第82話 それぞれの信念

海の民の国マルシャル。

その首都バレリアに、何とか戻ることができたレイヴン一行。

運んでくれたウィーブ家の者たちに感謝を伝えると、一路、官邸へと向かった。


レイヴンたちが、魔獣スキュラ討伐のために何日間か離れている間、ハウム、モンクス、ニックでの三者会議が進められていたらしい。


結果、めでたくマルシャルは開国に向けて、政策を方向転換することが、すでに決められていた。


出番が一つ減ったが、レイヴンとしては正直ありがたい。

下手にこじれて時間を要することになった場合、それだけアンナを追うのが遅れてしまうのだ。

本当に大助かりなのである。


この海の民の決断には、ニックの説得が大きく貢献したと聞いた。

さすがは世界に冠する商会の会長と、その手腕にレイヴンは感心する。


「たまたま、海の民も行き詰まりを感じていた時期であったのが幸いしただけさ」と、彼は謙遜するが、その機を見逃さずものに出来るという事が、凡百の徒とは違うところだ。

ニックを連れて来て、大正解である。


レイヴンは、続いて、『海の神殿』のある島で起きた事を官邸の中で報告した。


「魔獣スキュラは、何とか撃退することに成功したよ」


この報せには、ハウムとモンクスが感嘆の声を上げる。海の民の精鋭を揃えても、なかなか倒せなかったモンスターを、僅か六人のメンバーで退治するとは驚きでしかない。


武力こそは、自国が一番と思っていた海の民。やはり、鎖国の限界が来ていたのだと二人は痛感するのだった。


そして、報告には悪い内容もある。それは折角手に入れた『水の宝石アクアサファイア』を仲間のアンナに持ち出された件だ。


ライも森の民の少女と行動を共にしていると話すと、モンクスが顔をしかめる。

息子が失態を犯していると感じたようだ。


「いや、ライは戦闘中、アンナに命を救われ恩義を感じていた。彼女に対して戦士の誓いも立てている。それが因だと思うから、責めないでやってくれ」

「ううむ。・・・あの生真面目男であれば、それもありうるか・・・」


海の民、NO.2が納得すると、レイヴンは今後の動きについて、展望を話し始める。

これから、その話題に上がったアンナを追って、ファヌス大森林に向かうと伝えたのだ。


「あそこは『迷いの森』と呼ばれている。大丈夫かい?」

「道先案内人がいるのが一番なんだが・・・一旦、イグナシア王国に戻って、その辺は考えてみるよ」


世界を知るニックもファヌス大森林には、足を踏み入れたことがない。


スカイ商会ですら、情報を持っていないのであれば、待っているのは困難だけだ。しかし、それでも何とかするしかない。

レイヴンは、冒険者たちの情報網にかけることにしたのだ。


「あの地が難しいことは理解している。私も出来る限りのサポートを約束するよ」


ニックから、ありがたい言葉をもらう。ここで二人は固い握手を交わした。


別の席では、悲願の魔獣スキュラ討伐を達成した娘と父親の対話が始まる。

彼女の目的は達せられたが、ここで立ち止まることができない関係性が、短い期間ながら構築されていた。


それに、何をおいてもレイヴンと行動を共にしていれば、武人としての戦闘欲を満たす出来事に事欠かないような気がする。

結局、会えずじまいだったが『アウル』の連中とも相まみえてみたかった。


「父上、私もレイヴンたちと一緒にアンナの後を追うことにします」

「そんなの当たり前だ。一度、関わった以上、お前にはこの冒険の結末を最後まで見届ける責任がある。・・・行ってきなさい」


魔獣を倒すためにマルシャルを飛び出した時も同じ。この父親は、娘の意思を尊重し、いつも背中を後押ししてくれるのだ。

そんなハウムには、モアナも感謝の念しかない。


これも開国するという方向転換がプラスに作用した可能性はあるが、快く旅立てることには違いはなかった。

モアナはハウムと、ポジティブな別れ方をする。

