第73話 上陸
マルシャルの首都バレリアを出航した高速船。
間もなく『海の神殿』に着く段となり、今回の魔獣スキュラ討伐メンバーが集まった。
目的は、作戦内容のすり合わせである。
まず、かの魔獣の特徴を振り返った。
スキュラの武器は、大きく分けて二つ。前足の鋭い爪と何でも嚙み砕く強靭な顎の力である。
しかもどういう仕組みか分からないが、六つ首は全て伸縮可能なのだ。その牙は、一度、狙った獲物は決して逃がさず、どこまでも追いかけてくる執拗さがある。
ロックオンされたが最後、攻撃を防ぎきるかスキュラに致命打を与えるしか、逃げのびる方法はなかった。
過去の対魔獣戦は、その習性を利用している。他に動ける者が伸びきった首を狙っていたのだ。
いわば味方を囮にして戦うというのが、これまでの海の民の戦い方なのである。
今回も作戦としては、概ね同じだ。その危険な任に就くのが、モアナとライ。そしてレイヴンである。
武術の達人ではないレイヴンが前衛を担うのに、当初、異論も出たが、バランスを考えると、どうしても致し方のない配置であった。
前が二人では、スキュラの六つの首を捌くのは難しい。
敵の最大の攻撃力を分散するためにも、前衛には最低限、三人は欲しかったのだ。
海の民の勇者たち、二人は文句なしとしても、最後の一席を決めるため、消去法をとる。
カーリィ、メラ、アンナの能力は、どう考えても接近戦には不向きだ。
そうなると、白羽の矢はレイヴンに立つしかない。
カーリィなどからは、心配の声が上がったが、
「なに、俺は別にモアナやライと同じことをするつもりはない。相手の嫌がる事をするだけさ。後になって、心配するだけ損だったって、きっと思うようになる」
「それにしても・・・」
どうも納得できないカーリィだが、この後、モアナの一言で腹を決める。というより、メンバー全員が気合を入れ直したのだ。
「心配は分かるけど、スキュラ相手には前だろうと後ろだろうと、安全な場所なんかないよ。それぞれが役割を果たすだけさね」
経験者だけに、その言葉には重みがある。モアナの言葉を、皆、受け止めて胸に刻むのだった。
「さあ、モアナからの金言をいただいたところで、皆さん、見えてきましたよ。『海の神殿』が!」
ライが指さす方向に視線が集まる。そこにはそびえ立つ青い建造物があった。
「あれが『海の神殿』か?」
その名前から、勝手に海底遺跡だとばかり思い込んでいたのだが、どうやら違ったようである。
レイヴンが神殿を拝むのは、『砂漠の神殿』以来、二つ目だが、特に共通点はないようだ。
全員が目を凝らして、『海の神殿』を見つめていると、モアナが緊急を告げるために叫び声を上げる。
「スキュラの攻撃が来るよ!」
その言葉通り、魔獣の牙が迫って来たのだ。神殿がある島までは、まだ、かなり距離があるというのに、スキュラの射程距離は思っていたより長い。
モアナが腰の『千鳥』を抜いて応戦すると、魔獣は、一旦、距離を置いた。
迫っているのは、六つ首の内、二つの顔である。
獰猛な目つきに鋭い牙。真っ赤な口内は、見る者に恐怖を与えた。
心の準備が整っていないメンバーが大半の中、モアナが指揮を執る。
「このままじゃ、船を岸に寄せることができない。ちょっと、無茶をするよ、ライ」
「分かったよ」
ライも自慢の愛槍を構えて、三連突きで牽制した。その隙に、何とモアナはスキュラの頭の上に乗っかったのである。
振り落とそうと暴れるのだが、モアナはしがみついて離さなかった。
そのまま首は、収縮し『海の神殿』の島まで連れていかれる。もっとも、これを彼女は狙っていたようで、その間に船を寄せろという意味だった。
「さすがにモアナ一人じゃ、厳しいので僕も行ってきます」
『
ライがスキルを発動して、目にも止まらぬ突きを連発すると、残ったスキュラの顔が怯んだ。その瞬間を逃さず、モアナと同じことをする。
海の民の戦士、二人が一足早く、船から離れるのだった。
「同じことをすると言わなくて、本当に良かったぜ。・・・だが、ここに残っていても格好がつかないか」
レイヴンはそう言うと、クロウを肩に乗せたまま、甲板から飛び降りる。
「えっ?」
残された女性、三人が同時に叫ぶと、慌てて船の手すりに身を寄せた。
そこで六つの瞳が見たものは、波に乗るレイヴンで、全員が目を疑う。
何と
砂漠、大森林と内陸地方出身の三人は、初めてお目にかかる乗り物。原理はよく分からないが、風を上手に捕まえているようで、見る見るうちに遠ざかっていく。
「ちょっとばかり、先に行っているぜ」
そんな台詞を残すレイヴンを、唖然としながら見送るのだった。
レイヴンが島へと向かう途中、スキュラから狙われることを想定していたが、魔獣からの攻撃は、一切なかった。
ホッとする反面、これはモアナとライが仲間の乗る高速船を岸に近づけるため、必死に頑張っている証拠である。
これは、急いで援軍に行かないと、もしかしたら、取り返しがつかないことになるかもしれないと、レイヴンは心配した。
「兄さん、僕の足に紐を結んでよ」
「何をするつもりだ?」
「風を捕まえているだけじゃ、これ以上、スピードが出ないでしょ。僕が推進力になるよ」
クロウは、以前、灰色のフードを被ったビルメスや操られていたカーリィと戦った時と同様に、火の鳥に変わると提案する。
だが、クロウの消耗を考えると、レイヴンとしては、受け入れる気にはなれなかった。
「二人に何かあってからじゃ、遅いよ。兄さん!」
「・・・分かったよ。その代わり、島に着いたら、ちゃんと休むんだぞ」
「もちろん。じゃあ、行くよ」
クロウの体が徐々に赤くなると熱を帯び始める。黒い輪がある足以外、全身が炎に変わると一気に陸地めがけて飛び立った。
帆を外したボードは、クロウに引っ張られて急加速する。あっという間に島へと到着するのだった。
「・・・兄さん、後はお願いね」
「分かった、任せとけ」
レイヴンは、弟のためにいつも使うコテージを出して休ませる。
そして、すぐにモアナとライの元へと走り出した。
遠くからでも激しい戦闘音が聞こえてきたため、二人の居場所はすぐに分かる。
仲間を見つけたレイヴンは、到着を告げるため声をかけた。
「モアナ、ライ、大丈夫か?」
二人はレイヴンの方に、僅かに視線を送るもすぐにスキュラと正対する。
この魔獣相手には、少しの油断も命取りになるのだ。
さすがに二人では、この強敵は手にあまり、無傷という訳にはいっていない。
致命傷はなくとも、モアナ、ライともに衣服のそこかしこが朱に染まっていた。
『
すかさず、レイヴンが二人の傷を治すと、反撃の狼煙を上げる。
『
モアナとライが受けた痛みを、そっくりそのまま魔獣スキュラに返すのだった。
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