第80話 思いがけぬ出来事

『海の神殿』の中、水の精霊ウンディーネと対面したレイヴン一行は、大精霊の力で体力を回復する。

さすがに水の精霊、癒しの御業みわざは、お手の物のようだ。


その分、攻めに関しては不得意で、独力で魔獣スキュラを排除することができなかったのは、そのせいだろう。

レイヴンたちが、一息ついたのを確認するとウンディーネの方から、話しかけてきた。


「英雄の皆さまは、この神殿にどのような御用向きで参られたのでしょうか?」


見たところ、メンバーの半分以上は海の民ではない。

魔獣スキュラを倒すという大仕事を引き受けるにあたっては、何か目的があっての事だろうと誰でも予想ができた。


ただの善意という可能性もあるが、その前提で話を進めると相手が気を悪くする可能性がある。ウンディーネは、そこに配慮して、レイヴンたちに確認したのだ。


火の精霊サラマンドラと違って、随分と心配りができる性格のようである。


「ああ、その件だけど、・・・実は、お願いがあってやってきました」

「それは、やはり『水の宝石アクアサファイア』の件でしょうか?」


黒髪緋眼くろかみひのめの青年が切り出す前に、水の精霊の方から核心に触れた。


ウンディーネは、人の心が読めるのだろうか?

