第81話 移動手段

『海の神殿』がある島から、遠く離れた水平線に見える船影。

あれは紛れもなくレイヴンたちが、マルシャルの首都バレリアから、この島まで航行して来た船で間違いなかった。


この岸辺にいない仲間は、アンナとライの二人。一体、彼女らに何が起きたのか、皆、一様に不思議がる。


そんな中、クロウが申し訳なさそうに声を上げた。どうやら、ある程度の事情を知りつつも、二人を止められなかったようである。

責任感を強く感じる弟の話を聞いて、レイヴンは驚くのだった。


「コテージで休んでいると、お母さんが中に入って来たんだ」

「くそっ、ミューズか!・・・あいつは、何のために?」


「それが分からないよ。僕はすぐ、『支配ドミネーション』のスキルで動けなくされて、奥の部屋に閉じ込められちゃって・・・二人の会話は良く聞こえなかったんだ」


二人の離脱は、あの黒き魔女がアンナに何かを吹き込んだ事が、大きく関係しているようである。

森の民の少女に恩義を感じているライが、彼女の行動に付き合っているという構図と想像できた。


アンナは、『水の宝石アクアサファイア』を持って、どこへ向かおうというのだろうか?

その疑問には、断言するには至らないが、クロウが答える。


「・・・多分、ファヌス大森林だと思う。はっきり、二人の会話が聞こえた訳じゃないけど、『森』って言葉だけは、何度も出てきたような気がする」


ファヌス大森林には、森の民の集落があった。『森の神殿』もその深い緑の奥にある。

これだけ、『森』というワードに関連するのは、ファヌス大森林しか考えられなかった。


あの大森林は、別名『迷いの森』とも呼ばれているため、謎も多い。レイヴンは、腕を組んで考え込んだ。


「追いかけるにしても、あの大森林は厄介だな。入るにしても、何か手を考えないと」

「・・・でも、必ず追いかけようよ。・・・お母さんとの会話の途中で、一言だけ、はっきり聞こえた言葉があるんだ」


もちろん、レイヴンも二人を追う事を諦めるつもりはない。あのアンナがこんな行動に出る以上、何らかの事情があるはずなのだ。

それを放っては置けない。


「それで、何が聞こえたんだ?」

「・・・『お姉さん』って、大きな叫びが聞こえたんだ・・・その後、涙をすすっていたように思う」


鉄笛が壊れた時も、同様の言葉を呟いていたのをレイヴンは思い出した。その『お姉さん』が彼女の中で、大きなウエイトを占める存在なのは間違いないと思われる。


「泣いている仲間を、そのままにはできない、必ず、追いかけるさ」


兄の力強い言葉にクロウは安心した。アンナに姉妹が、もしいるのならば、その絆を大切に守ってあげたいと思ったのである。

クロウも、今は兄との絆が唯一の家族の繋がりなのだ・・・


「私も今すぐ、彼女の元に行きたいけど、まず、この島からどうやって出たらいいのかしら?」


足となる船がないことをカーリィが指摘する。確かに泳いでバレリアまで、戻るという訳にはいかなかった。

さすがのレイヴンも船までは、『金庫セーフ』の中に入れていない。


「この島の海岸に使えそうな船はないか?」

「スキュラに破壊された残骸はあるだろうけど、使えるものはないだろうねぇ」


モアナの言う通りかもしれないが、とにかく手分けして、付近を捜索する事にした。

その時、水の精霊ウンディーネがみんなに話しかけてくる。


「皆さんの船とは別の船が、一艘、離れた岸辺に停泊していますよ」

「本当か?」

「ええ、間違いありません」


ウンディーネが、こんなことで嘘をつく訳がなかった。

だが、危険なこの島にやって来るもの好きなんて・・・


「そうか、ディアンが乗って来た船だ」


彼女が、突如、現れた時、どうやってここまで来たのかを深く考えなかったが、よく考えれば、渡航して来た船があるはずなのだ。


但し、主を失った船員たちが、レイヴンたちのいう事を聞いてくれるかは、難しいかもしれない。

しかし、今はその船で何とかするしかなかった。


「ウンディーネ、情報ありがとう。・・・そして、俺の仲間が粗相をしたようで、申し訳ない」

「いいえ。私は、『水の宝石アクアサファイア』をあなたに預けたのです。お仲間であれば、同じ事でしょう」


大精霊の寛大な心に改めて感謝する。ウンディーネに謝辞を述べると、レイヴン一行はディアンの船を探すために、教えられた岸辺へと向かった。


その黒塗りの船はすぐに見つかり、船側に『木瓜紋もっこうもん』が記されている。

モアナの話では、それはウィーブ家に家紋だそうだ。


それで、間違いなくディアンが乗って来た船だとレイヴンは確信する。

この後、どう乗り込もうか相談し、固まって相談している所、逆に船の方から侍女を連れた背の高い女性が下りてきた。


「私、ウィーブ家の家宰を務めておりますファラエナという者です」


ファラエナと名乗る女性は、レイヴンとそう変わらぬ年齢で、感情を押し殺しているのか能面のような顔をしていた。

代表して、黒髪緋眼くろかみひのめの青年が挨拶を返す。そして、はっきりと要求を伝えた。


「俺の名はレイヴン。事情があって、船を失くしてしまった。そこで、俺たちをバレリアまで、そこの船で運んでほしい」


この要求に当たっては、何もかも正直に答えることにする。当然、その中にはディアンが魔獣スキュラの下敷きになった事も含まれていた。


当主の死を聞いたファラエナのこめかみの辺りがピクリとした後、初めて彼女と目が合う。

ここで、端正な顔立ちが崩れて、双眸から涙がこぼれ落ちるのを認めた。


「承知いたしました。お嬢さまの身に何かあった場合、バーチャー家もしくはアバンダ家に庇護を求めるよう、仰せつかっております。」


ファラエナは涙を拭くでもなく、そのまま深々と頭を下げる。

この場に、バーチャー家のモアナがいることを理解しているようだ。


ディアンは虫の知らせがあったのか、事前にファラエナにウィーブ家の事を託していたのだろう。

彼女は残された家宰として、主の言葉を必死に守ろうとしていた。


「分かったよ、ウィーブ家の事は一切、引き受けた。このモアナ・バーチャーに全て任せな」


あまり家の名を口にする事を嫌うモアナが、バーチャー家の家名を出して請け負う。

ディアンが亡くなった直後、ライと話していた件が、やはり引っかかっていたのだ。


ファラエナは感謝するとともに、今度はモアナに仕えるように彼女の前で膝をつく。

ディアンの死を知った直後、その悲しみをこらえながら、家宰としての責任を果たす行為。モアナは素直に受け取るのだった。


こうして、移動の手段を手に入れたレイヴン一行は、首都バレリアを目指す。

この後にやるとことは、てんこ盛りだ。


まずは、ハウムやモンクスに報告をした後、当初の要求通りマルシャルの開国の交渉をまとめる。

そして、すぐに別れた仲間のアンナとライを追いかけなければならなかった。


ウンディーネに、折角、体力を回復してもらったはずなのだが、こうも一息つく間もないとは・・・

だが、レイヴンは二つの問題。必ず解決すると誓い、遠いバレリアの方角を見つめるのだった。

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