第79話 ディアンの最後
難敵、これまで海の民を苦しめてきた魔獣スキュラを倒したレイヴン一行。
最後にディアンが、モンスターの巨体の下敷きになるという予想外の事が起こり、何となく後味の悪い幕引きとなる。
同胞のモアナとライは、まだ、意識がある彼女の元へと駆け付けた。それにレイヴンが続く。
「・・・折角、魔獣を使役できる力を手に入れましたのに・・・残念ですわ」
「他に方法はなかったのかい?」
モアナからすれば、スキュラさえいなければ、婚約者のデュークは死ぬことはなかった。しかし、それでは彼と出会う事もなかっただろう。
複雑な想いが胸中を渦巻いた。
それもこれも運命だったのかもしれない。であれば、今回の結末も運命なのか・・・
「分からない・・・分からないわ」
モアナの質問に首を振るディアンの目には涙が浮かんでいた。
痛みの涙、それとも後悔の涙。それは本人にしか分からないことだった。
「力を手に入れたっていうのは、どうやって?」
こんなことを聞く場面かどうか迷ったが、レイヴンは思い切って、そう尋ねる。
今日は、たまたま術者の能力不足に救われた形だが、この先、似たような強敵が現れるのを懸念したのだ。
教えてもらえるのであれば、どうしても知っておきたい。
問いかけた者がレイヴンだと分かるとディアンは、目を背けた。
この男が現れなかったら、自分の計画は成功していたとの思いが強いのかもしれない。
だが、死期を悟っているディアンは、諦めたかのようにレイヴンに対して向き直った。
「・・・ミューズ・キテラの息子に止められるなんて・・・二コラ博士に申し訳ないわ」
「二コラ博士?そいつは、何者だ?」
ディアンが、何か答えようとした時、彼女の口元から血がこぼれる。それ以降、反応がなくなるのだった。
完全に息をひきとったようである。
ここに来て、二コラ博士という、謎の人物の名前が登場したが、レイヴンには聞き覚えがなかった。
何やら、ミューズとも因縁がありそうだが、想像するにも情報が足りなすぎる。
この場に留まる必要がないレイヴンたちは、亡骸に手を合わせると、そのまま、立ち去ることにした。
そこで、ライの足取りが重いことに気づいたモアナが活を入れる。
「どうしたってんだい?私たちは勝ったんだよ」
「いや、それは分かっているけど・・・こうなる前にウィーブ家に対して、何かできなかったのかと、考えてしまって・・・」
それを聞いた剣の達人は、肩をすくめて幼馴染の頭を軽く小突いた。
「その優しさが、あんたの良い所でもあり、悪い所でもあるねぇ。」
「・・・そんな事・・・」
「いいかい、ディアンは自分の欲望のために道を違えた。私たち、海の民が苦しむ方法を選択したんだよ。・・・同情する必要なんてないのさ」
それはライにも分かっている。だが、権勢を誇るアバンダ家にいる以上、どうしても考え込んでしまうのだ。
無論、マルシャル国元帥ハウムの娘で、バーチャー家に籍を置くモアナも同様である。先ほどの言葉は、ライに言っているつもりだが、実は自分に言い聞かせていた部分もあった。
二人は、勝者とは程遠い顔をしながら、仲間の元へと戻って行く。
そんな中、何とか気持ちを切り替えるようにモアナが呟いた。
「結局、父上たち、政治家に任せるしかないよ」
「・・・そうだね」
ウィーブ家の事は、得意の剣や槍で、どうにかできる問題ではない。
これは決して責任転嫁ではなく、畑が違う。そう割り切るしかないのだ。
三人の帰りを待っていたカーリィとメラは、努めて笑顔で彼らを迎え入れる。
レイヴンは、二コラ博士に対する考え事、モアナとライはウィーブ家に対する問題を抱えており、表情がともにすぐれないことを払しょくしようとしたのだ。
事情をよく知らないだろうに、そんな中での気配りにレイヴンは、笑顔を取り戻す。
「待たせてすまなかった。早速、『海の神殿』に向かおうぜ」
皆の視線が、そびえ立つ精霊の遺跡へと向いた。自分たちの目的を、改めて再認識する。
何が起きようとも、その歩みを遅らせる訳にはいかないのだ。
レイヴンが、先頭を切り、ゆっくりと『海の神殿』へと足を踏み出す。
全員の表情が切替わり、前へと進むのだった。
『海の神殿』を前にしたレイヴンの感想は、『『砂漠の神殿』とは大きく異なるなぁ』である。
精霊の神殿自体、その目で拝むのはこれで二度目。
細部の違いに気づく訳もなく、漠然としたイメージの違いを持ったのだ。
だが、一歩、足を踏み入れると、その感想は、すぐに変わる。
精霊が持つ神秘的な力のせいだろうか、何となく『砂漠の神殿』と同様の雰囲気を感じ取るのだ。
「どこか・・・はっきりと、こことは言えませんが、何となく似てますね」
「そうね」
メラとカーリィの会話にレイヴンも同意する。
海の民のモアナとライも、実際に『海の神殿』に入るのは初めてのようで、珍しそうに左右を見回していた。
建物の構造上、一番奥の部屋に『
レイヴンは、勘を頼りに神殿の奥へと進み、おそらく目的の部屋であろう大きな扉の前に立った。
「ここまで、順調に来たが、この先、トラップが仕掛けられているとかは、ないよな?」
「そんな話、聞いたことないねぇ」
モアナの返事を聞いて安心すると、そのまま扉に手をかける。レイヴンは、ゆっくりと大広間の入り口を開けた。
部屋の中は、全体的に青を基調とした壁で囲まれており、中央に水の精霊ウンディーネの像が、存在感を示している。
慈愛に満ちた彼女の表情の下、設けられている祭壇に、『
青く輝く秘宝は、正二十面体の形をしている。
確か『
秘宝によって、色は当然だが、形も様々なのだと初めて知る。
レイヴンたちが祭壇に近づくと、ウンディーネの像が光を発し、厳かな空気が辺りを支配した。
その光が一点に集中し、形を成すと、そこに大精霊が姿を現す。
サラマンドラは男性のように見えたが、ウンディーネは美しい女性。纏っている衣服がやや薄着に見えるため、不謹慎ながら、レイヴンはドキマギする。
変な緊張感の中、第一声は精霊の方からだった。
「私は水の精霊ウンディーネ。非力な私に代わって、魔獣スキュラを退治していただいて、大変感謝しています」
想像通りの澄んだ美しい声が、レイヴンたちの耳に心地よく響く。
この言葉から、ウンディーネの力をもってしてもスキュラには、手を焼いていたことが伺い知れた。
かの魔獣は、『海の神殿』の前に長いこと居座り、近くを航行する船にまで、被害を与えている。
大精霊として、この地にいながら船舶を守ることができず、心を痛めていたのだそうだ。
ウンディーネは、レイヴンたちを英雄とまで褒め称える。
「では、挨拶代わりに、あなた方の体力を回復して差し上げましょう」
精霊の手からシャボン玉のような大きな泡が飛び出すと、五人を包み込んだ。
泡の中は快適という言葉がピッタリで、レイヴンたちは、そのまま身をゆだねる。
皆の体力は、ウンディーネの言葉通り、快復していくのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます