第132話 長い因縁
西の大国イグナシア王国、そして南の大国メントフ王国。
それぞれの紋章を掲げた馬車が、ファヌス大森林の脇を静かに通り過ぎていく。
ほんの数か月前、この地にアンデッド系モンスターが
本来の力を取り戻した『世界樹』の再生能力は、やはり並大抵のものではない。
緑豊かな風景を楽しみながら、御者として馬を操っていたレイヴンの耳に、心地よいメロディーが届いた。
振り返るまでもなく、キャビンの中でアンナが『
彼女の生まれ故郷であるファヌス大森林に平穏が取り戻されたことに対する歓喜が、音律に乗って聞く者の心を温かく包み込んだ。
アンナが手にしている鉄笛は、風の大精霊シルフから授かった精霊具である。
受け取った後、新たに刻印が打たれていることに気づき、そこから『
きっと、アンナの心のこもった演奏は、シルフが運ぶ風に乗って、大森林の奥深くにある森の民の集落にまで届いていることだろう。
レイヴンは、『森の神殿』で出会った森の民たちのことを思い出し、懐かしい気持ちになるのだった。
アンナからの音の調べに応えるかのように、ファヌス大森林から大精霊からの贈り物が届く。
穏やかで暖かい風がレイヴンを包み込むと、不思議と旅の疲れが取れたような気持ちになった。キャビンの窓を開け、中のメンバーもシルフの恩恵を享受する。
「いい風だ・・・できれば、今の気分を邪魔してほしくないんだがなぁ」
夢見心地のような表情を浮かべていたレイヴンの眉間に、ふいに皺が寄った。天恵の中に、明らかに邪な風が混じったのを感じ取ったのである。
それは、招かれざる客の来訪を意味していた。
レイヴンの視線の先には、つむじ風が舞い上がっており、砂埃を巻き上げながら急速に近づいてくる。
この不自然な自然現象は、明らかに人為的なものだ。誰の仕業かは、すぐに察しがついた。
『
彼女が来るということは、その相棒である『
『
まさかこんな開けた街道で、白昼堂々と襲われるとは騎士団も予想していない。
敵影も近くに見えないことから、通常であれば「何を寝ぼけている」と鼻で笑うところだろう。
しかし、発信したのはあのレイヴンだ。皆、すぐに彼を信用し、戦闘の準備を急いだ。
ファヌス大森林でともに旅をした絆が、この時、確かに発揮されたのである。
早速、モアナはキャビンから飛び出し腰に佩いた『千鳥』に手をかけた。
「あの風がそうなのかい?」
「ああ、間違いない。身体能力が異常に高い奴もいるから、注意してくれ」
今から現れるであろうパメラとウォルトには、実はファヌス大森林でモアナもメントフ王国の騎士団も会っている。
だが、あの時はソフィアの『
意に反して長い付き合いになってしまったレイヴンは、このまま終わるような連中ではないことをよく知っている。
あの時の記憶は、一旦リセットする必要があると感じ、注意を促したのだ。
つむじ風の中の姿が目前で視認できるほどに近づくと、予想通りの顔ぶれにレイヴンの方から声をかける。
「今頃、何の用だ?俺たちはこれから『エレドール』に行く。相手をしている暇はないんだがな・・・」
「あなたたちが、精霊の秘宝を所持している限り、無関係になることはないわ。・・・分かっているでしょ?」
やや思いつめた感じでパメラが答える。以前とは、微妙に態度が違うことにレイヴンは違和感を覚えた。
もしかしたら、先のファヌス大森林での失態を彼女なりに気にしているのかもしれない。
そんな中、いつも通り飄々としているのはウォルトだ。
「まぁ、そんなこと言わずに、俺たちに付き合えよ」
「これまで、何度か相手して、やったろ」
レイヴンが軽く言い返すと、野性味あふれる茶髪の男の顔が真剣になる。
殺気に近い覇気が、彼の体から発せられた。
「これが、最後だ。必ず『
やはり、ウォルトにも期するものがあるのだろう。相当な覚悟が感じられる。
だからと言って、『
「ただ者には見えないが、大丈夫か?あの時の女性はいないのだろう?」
避けられそうもない戦闘に、メントフ王国の王太子ユリウスが心配になったようで、レイヴンに尋ねてきた。
たった二人とはいえ、ウォルトとパメラの気迫にただならぬ雰囲気を感じたのだろう。
彼らを撃退したソフィアがいないことも懸念点の一つのようだ。
だが、
「今のお前たちが俺たちから『
「いい気になるなよ」
レイヴンのもの言いを、ファヌス大森林での一件で、まるで番付が決まったかのように受け取った茶髪の野生児が反応した。
呼応するようにパメラも戦闘態勢を取る。
一触即発。
いつ戦闘が始まってもおかしくない状態だったが、レイヴンには奇妙な違和感が続いていた。
ウォルトやパメラから、焦りのようなものを感じてしまうのだ。
しかし、何が彼らをここまで追い込んでいるのかは分からない。
あのコンビは、『
『
とすれば、功績としては飛び抜けているように思えるのだが・・・。
「ファヌス大森林の失敗が、そんなに響いているのか?」
「うるせぇ。黙れ!」
『
ウォルトが早くも『
レイヴンの質問を拒絶した後だけに、図星だと自ら言っているようなものだった。
よく思い起こせば、この二人は『砂漠の神殿』でも、劣勢だったところをミューズに助けられている。
そう考えると、立て続けで任務を失敗していると見ることもできた。
『それが、この二人の態度に現れているのか?』
レイヴンは『
これまで、
『
もう一人、『
『いや』と、レイヴンは頭を振った。
『
たまたま、レイヴンの前に登場しないだけで、何かを決めつけることはできない。
しかし、ウォルトやパメラのこの態度は・・・。
「必死なのは分かったが、熱くなりすぎると墓穴を掘るぜ」
「熱いのが俺の売りなんだよ」
それはその通りだとレイヴンは頷く。だが、以前のウォルトの熱さは、今のような焦りとともに発せられるものではなかった。
もっと漢としての魅力から込み上げてくるものだったのである。
思えば、彼とは腐れ縁とでも言うべき長い付き合いになった。
レイヴンの中で、もう決着をつけるべきだという感情が急速に湧き上がってくる。
こんな姿のウォルトは見るに堪えないのだ。
出会った頃は、本気で友誼を結べる相手だと思ったこともあった。それが・・・。
「分かった。それじゃあ、けりをつけようか」
「ウォォォォッ」
レイヴンの宣言に応じるように、ウォルトは雄叫びを上げた。
彼らは、レイヴンが最初に出会った『
いよいよ、雌雄を決する時がやって来たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます