第85話 案内人

イグナシア王国にあるひと際大きな建物は、大陸中から人や情報が集まる冒険者ギルド。


その特徴に期待して訪れた来客がいたのだが、相対するギルドマスターの表情から、どうやら当てが外れたと察した。

やはり難しい問題だったかと、相談相手は諦める。


ギルドマスターの前にいるのはレイヴンなのだが、彼も当初から、可能性は低いと見積もっており、それほど落胆はなかった。

ファヌス大森林の地理に詳しい人間など、そうそういる訳がないのである。


「エウベ大陸中央で活動したことがある冒険者、何人かに聞いてみたが、あの森林に関しては、誰も情報を持っていない」

「いや、こちらもダメ元で聞いてみただけだ。まぁ、仕方ないよな」


グリュムが申し訳なさそうな顔をするので、逆にレイヴンの方が申し訳なくなった。

本人が話すように無理を承知で、尋ねてみただけなのである。


さて、こうなると、いよいよ最後の砦はスカイ商会となるが、こちらも望みは薄いだろう。

ファヌス大森林の中の様子について、まったく情報を得られない場合の対策を考えなければならなくなった。


幸い、レイヴンのスキルで食料や水の備蓄は、いくらでもできる。迷ったところで、生命の危機に陥るという事は、あまり考えられなかった。


また、時間をかけさせすれば、森の民の集落や『森の神殿』を見つけることだって、可能かもしれない。

但し、それだと完全に乗り遅れることは間違いなかった。


アンナの悩みも解決できず、もしかしたら、その間に『アウル』に出し抜かれてしまうかもしれない。

それでは、ファヌス大森林に行く意味がないのだ。


考え事をしながら部屋を出ると、そこにはギルドの美人受付エイミが立っている。


「どうだったの?」

「無理だったよ。『迷いの森』は、やっぱり、別格らしい」

「・・・そうなの」


レイヴンより、沈んだ表情のエイミは、考え込んだ後、絞り出すように質問を投げかけた。


「それでも、行くんでしょう?」

「・・・まぁ、そうなるかな」


その回答にがっかりはしない。分かり切っていたことを、あくまでも確認しただけなのだ。

エイミは、何かを噛みしめるように、二、三度頷くと、レイヴンについて来るように指示する。


理由は分からなかったが、黒髪緋眼くろかみひのめの青年はブロンドの美人受付嬢の背中を追った。

そして、行きついたのは一階の冒険者ギルド受付窓口。


そこには、レイヴンの代わりに低利貸屋を担当するソフィアが仕事をしていた。

エイミと顔が合うと、彼女は仕事の手を止める。カウンターから、外に出てきた。


「ごめんなさいね」

「いいわ。あなたにも・・・レイヴンさんにも恩があるから」


エイミの謝罪は、仕事の邪魔をしてという意味かと思ったが、どうやら違うらしい。

何が始まるのか分からないが、レイヴンは知的美人、二人に成り行きを任せた。

すると、ソフィアが自分の目の前に立つ。


「ファヌス大森林には、『水の宝石アクアサファイア』を取り返しに行くのですか?」


レイヴンの行動は、別に秘匿事項という訳ではないが、誰でも知っている話でもなかった。

冒険者ギルドでは、マスターのグリュムとエイミくらいか。


その点、ソフィアまで知っていうという事は、二人の内、どちらかが共有しても問題ないと認めた事になる。

この短い間に、よくそこまで信頼を得たものだと、レイヴンは驚いた表情を彼女に向けた。

その横に立つエイミから、「答えてあげて」と、催促を受けると、真剣な回答を返す。


「・・・いや、困っている仲間・・・アンナを助けるために俺は、あの大森林に行かなければならない」


その答えに目を丸くしたソフィアは、エイミの方に意味ありげな視線を送った。

小さな声で、『あなたも大変ね』と呟いたような気がする。

その後、ソフィアはレイヴンに向かって、一歩近づいて来た。


「アンナのためだというなら、私は協力を惜しまないわ」

「えっ・・・それはどういう意味だ?」


ソフィアは、アンナの事を知っているのか?それ以前に、協力とは何を手伝ってくれるというのか?

自分が察しの悪い方だと思ったことはないが、理解が追い付かず、レイヴンの頭の上には『?』が浮かぶ。


そんな黒髪緋眼くろかみひのめの青年に対して、ソフィアがちょっと悪戯っぽく笑うと、驚くべき事実を告白した。


「実は、私は森の民なの」

「!・・・まじか?」


その話が本当だとすれば、アンナの事を知っていてもおかしくない。・・・ただ、森の民の彼女が、どうして、ここに?という疑問は強く残った。


「アンナから、『風の宝石ブリーズエメラルド』を奪われた時の状況を聞いていますか?」


それは勿論聞いている。何でも人質を取られて、長が『森の神殿』まで案内されたという話だった。

・・・まさか?