不思議に思っていると、そのカラクリを教えてくれる。


「先ほど、サラマンドラさんから念話がありました。信じがたい内容でしたが、本当の事だったのですね」

「『アウル』の話まで、伝わっているという事でいいですか?」

「ええ」


大精霊の秀麗な顔がやや曇りがちとなった。それは、やはり『水の宝石アクアサファイア』を他の場所に移すのは難しいという意味かもしれない。

だからといって、レイヴンの方も簡単に引き下がる気はなかった。


「それで、返事はどうなります?」

「『水の宝石アクアサファイア』ですね。・・・どうぞ、お持ち帰りください」

「へっ?」


ウンディーネの反応から、厳しいと思っていたレイヴンは肩透かしを食らった気分となる。先ほどの彼女の表情は、どういった意味だったのか、測りかねるのだった。


「本当にいいんですか?」

「構いませんよ。サラマンドラさんをも出し抜くほどの相手。スキュラですら退けることができない私では、むざむざ盗み取られるのが関の山でしょう」


「そうかもしれませんが・・・」


ウンディーネは、歯切れ悪いレイヴンの様子に、その真意を下がるようにジッと緋色の瞳を見つめる。

そして、何かを察するとニコリと微笑んだ。


「ああ、先ほどの私の表情ですね。混乱させて申し訳ございません。『アウル』との関係・・・あなたの深い悲しみに同調してしまった結果です。ごめんなさい」


ミューズとの親子関係をさしていると思われる。サラマンドラは、口が滑ったのか、余計な事まで伝えたようだ。


すでに破綻している関係を蒸し返されたようで、レイヴンは思わず舌打ちをする。

だが、それをウンディーネに怒っても仕方がなかった。その件は、ひとまず置いておく。


まずは、大精霊の許可が下りたため、『水の宝石アクアサファイア』を預かることにするのだ。


「まぁ、その辺は、込み入った事情があるんで気にしなくていいです。・・・それじゃあ、ひとまず、お借りしますよ」


レイヴンは、手に取ってから、この秘宝をどう扱うべきか考え込む。


自分の持ち物であれば、『金庫セーフ』の中に収納可能。一番、安全な場所で管理ができるのだが、借りものだと、そうはいかない。


とりあえず、海の民に預かってもらおうとモアナに託そうとするが、きっぱりと断られた。


「私は、そういうのには向いてないからねぇ。別の人の方がいいよ」


失礼ながら、言われてみればと思うところがある。ここで、レイヴンの視線は同じ海の民の戦士に向けられた。


「僕で良ければ、一時、お預かりしますよ」


圧力プレッシャーを感じたライは、自ら名乗りでる。但し、取り扱いが最終的に定まっていないため、『一時』という表現を彼は使うのだった。


その辺の頭の良さと、慎重な性格を加味すればモアナより適任なのは言うもでもない。

レイヴンは、安心して任せることにした。


スキュラを倒すのには、多少、手こずったものの、これで秘宝の確保を達成したことになる。『アウル』がやって来る前に、成し遂げたのは上出来だった。


今から、現れたところで、カーリィの『同期シンクロナス』を使えば、今度こそミューズに後れを取らない自信がある。


それに『砂漠の神殿』の時よりも、心強い仲間も増えているのだ。


油断せず、いつでも迎え撃てるよう算段をしているところ、休んでいたはずのアンナが『海の神殿』に顔を出す。


魔獣の気配がなくなったのを察知したのだろうか?

真面目な性格のため、休んでばかりはいられないと思ったのかもしれない。


「全て、上手くいったんですね。・・・よかった」

「ああ、もう大丈夫なのか?」

「おかげさまで、もう大丈夫です。・・・『水の宝石アクアサファイア』はどうしました?」


ライが持っていると伝えると、アンナは彼に近づいて行った。槍の名手から、四大秘宝の一つを見せてもらっている。


別に現れてほしくはないが、『アウル』が姿を見せないのを確認すると、マルシャルの首都バレリアに戻ろうと、レイヴンが仲間に呼びかけた。


そんなレイヴン一行をウンディーネが止める。スキュラ退治のお礼をしたいとの事だった。

『砂漠の神殿』では、サラマンドラから精霊の霊力が宿るヘッドティカをもらっている。同様に、何かの武具を貰えるのであれば、モアナに渡してくれとレイヴンは頼んだ。


「彼女でいいのかしら?」

「ええ。海の民の方が、あなたとの相性もいいだろうから」


その言葉に納得すると、ウンディーネはモアナに向かって手をかざす。優しい光が剣の達人を包んだ。

すると、碧い宝石が装飾されている籠手が彼女の腕に装備される。


能力は、水耐性と水撃を飛ばせるそうだ。差し詰めサラマンドラのヘッドティカの水属性版といったところだ。

使ってみなければ分からないが、攻撃力が増した事には違いがない。モアナは素直に喜ぶのだった。


これで、本当に全てが終わり、いよいよ『海の神殿』を退き上げようとする。この場にいないのは弟のクロウだけ、例のコテージまで迎えに行く必要があった。

レイヴンは、先ほどまで、一緒にいたはずのアンナに弟の様子を尋ねようとする。


「そう言えば、クロウの奴はどうしてる?・・・」


森の民の少女に声をかけたつもりだったが、『海の神殿』の広間には、その姿はなかった。

先ほどまで、ライと話しているのが視界の端にあったのを記憶していたが、今は、そのライの姿もない。


おかしいと首をひねるレイヴン。他の仲間にも尋ねるが、反応は皆、同じで、先ほどまでいたとしか認識していなかった。


そんなレイヴン一行の疑問は、ウンディーネが解決してくれる。彼女は、二人で神殿を出て行ったのを視認したそうだ。


ならば、先に船に戻ったのかと軽く考えていると、慌てた様子の黒い鳥がやって来る。

それは、クロウだった。


「大変だ、兄さん。アンナさんとライさんが船に乗って、島を離れて行ったよ」

「えっ?」


予想外の証言に、一堂、驚きの声を上げる。

確かめるために、急いで表に出ると、皆、声を失うのだった。

クロウの言っていた事が、本当だったのである。


停泊していたはずの船が見当たらないのだ。最後、船を降りたのは、この中ではカーリィとメラである。

二人の記憶と合致させても、あるべき位置に船がないとの事だった。


「二人に何があったんだ?」


レイヴンの呟きは、全員の疑問と一致する。まだ長い付き合いとは、言えないが、それでも信頼を寄せあった関係だと自負していた。

いなくなったことによる不審よりも、そうなった原因の方が気になるレイヴンだった。

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