナのスキル『旋律メロディー』は、その威力と効果を上げるために指向性を加えるように改良されている。

広範囲攻撃から、音波を当てる相手を指定することで、与える影響を凝縮・強化したのだが、それが裏目に出たようだ。


通常、音波を視認することは不可能。そのため、『旋律メロディー』に乗せた攻撃を見切ることは、到底できることではない。

避けられるなんて、想定していないのだ。


ところが、五感を強化しているウォルトは、わずかな空気の振動を感じ取り、驚異的な反応速度で身を躱す。

音速の攻撃であることを加味すれば、驚嘆に値する。敵ながら天晴だった。


「ど、どうして?」

「落ち着け。避けたってことは、変わらず有効って意味だ」


レイヴンは戸惑う森の民の少女を激励する。

五感を強化している相手に対して、聴覚を攻めるのは確かに有効であり、ウォルトを倒すにはうってつけのスキルなのだ。

その点を再認識させ、迷いを断ち切るように促す。


「分かりました」


黒髪緋眼くろかみひのめの青年の意図をしっかりと把握したアンナは、仕切り直すように、もう一度、『風の鉄笛ゼファー・フルート』に口をつけた。


ウォルトが嫌がっているのが明らかであり、『苦痛の音律アゴニー・リズム』の有効性は変わらない。

しかも、音波の攻撃を反射神経だけで躱し続けるのは、彼にとっても至難の業のはずだ。


攻撃の手を緩めなければ、アンナに近づくことさえもできない。落ち着いた森の民の少女は、『苦痛の音律アゴニー・リズム』による攻撃を繰り返した。


「それでいい!」


レイヴンは、理解の早いパートナーに安心する。ただし、油断はできない。敵はもう一人いるのだ。


「私を無視しないで。ウォルトをやらせないのが、私の仕事よ」


突風サドンガスト


ウォルトの相棒であるパメラは指先から竜巻のような暴風を創り出すと、アンナめがけて解き放つ。

直撃と思われた瞬間、森の民の少女の前、先ほどまで何もなかった空間に壁ができ上がった。その防壁は、いとも簡単に暴風を跳ね返す。


「偶然だな。俺も同じ仕事だよ」


黒髪緋眼くろかみひのめの青年がニヤリと笑った。当然、その攻撃をレイヴンが許すわけがない。

二対二の構図を、はっきりとさせたのだ。

四つの視線がお互いの中間地点でぶつかり、激しい火花を上げる。


「お前たちの狙いは、『水の宝石アクアサファイア』だよな? じゃあ、俺たちが勝ったら、『アウル』の本拠地を教えてもらうぜ」

「ああ、もし勝てたらな!」


戦いは、これから、どんどん激しさを増していく。

間近で傍観していたカーリィが、自分の手をぎゅっと握りしめた。手助けしたいのを、ぐっと我慢していたのだ。


「今からの加勢はできないよ」

「分かっているわ」


モアナの指摘に頷きながら、この戦いが始まる前のレイヴンの言葉を思い出す。

それは、話し合いというより、一方的な宣言に近かったが、結局、カーリィも同意したことだ。


「ここで森の民と『アウル』の因縁に区切りをつけたい。『風の宝石ブリーズエメラルド』が帰ってくるわけじゃないが、当事者とは決着をつけることができる」

「それは、アンナが出るってこと?」

「そうだ」


レイヴンの言葉には強さがあり、譲らないことが感じられた。アンナにとっても、前に進むためには大切な分岐点だとカーリィは理解している。


「分かったわ。・・・アンナ、気をつけてね」

「はい。精一杯、頑張ります」


その時、砂漠の民の族長の娘は、妹分と認識する森の民の少女を抱きしめた。それは自分もレイヴンの手助けをしたいのを堪え、アンナに託した瞬間でもあった。


今、彼女のセルリアンブルーの相貌は、レイヴンたちの戦闘シーンを捕らえている。彼の勝利を信じ、無事に戻って来るのを願うのだった。

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