モンクスからも幼馴染の件を頼まれると、胸を張って了承した。


「それは、任せてもらって構わないよ。あいつの信念も、きっとアンナの行動も間違っちゃいないんだ。少し、方向を修正してやればいいのさ」


モアナの意見にレイヴンも同意する。アンナを追いかけるが捕まえに行くのではない。

彼女を助けるために、ファヌス大森林へ向かうのだ。

それは、仲間全員が同じ気持ちである。


レイヴンたちは、海の民の国マルシャルで事後処理を終えると、この島国に別れを告げた。

モアナという新しい仲間を加えて、再び『ネーレウス号』に乗り込む。

まずは、イグナシア王国へと戻るのだった



段々、遠ざかる『海の神殿』がある島。

それを見つめるアンナの目は、いつの間にか潤んでいた。


「レイヴンさんに事情を説明しても良かったんじゃないかな?」

「いいえ・・・この件には巻き込めないんです」


ライの言葉に森の民の少女は首を振る。肩を落とす彼女だが、全ては、コテージにミューズ・キテラがやって来た事によって始まったのだ。


アンナは、あの黒き魔女とのやり取りを思い浮かべる。


あの時、ミューズから聞かされたのは、実姉サディの暴走だった。

そんな訳はないと思いつつ、魔女が持ち込んで来た水晶には、森の民の集落で暴れ回るサディの姿が映る。


初めは、偽物の動画を見せられているのかと思ったが、水晶越しに見えるのは、アンナが知る人々ばかり。

音は聞こえないのだが、映像から伝わる衝撃は、リアルな生々しさもあって、本物と信じるしか他になかった。


ただ、どうして?という疑問は大きくのしかかる。

何故かというと、サディは数年前に、短い一生を終えていたのだ。形見の鉄笛を残して・・・


あと、気になったのは球体の画面には、紫色っぽい靄のようなものがかかって見える。

ファヌス大森林、特に森の民の集落では、そんな靄が発生したことは、今まで、一度もなかった。


「あっ」


アンナが思わず声を出してしまったのは、サディが同胞である森の民を捕まえて、噛みつこうとするところ。そこで、水晶が暗転したからだ。

一瞬だが、人を襲う姉の姿は、まるで『死人ゾンビ』を連想させる。


『まさか・・・お姉さんのせいで、森の民が全滅してしまうの?』


最悪の想像を膨らませたアンナにミューズは『水の宝石アクアサファイア』の浄化の力を上手く使えば、森の民を助けることができると教えた。


どうして、彼女がそんなアドバイスをするのか真意が分からない。また、本当に信じていいのかも不明だった。

ただ、アンナの中では、今動かなければ、とんでもない事態になるという事だけは、明確に理解する。


水の宝石アクアサファイア』を手に入れて、森の民の集落に向かう事を決意したのだった。

その決意が鈍らぬうちに、アンナは行動し、今、船上にいる。


サディが本当に『死人ゾンビ』だった場合、襲われた者もおそらく『死人ゾンビ』化するはずだ。

自分の家族。個人的なことで、そんなリスクをレイヴンたちに負わせることはできない。

それが、アンナが巻き込めないと語った理由だった。


「ライさんには、本当に申し訳ありませんが・・・」

「それは気にしないで下さい。僕はあなたを守る槍になると誓ったのだから」


ライの言葉は胸に痛い。彼の協力がなければ、この船を使用することもできなかった。

恩義を立てにしていると理解しつつ、ライに協力をお願いした自分が嫌になる。


しかし・・・

サディについての確認と森の民を救うためには、他の方法がアンナには思いつかないのだ。


彼女は目に溜まった涙を拭くと、双眸を船首に向ける。

生きて会う機会があれば、レイヴンには誠心誠意、謝罪するつもり。だが、今は心を鬼にして、自分の信念を貫こうとするのだった。

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