第78話 侵入者

『海の神殿』がそびえ立つ島。

その入り江に、レイヴンたちが乗って来た船が停泊されていた。


船の甲板に立つ船長は、少し心配げに内陸の方を見つめる。

現在、仕えるべき若き次代の当主ライ・アバンダが交戦中なのだ。


この大切な跡取りの身に、もしものことがあってはならない。

しかも、今回、同行しているメンバーは奇妙な能力を操ると認めても、武道を極めた者には見えなかった。


前回、マルシャル中の武道の達人を集めても、スキュラに敵わなかったことを考えれば、少々、心許ない気がするのである。

かと言って、戦場で役立つスキルを持っていない彼は、ここで無事に戻って来るのを待つしかなかった。


そんな船長が、ふと視線を落とすと、空間にひずみが生じるという不思議な現象を認める。

怪訝な表情をしたまま見ていると、大きな穴ができ上り、そこから、全身、黒ずくめの女性が現れた。

そして、迷いなく歩き始める。


「ちょっと、あんた。そっちに行くと魔獣がいて危険だぜ」


その女性は、船長の言葉に振り返るでもなく、黙って歩いて行った。その足は、まったく止まる気配がないため、船長は呼びかけるのも止める。

船を降りてまで、引き留める義理のない彼は、そのまま女性の後ろ姿を見送ることにしたのだ。


ただ、女性の姿が見えなくなった後、手すりを掴んでいた手にびっしり汗がついている事に驚く。

気がつけば、手だけではなく、背中にも冷や汗が流れていた。


何か得体の知れない圧力プレッシャーを、全身で感じ取っていたようである。

急に疲れを感じた船長は、その場に座り込んだ。


海上で大嵐に逢い、沈没しそうになった時でも、こんなことはない。

船長は、もう一度、女性が向かった方向を見つめるのだった。



「さぁ、ウィーブ家、復活の第一歩。あの者たちを始末なさい」


ディアンの指示に従って、魔獣スキュラがレイヴンたちに、ゆっくりと向かってきた。


先ほどまで、虚ろに見えた瞳に赤く燃えたような火が灯る。三つ首になった時点で、ケルベロスと表現したが、今、まさしくその通りの姿かたちとなっていた。

初見の者なら、恐ろしさで逃げ出してしまうことだろう。


だが、魔獣からの攻撃に対して、レイヴン、モアナ、ライ。そしてカーリィとメラに切迫した気持ちはなかった。

スキュラから、先ほどまでの異常な威圧感を感じなくなっているのである。


不思議に思っていると、その謎をレイヴンが簡単に説明した。


「正直、操り人形に成り下がった魔獣なんか、一つも怖くないぜ」

「何を強がりを言っていますの?今まで、海の民がどれだけ頑張っても退治できなかった怪物なのよ」


黒髪緋眼くろかみひのめの青年の言葉を、一笑に付すディアンだったが、レイヴンの仲間たちは、「なるほど」と納得する。

ウィーブ家の令嬢が『手懐けるティム』してからのスキュラの攻撃は、単調でまるで機械を相手にしているとしか思えないのだ。


「お嬢さん、あんた、戦場は初めてだろ?というより、今まで喧嘩もした事ないんじゃないか?」

「それが何だというのですか?」


「あんたの意思通り動くのはいいが、戦い方を知らないんじゃあな。魔獣なんて、宝の持ち腐れだぜ」


だから操り人形は怖くないとレイヴンは言い切ったのである。そのことを認められないディアンは、スキュラに指示を出すのだが、まったくもって当たらなかった。

段々、彼女に焦りの表情が浮かぶ。


「これで戦国時代に戻す?あんたじゃ、一日と生きてられないぜ」

「お黙りなさい」


それでも強気に返すディアンだが、戦い慣れているレイヴン、モアナ、ライには魔獣の攻めが通用しないのだ。

次の攻撃が、手に取るように予測できるのである。焦って、ディアンの気持ちだけが、空回りし始めた。


「どうして?・・・どうしてなのよ」


答えを返してやる気にもなれないレイヴンは、スキュラと正対して、その表情を読み取る。


一見、無表情のように見えるのだが、彼のプライドはズタボロになっており、心の中では泣いているのではないかとさせ感じるのだ。

本来の魔獣の力は、こんなものではない。


『こんな情けない姿を見せるくらいなら、いっそ殺してくれ』


最終的にスキュラが、そう訴えかける思いまでもが、レイヴンに伝わった。


「分かったよ。今、楽にしてやる」

「それが武士の情けね」

「そうですね」


レイヴンの他にも、以前から命を賭けて戦ってきたモアナとライは同じく、スキュラの心情を察したようである。

一気に止めを刺すよう、一斉に仕掛けた。


雷切サンダースラッシュ


無明イグノランス


そして、最後にレイヴンが『炎の剣フレイムソード』を大きく振り下ろす。

あれ程、固かったスキュラの防御力も、今は見る影もなかった。


三人の攻撃は、残った三つの首に、それぞれ致命傷を与えたのである。

全ての首を失った魔獣の巨体は、ゆっくりと傾き始めた。


「・・・そんな・・・嘘よ」


この信じられない光景に、ショックでディアンは膝をつく。

頭をかきむしりながら、「嘘よ!」と、連呼した。


そんな彼女の上に魔獣が倒れ込む。悲鳴を上げる間もなく、彼女の姿は自分が『手懐けるティム』したモンスターの下敷きになるのだった。



レイヴンが疲弊したクロウのために設置したコテージ。その中で、戦線を離脱したアンナも休んでいる。

大切な鉄笛が使用不可となり、レイヴンの配慮で、休息と待機を指示されたのだ。


一応、彼女のスキル『旋律メロディー』は、楽器がなくても使用はできるのだが、能力は限定されてしまう。

それが魔獣スキュラに通用するか、アンナ本人も分からなく、素直に従った。


そんな自分を情けないと思う一方で、ホッとしている自分も確かにいる。

別に命が惜しかったという訳ではなく、戦場に残って迷惑をかけるのが怖かったのだ。

そう気づいた時、涙が止まらなくなる。ソファーの上に座り、曲がった鉄笛を取り出すと、ぎゅっと握りしめた。


「・・・お姉さん。私は、一体、どうすればいいの?」


アウル』との秘宝を巡る争いは、これからどんどん激化していくはず。


そんな中、スキルの大半を失ったアンナに、果たして居場所はあるのだろうか?

今まで培ってきた自信が、鉄笛を失ったことで、一気に崩れ去ったのである。


「アンナさん、大丈夫?」


落ち込むアンナの元に、多少、体力が回復したクロウがやって来て、声をかけた。

涙を拭いた彼女は、ここでも気丈に振舞う。


「休んでいるところ、ごめんなさい。私は大丈夫ですから・・・」

「でも・・・」


クロウが何か言おうとするが、言葉が上手く出てこなかった。

アンナが辛いのは分かるが、どうすれば彼女の心に寄り添えるのかが分からない。


『こんな時、兄さんなら、上手く救ってあげることができるのかな?』


逆にクロウまでも落ち込みかけた、その時・・・


「・・・ん!誰?」


コテージへ何者かが侵入してきたのを察知する。

その謎の者はゆっくりと廊下を移動し、リビングの扉、曇りガラスに人影を映した。


シルエットは、女性のように見えるのだが、仲間の誰とも合致しない。

ドアが徐々に開き、入って来た人物の姿を見て、二人は驚くのだった。

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