「その人質になったのが、実は私なんです」


それはとんでもない不幸が彼女を襲ったものだと同情したのだが、話はそれだけで終わらない。


「私は森の民として、一生、ファヌス大森林で暮らすことに疑問を持っていました」

「そりゃ、生きてれば色んな考えを持つ人がいるのは、自然の事だと思うよ」

「私もそう考え、長の命に背き、一人で大森林を出たのです」


森の民の考えからすれば、ソフィアは随分と革新的な思考を持って生まれたようだ。

その勇気は認めつつ、人質となった点を合わせて考えると、レイヴンの疑問を解消する行動をとったことになる。


その疑問とは、以前『風の宝石ブリーズエメラルド』を強奪した時、『アウル』の連中が、どうやって『迷いの森』の中を進み、森の民の集落まで辿り着いたのかという事だ。


「森の外は、私にとって新鮮な世界でしたが・・・同時に世間知らずにとっては厳しい世界でした。私は、利用されていると気付かずに・・・」

「『アウル』を大森林に入れたのかい?」


ソフィアは、伏し目がちながら肯定した。総論としては、騙した方が悪いのだが、大きな損害を与えてしまった以上、ソフィアにも責任がある。

それで集落にいることもつらくなり、再び、ファヌス大森林を飛び出したそうだ。


一時は、自暴自棄になり無茶な行動をとったこともあったそうだが、正直、その時の記憶は、今となっては曖昧らしい。

記憶にあるのは、当てもない旅で、失望とともにイグナシア王国に辿り着き、しばらく王都ロドスの中を徘徊していた事だ。


そこで、彼女の運命が変わる。路銀も尽き困り果て、道端に座り込んでいたところ、通りかかったエイミに声をかけられた。


髪の毛の特徴から森の民ではないかと推測したギルドの美人受付嬢が、ソフィアの虚ろな表情を見て、ただ事ではないと感じる。その場に座る彼女を放っておけなかったそうだ。


そこで話し合ってみると、二人は意外と意気投合することになる。

そして、ソフィアはエイミを信用し、自分の身に降りかかった事実を伝えたのだ。


彼女の境遇や身に起きた事に同情したエイミは、同時に彼女の話し方が理路整然としていて分かりやすかった点から、頭の良い人物だと認める。

ギルドマスターに紹介した後、低利貸屋の代役を頼むことにしたのだ。


それはアンナという森の民が仲間に加わっていると知る前だったこともあり、無用の厄介ごとが起きないように緑の髪の毛を金色に染めるようにしたのである。

それが、ソフィアの今に至る出来事だそうだ。


「もしかしたら、ファヌス大森林に戻るのは、辛いことになるかもしれないけど、道案内を頼めるかい?」

「・・・ええ。それがきっと私のみそぎになると思います。ぜひ、案内させてください」


『水の神殿』がある島で、クロウが断片的に聞いた話では、森の民の集落に危機が訪れている可能性がある。

その件も伝えると、ソフィアは出発を急ぐよう、準備のために彼女が借りている部屋へと戻って行った。


これで、案内人の見通しが何とか立つ。

レイヴンも準備を急いで、ファヌス大森林には、明日、向かう事にした。


「エイミさん、ソフィアを紹介してくれて、ありがとう」

「人生をやり直そうとしている彼女を巻き込むことに葛藤はあったわ。・・・でも、こうしないと、あなたが無茶をするのが分かっていたから」


いつものように抱きしめられると、レイヴンが照れながら断言する。


「このおまじないは効くんで助かるよ。仲間を助けて、必ず帰って来るよ」

「分かったわ。・・・でも、本当に無茶だけはしないで」

「ああ、分かっている」


エイミと約束を取り交わすと、レイヴンは冒険者ギルドを後にして、自宅へと向かった。

待機中のカーリィ、メラ、モアナにソフィアの事を説明しなければならない。


アンナを心配しているのは、レイヴンだけでなく彼女らも同様に気を揉んでいた。

出発が早くなることに、大いに喜ぶはずである。


これから、食糧の買い込みもしなければならず、かなり慌ただしくなるのだが、それは望むところだ。

立ち止まり、王都で無駄に時間を浪費するよりは、何十倍もましなのである。

レイヴンは、ファヌス大森林に向けて走り出す事だけを考える事にした。

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