第90話 大精霊の顕現

宿場町グレースの広場に集まった群衆を背に、砂漠の民と海の民の女性が南の大国メントフ王国の王太子の前に立った。


カーリィとモアナは横に並び、目を閉じて念を送る。すると、それぞれ大精霊からいただいたヘッドティカと籠手に装飾されている宝石に光が集まりだした。


その赤と青の光りは、まばゆい閃光となって、天高く伸びると、やがてグレースの街の上空には神秘的な光景が生まれる。


大精霊であるサラマンドラとウンディーネの姿が顕現けんげんしたのだ。

大きなどよめきが起こり、ユリウスの側近などは腰を抜かして、その場に崩れ落ちる。


「こ、これは、まやかしではないのか?」

「そんな訳ねぇだろ」


ユリウスの疑問を一蹴すると、レイヴンは宙に向かって呼びかけた。

その相手は、大精霊の二体である。


「大精霊のサラマンドラとウンディーネ。こちらの都合で、呼び出してしまって申し訳ない」


黒髪緋眼くろかみひのめの青年の謝罪に炎の精霊は、「うむ」と応え、水の精霊はにっこりと微笑んで返してきた。


「ファヌス大森林に危害を加えさせないためでしょう。風の精霊シルフのためでもあります。問題はありませんよ」

「小僧には貸しがある。我も構わん」


二体の精霊の返答に感謝する。サラマンドラは貸しがあると言ってくれているが、レイヴンとしては、もう十分返してもらっている勘定なのだ。

何とも優しくありがたい精霊たちである。


「なぁ、その『森の神殿』のシルフは、今、どうなっている?あんたたちなら、何か分かるんじゃないか?」


偉大なる大精霊と普通に会話するレイヴンをグレースの住人たちは、不思議そうに見つめた。

ユリウスが話したように、まやかしではないかと半信半疑だったところ、姿だけではなく、はっきりと精霊の声まで聞こえる。


もはや信じるしかないのだが、それでは、その精霊とまるで対等の立場のように接する『この男は何者だ?』という感じなのだ。

当初は、メントフの王太子より数段、見劣りすると思われていたが、逆転でその印象を完全に覆している。


大精霊の姿を拝見する機会など、今後、望める訳もなくグレースの住人たちの中には、この貴重な体験をさせてくれたレイヴンに肩入れする空気まで流れた。


ただ、余計な言葉を発して、サラマンドラやウンディーネの不興を買うのも怖い。

黙って、事の成り行きを見守っていた。


そんな中、レイヴンの言葉に反応したのは、炎の精霊である。

彼の脇には、愛妻ともいうべきベルが立ち、レイヴンたちを微笑みながら見つめていた。

カーリィは、部族の先祖に当たる精霊に対してお辞儀をする。


「うむ。シルフの存在は、間違いなくファヌス大森林の中にあるのだが、その霊力は微弱になっている。あやつの身に何か起きているな」

「これは彼女自身、結界を張って『森の神殿』を守っているようですよ。ですので、シルフの霊力が僅かしか感じないのです」


ウンディーネがサラマンドラの見解を捕捉した。

二体の精霊の言葉で、風の精霊シルフはファヌス大森林の中にいる事を知る。そして、何かの力に対して抵抗している事も分かった。


おそらく、その力が今回の瘴気の原因に繋がっていると思われる。


「なるほど、結界を張っているのか。よく分かったな」

「ええ。その結界の中に『水の宝石アクアサファイア』があるおかげで、私は感じ取ることができました」


たった今、重要な事柄が水の精霊の口から飛び出した。レイヴンは、それを聞き逃さない。


「ウンディーネ、『水の宝石アクアサファイア』が『森の神殿』の中にあるで、間違いないか?」

「ええ。私が丹精込めて創り上げた秘宝。間違いようがありません」


という事は、やはりアンナも今、『森の神殿』の中にいるとみて間違いなかった。

きっと、彼女なりにこのファヌス大森林の危機に対処をしているのだろう。


とにかく彼女の所在に目星がついたのならば、すぐにでも助けに行かなければ・・・

だが、その前に結界を張っているという『森の神殿』の窮状を、この地からでも手助けできないか確認をとる。


「なぁ、ウンディーネ。『水の宝石アクアサファイア』を介して、シルフの助力はできないか?」

「もう少し、瘴気が薄くなれば可能かもしれません。残念ながら、今のままでは無理です」

「分かった。瘴気は俺の方で何とかする。その時が来たら、手伝ってやってくれ」


水の精霊は笑顔で承知した。レイヴンたちから受けた恩を考えれば、それくらいの事は厭わない。

その後、話題をウンディーネに持っていかれた感があるサラマンドラが、わざと大きな声で大森林侵入の困難を説いて来た。


「レイヴンよ。お主、この瘴気に満ちた大森林に、どのようにして入ろうと言うのだ?」

「普通に入ることはできないのか?」


レイヴンの質問は愚門のようである。サラマンドラと同じくウンディーネも首を振った。

大精霊たちの話では、大森林の中の瘴気は、この地の数千倍だという。


そんな瘴気に生身を晒すと、精神が侵されて正気を保つことができないそうだ。

だからこそ、風の精霊シルフは『森の神殿』に結界を張っているのである。


「何か方法はないのか?」


その言葉を待っていたかのようにサラマンドラは胸を反らした。

何か瘴気の問題を解決する方法を知っているらしい。

もったいぶるような素振りを見せるため、レイヴンは不遜にも大精霊を催促した。


「分かった。但し、我の力だけでは足りん」


その言葉にウンディーネが反応して、思案する様子を見せる。

そして、何かを思いついたのか、明るい表情に変わった。


「もしかして『ガンダーンタ』ですね」

「そうだ。炎の精霊の我と水の精霊ウンディーネの力を混ぜて出来上がった境界を『ガンダーンタ』と呼ぶ。その境界に触れるものは、その力を失うのだ」


「つまり、『ガンダーンタ』の境界で、瘴気をガードするのです」


原理原則は、よくわからなかったが、大精霊の二体が言うのであれば、正しいのだろう。

早速、その『ガンダーンタ』とやらを創ってもらうように依頼する。


すると、サラマンドラとウンディーネが輝き、体全体から伸びる霊力が宙で交差した。

赤と青の光りが、激しく混じり合うと、強い光が一面を包む。


その後、いつの間にかレイヴンの手の上には、球体をかたどったペンダントが持たされているのだった。


「これは?」

「『ガンダーンタ』の力を封じたペンダントよ。そいつが、ファヌス大森林の瘴気から、小僧を守ってくれるであろう」


熱いのか冷たいのか分からない。何とも不思議な感覚にさせられるペンダントで、確かに特別な能力がある事だけは理解することができた。


「そのペンダントを人数分、用意するぞ」


自分だけの力ではないというのに、調子に乗ったサラマンドラの言い方にレイヴンが苦笑いをする。

しかし、二体の大精霊が太鼓判を押すペンダントであれば、効力には疑いようがなかった。


「それじゃあ、頼むよ。大精霊さま」


サラマンドラに気分よく仕事をしてもらうため、黒髪緋眼くろかみひのめの青年は、あえて持ち上げてみせる。

炎の精霊は機嫌がよくなり、ご満悦。

レイヴンはウンディーネと目が合うと、笑みを交わすのだった。

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