第84話 ラゴス王への報告
海の民の国マルシャルを発って、一カ月。
レイヴン一行は、ようやく、イグナシア王国に戻ってくることができた。
王都ロドスを出発した時と同じく、紋章入りの馬車が一台、城門を通過する。
乗車している人数が変わっていないため、新たな乗り物が不要だったのだが、その内訳は変わっていた。
一人、森の民のアンナと海の民のモアナが、入れ替わっている。
その他、カーリィとメラを含め、四人と一羽を乗せた馬車は、『低利貸屋レイヴン』と書かれた看板の下で止まった。
言わずと知れたレイヴンの店舗兼住宅である。
カーリィ、メラ、アンナを住居人として加えた時、スキル『
居住スペースには、まだまだ余裕があり、その必要がなかったのである。
森の民の少女の部屋は、当然、そのまま残して、その隣の空き室に新しい仲間を迎え入れると、旅の荷を解く間もなくレイヴンは王城へと向かった。
次の旅の予定が入ってしまったため、借りている馬車の延長を求めたかったのである。
その他にラゴス王には、伝えなければならない文句が、たっぷりとあったのだ。
『国王巡察使』への無茶な任官と『
その事を事前に察していたのかラゴス王は、
一介の金貸しに怒鳴られる姿を、他の臣下に見せたくないのだと想像できた。
そこまでの覚悟を見せられると、レイヴンとしては、あまりクドクドと説教するのも悪い気がしてくる。
何と言っても『国王巡察使』の肩書が役に立った場面もあったのだ。
結局、レイヴンがラゴス王に話したのは、一言だけ。
「今度から、ちゃんと俺に話せ」である。
イグナシア王国の国王は、「すまん」と謝罪した後、レイヴンの言葉を了承した。
後から振り返ると、これは完全にラゴス王の作戦勝ち。長い付き合いで、彼の性格をよく熟知しており、上手く逆手にとって嫌味を躱したのだ。
その後、きちんとお役目を果たすべく、レイヴンからダールドの状況が説明される。代わりに見てくると約束した手前、筋だけは通しておかなければならないのだった。
報告のメインは、マークス・ポートマス伯爵について。
従前の情報では、あまり評判がよくない新領主だったが、実際は、そんな事なく、しっかりとした人物だと、レイヴンは伝えた。
悪評は兄のデュークを救えなかったことが要因であるが、誰が当たろうとも、バルジャック兄弟のアジトから救い出すのは不可能に近い。
マークスが悪いわけではなく、致し方のない結果だったのだ。
父親が亡くなったのは、タイミング悪く病気を患ったせいで、デュークは海賊の凶刃に
立て続けにポートマス家の主要人物が亡くなった事が、家督を継ぐため暗躍したというような印象を世間に与えたが、実際はまったくそんな事はなかった。
レイヴンの目から見ても、マークスは誠実な男に映る。
ダールドとその地方を治めるのに、彼以上の適任者はいないと報告をまとめた。
それを聞いて、ラゴス王は安心する。
離れた領地で、経済的にも豊かなダールド地方を不心得者が治めていては、枕を高くして眠れないというものだ。
調査結果を速記でトーマスがまとめると、国王と内務卿が頷き合う。
やはり、レイヴンに任せて正解だったと、二人は結論付けたのだ。
「なぁ、レイヴンよ。引き続き、『国王巡察使』の任に就いてくれんか?」
「やってもいいが、俺はお前の臣下になるつもりはないぞ」
「ああ、それで構わん。俺はお前を縛りつけるつもりはない」
単なる街の金貸家と一国の王さまの対話とは思えない。
聞いていたトーマス卿は、やはり人払いをしていて正解だと思った。
そして、ラゴス王が、一つだけ嘘をついていると看破する。
自分の臣下として縛るつもりはないにしても、『国王巡察使』を引き受けることで、レイヴンはイグナシア王国との繋がりを、簡単には切る事ができなくなるのだ。
つまり、ラゴス王は、レイヴンが他国に流れることを未然に防ごうとしているのである。
国王の代理ともなりうる『国王巡察使』に任される裁量は、かなり大きかった。
それほど、ラゴス王から信頼を受けている人物となれば、他国は引き抜きが難しいと考えるだろう。
レイヴンの能力を知れば、手元に置いておきたくなるのが権力者の性。
だが、ラゴス王は、自分との関係が強固であると示すことで、そのチャンスはないと諸外国に知らしめたいのだ。
但し、そもそもレイヴンには、宮仕えする気は微塵もない。よって、他国からそんな誘いがあったとしても、応じるという事は、まず考えられなかった。
無用の心配だと思うが、念には念を押した方がいいという判断が、ラゴス王にはあったのである。
話がまとまったところで、ラゴス王は話題を大きく変えた。
レイヴンが、今、もっとも気にしている件を話し始める。
それは、現在、離脱中の彼の仲間、アンナとライの消息についてだった。
彼女らは別に犯罪者という訳ではないため、関所で足止めになる事はない。
しかし、嘘を上手につけない二人は、門兵に正直に素性を明かしていた。
そこで、森の民と海の民という非常に珍しい取り合わせは話題となり、ラゴス王の耳にも入ったのである。
「行き先はやはり、ファヌス大森林か?」
「国外の事、断定はできぬが、門兵が見た進む方角から、そう見て間違いないな」
これでレイヴンの行く先が完全に確定した。ただ、問題もある。
ファヌス大森林は、森の民以外にとっては、抜け出すことができない迷路のようなものだ。
一般人が足を踏み入れたが最後、遭難して力尽きるという事も珍しくない。
『迷いの森』の異名は伊達ではないのだ。
「かの大森林に詳しい者を国内で探してみるが、難しいであろう」
それはそうだろう。レイヴンも森の民と出会ったのはアンナが初めてだった。
海の民は鎖国と言いつつも、交流する術はあったのだが、森の民は『迷いの森』の中にいる間は、他種族と接触する機会がまるでない。
同じ人類ながら、独自の生態系を築いてきたのだ。
「俺も無理だと思うが、一応、頼む」
「承知したが、見つからなかった場合、どうするつもりだ?」
「そうだな・・・冒険者ギルドにもかけ合ってみるさ」
大陸をまたにかけて冒険する者がいる。中にはひょっとしたら、森の民と懇意になった者がレイヴン以外にもいるかもしれない。
望みは薄いが、他に手がない以上、出来るだけの事はしておきたいのだ。
その会話の後、ラゴス王は黙ってジッとレイヴンの顔を見つめる。
この国王は、この先の彼の行動を気にしていた。
最終的に仲間を追いかけるために、案内人が見つからないまま、『迷いの森』に突入するという決断を下しかねないのである。
「そんな心配するな。目的を達成するまでは、無茶をするのもある程度わきまえるさ」
「・・・そうだといいがな。こうして、砕けた会話ができる数少ない友人を俺は失いたくないぞ」
「分かっている。・・・分かっているさ」
最後は自分に言い聞かせているようでもあった。
レイヴンは、ラゴス王に挨拶をして、王城を後にする。
その足で冒険者ギルドへと向かうのだ。
森の民と出会ったなんて珍しい話、わざわざ聞かずとも勝手に話題になるような出来事である。
隣に店を構えて、今まで聞いたことがない以上、冒険者ギルドも空振りとなる可能性は高かった。しかし、可能性があるところを順番に潰していくしかない。
最後、スカイ商会にも声をかけてみるかと考えながら、レイヴンは冒険者ギルドの扉を開けるのだった。
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