第91話 ユリウスの要求
炎の精霊サラマンドラと水の精霊ウンディーネ。
二体の大精霊の力が凝縮されたペンダント『ガンダーンタ』をレイヴンは、仲間の人数分受け取って、早速、配った。
カーリィ、メラ、モアナ。そして、最後にソフィアに渡すと、いよいよファヌス大森林に向けて出発となる。
その前にレイヴンは、南の大国メントフ王国の王太子に念を押す事を忘れなかった。
「これで分かっただろ。精霊たちは、この世に存在する。しかもファヌス大森林には、今も風の精霊シルフが頑張っているんだ。」
焼き払うなんて論外だと、レイヴンは続ける。
たった今、見せられた人知を超えた光景には、ユリウスも反論することができなかった。
返事を返すこともできず、口を結んで、ただ、黙り込む。
もし、強引に事を進めた時の影響を頭の中で計算しているのか、精悍な顔つきの眉間には、しわが寄っていた。
風の精霊シルフだけではなく、炎の精霊、水の精霊までも敵に回しては、もしかしたらメントフ王国は自然の恵みを甘受できなくなるかもしれない。
本国の指示を貫き通すだけの理はないはずなのだ。
レイヴンは、そんな王太子の苦悩は、放っておいて、自分たちの準備を進める。
瘴気問題は解決したが、ファヌス大森林の中に入るとなれば、それなりに必要な物が出てくるのだ。
おそらく、いつも使用するコテージが設置できる場所などあろうはずがなく、大森林の中では、野外キャンプを行う事になるだろう。
テントの類や水、食料を用意していなければならなかった。
レイヴンが、『
見てみると、それは、先ほど注意を促した王太子ユリウスだった。
何か言いたげな様子だが、こちらから話しかけてあげる義理はない。
そんな態度に、側近たちが業を煮やして怒声を上げる。
「王太子殿下の御前で、無礼ではないか!」
大きな声にも、どこ吹く風。レイヴンは、ため息交じりに口を開いた。
「あのなぁ、俺は臣下じゃないぜ。ここがメントフ王国の国内ってんなら、少しは気を使ってやるが、こちらから、かまってやる気はさらさらない」
「貴様!」
この無礼極まりない発言に、ユリウスの周りの部下たちは、一斉に色めき立つ。
剣の柄に手をかけるのだが、それと同時に王太子から、御する言葉が出た。
「ホリフィールド、控えろ」
主君の咎めがあっては、動くことはできない。
ホリフィールドと呼ばれた男は、歯噛みをしながらも、ぐっと堪えた。
「部下の粗相、申し訳ない。・・・実は君たちに聞いてもらいたい話があるんだ」
随分ともったいぶった言い回しである。これが考え抜いた話の切り口にしては、あまりそそられる感じはしなかった。
さすがに正直にそこまで言ってしまうと、ホリフィールドの我慢が限界に達しそうなので、レイヴンは黙っている。
大人の対応をするのだが、元々、知り合いだったヘダン族の族長の娘は、そうはいかなかった。
「私たちは、これから急いで仲間を助けに行かなければならないの。あなたの話を聞いている暇なんてないわ」
旧知の仲という事もあり、遠慮がない。まったく、その通りでレイヴンは、心の中で拍手を送った。
「本当に君は、短慮だなぁ」
ところが、ユリウスの方には悪びれる様子はない。逆にカーリィの方が悪いような言い方をするため、彼女の苛立ちは最高潮となった。
このままでは、話しが拗れるとみて、レイヴンが続きを促す。
「とりあえず、聞くだけ聞いてやるから、話してみな」
「君たちにとっても、悪い話じゃない。今、私の話を聞いておいて、後でよかったと必ず思うさ」
「あんたがたが、ファヌス大森林に手を出さないと誓ってくれるのが、俺たちにとって、一番いい話なんだけどな」
もうこの件は、諦めただろうと思うのだが、はっきりとは聞いていなかった。
この場で、明言してくれるというのならば、いくらでも聞く耳を持つ。
「ファヌス大森林に火をつけるという事は、もうしないよ」
その言葉が聞きたかった。レイヴンが、ホッとするのも束の間、ユリウスの話は続く。
「・・・ただ、森の民の処遇は別だ」
「!・・・それは、どういう意味だ?」
一瞬、油断していたのだが、予想外に不穏な言葉が飛び出し、反射的に聞き返していた。
森の民に何をしようというのか?
「そのまま、受け取ってもらって構わない。・・・瘴気は、原因を排除することで何とかなるかもしれないが、すでに生じている被害については、誰かが責任を取らなければならない」
「瘴気を発生させたのは、森の民じゃないかもしれないぜ」
「それが分からない以上、ファヌス大森林を管理する森の民が責任を負うべきなのさ」
ユリウスの言い分は、十分に分かった。一方的だが、被害を受けた側の言い分としては、筋が通っている。
こんなしっぺ返しを用意するとは、メントフ王国の王太子を甘く見ていた。
「メントフ王国が森の民を裁くというの?それは傲慢だわ」
「被害を受けているのは我が国だけじゃない。この街グレースもしかりだ。私は周辺諸国に呼びかけるだけさ」
この件に関しては、イグナシア王国は関与できない。瘴気に関する被害を受けていないからだ。
ファヌス大森林周辺で、大きな国はメントフ王国だけであり、諸国は顔色を伺って言いなりになる事は、容易に想像ができる。
王太子のユリウスが呼びかけるとなれば、事実上、森の民は国際社会から糾弾を受けることになるのだ。
「なるほどねぇ。それで、要求は何だい?」
「話が早くて、助かるよ」
レイヴンの言葉を待ってましたとばかりに、南国の王族が飛びつく。
交渉の主導権は、今、ユリウスが握っていた。
「私たちも、一緒にファヌス大森林に連れて行ってほしい」
つまり、瘴気からガードするための『ガンダーンタ』を自分たちの分も用意しろというのである。
「どうして、あなたたちを連れて行かなければならないのよ」
「それがお互いのためだからさ」
激高するカーリィをさらりと躱した。余裕の表情を見せるあたり、小憎たらしいが受け入れるしかないとレイヴンは考える。
その理由をカーリィに伝えて、諭した。
「メントフ王国がファヌス大森林を燃やすと決定したのは、原因の排除ともう一つ、森の民に責任を取らせる必要があると判断したからだ」
「本当に勝手な判断よね」
「そう、確かに勝手なんだが、・・・その判断を覆さないと、森の民の立場は非常にまずくなる」
では、覆すためには、どうすべきか?
誰かが、森の民に責任がないと確認しなければない。
そう考えた時、メントフ王国の上層部を納得させられる者は・・・
そこまで話すと、カーリィは黙り込んだ。その適任者がユリウスであると認めたからである。
結論を言うと、この王太子の目で、森の民に責はないと実際に見てもらう必要があるのだった。
「でも、ユリウスが本当の報告をするとは限らないわ」
「だがら、俺たちは俺たちで、動かぬ証拠を掴むという大事な仕事を達成しなければならない」
それでも、ユリウスが偽証しないという確証はないが、幸い、ここにはイグナシア王国、砂漠の民、海の民を動かせる人間が揃っている。
その証拠と三国の圧力があれば、メントフ王国を黙らせることができるはずだ。
レイヴンのご高説を黙って聞いていたユリウスだが、概ね筋としては認める。
だから、同行を認めてほしいのだ。
「それで、私の要求に対する回答はどうなのかな?」
「連れて行くのは構わない。・・・ただ、その人数をぞろぞろって訳にはいかないぜ」
ユリウスが率いている先兵隊の総勢は二十名。そんな大勢の面倒は見切れないとレイヴンは言うのだ。
「だったら、何名ならいいのかな?」
「まぁ、あんたを入れて、五人ってところかな」
その人数を聞いた時、側近の間では紛糾が起こる。誰が王太子を守るためについて行くかで揉めるのである。
そもそも何が起こるか分からない未知の大森林に足を踏み入れるのだ。
王太子を守るための警備の人数は多いことに越したことはない。
いいところを見せて出世したいという、顕示欲も相まって、人選はなかなか決まらなかった。
そんな様子に溜息を漏らすとユリウスは、一番の側近にメンバーを決定するよう一任する。
「ホリフィールド、人選を頼む」
「はっ」
名を呼ばれたのは、ユリウスより若干、若い青年将校だが、レイヴンの無礼な振る舞いに先ほどから憤りを一番感じていた男である。
彼が人選した精鋭をユリウスの前に並べると、膝を折って控えた。
「これでいいかな?」
「了解だ。サラマンドラとウンディーネ、申し訳ないが五人分の追加を頼む」
食堂での一品追加とは、まるで違う。簡単に言ってくれるなという思いをサラマンドラが飲み込んで、用意してくれた。
話しの流れは聞いており、事情を察しているからである。
これで。レイヴン一行が五名、メントフ王国側が五名と総勢十名で、別名『迷いの森』と呼ばれるファヌス大森林に向かう事になった。
どう考えても、友好的にコミュニケーションが図れる団体とは思えないが、この一団で挑むしかない。
大精霊のサラマンドラとウンディーネに、改めて感謝の意を示した後、レイヴンたちはグレースの街の出口へと歩き出すのだった。
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