第72話 アンナの機転

マルシャルが誇る最高級三ツ星ホテル。

そう銘打つだけあって、正味二日という短い滞在期間だったが、レイヴンたちは最高の歓待を満喫する。


そして、いよいよ魔獣スキュラを討伐する日を迎えた。

二日間を休養に当てるだけではなく、きちんと準備の時間にも活用しており、レイヴンは万全の状態で、用意された馬車に乗り込む。


このホテルから港へ直行し、『海の神殿』がある島へと船で向かうのだ。

用意された馬車は二台あり、乗り込んでいるメンバーは、レイヴン、カーリィ、メラ、アンナ、モアナ。更にライ・アバンダである。


当初、彼の追加に関して、レイヴンは海の民側のお目付け役としての同行と勘ぐった。

しかし、モアナからライが槍の名人であると聞き、また、実際に彼と話してみて考えを変える。

今では、これ以上ない補強ができたと、内心、喜んでいた。


スカイ商会の会長のニックは、当然、戦力ではなく、引き続き、このホテルに滞在する事となる。

もっとも彼は彼で忙しい。連日、ハウムやモンクスと色々、協議を重ねているようだった。


まるで、開国が既定路線にあるような動きだが、それもこれもスキュラを倒してからの話。

出発前、見送りに来たニックから、期待を込めたエールをもらったのだ。


港に着くと、今まで乗っていた『ネーレウス号』ではなく、海の民が用意してくれた船に乗ることになる。

『海の神殿』はマルシャル領内にあった。やはり、鎖国中に他国の船が領海内を自由に動くのは、難しいようである。


そのため、『ネーレウス号』は、一旦、お休みとなった。

レイヴンは、その事情を出航前、船長キャプテンチェスターに告げる。


「すまないが、魔獣を倒して戻るまで、待機になったよ」

「俺たちの事は気にしないで下さい。海の民がよくしてくれるので、今も快適に過ごしていますから」


『ネーレウス号』の乗組員の上陸許可は、まだ、下りていなかった。だが、海の上にいることに文句を言う彼らではない。

海の民側からの補給も十分に得られているとあって、何も問題がないようだった。


港町ダールドの水兵たちからの声援も受け、レイヴンは海の民の船に乗り込む。

この船の所有は、アバンダ家にあるようで、モンクスが任されている統治地区と首都バレリアを行き来するために使用する高速船との事だった。


「それじゃあ、『海の神殿』までの案内をお願いします」

「おう、任せてくれ」


レイヴンが出航を依頼すると、この船の船長からきっぷのいい声が上がる。『ネーレウス号』の船長キャプテンチェスターのような海の男的な雰囲気があり、好感が持てた。


軽く航路や到着までの日数について確認を取っているところ、ライがレイヴンの前に現れる。


「今回、同行を認めてくれ、ありがとうございます」

「ホテルで披露してくれた演舞を見る限り、相当な腕前だという事が分かる。こちらこそ、大変、ありがたい申し出だよ」


改めて謝辞を述べに来たライに対して、レイヴンは率直な気持ちを伝えた。正直、前衛を任せられる駒が不足していた点は、心配材料の一つだったのである。

ライの加入で、それが改善できたのだ。


一方、槍の名人の方にも期するところがある。

以前、モアナから6人の精鋭で挑んだが、陣形を崩されたという話を聞いた。その時、スキュラに倒された武芸者の隣にいたのが、ライだったのである。


あの時、もう少し自分が踏ん張ることができれば、違った戦果を得られたかもしれない。

『それは、全員同じじゃ、馬鹿たれ』と、モアナに檄を飛ばされたが、ライの中では、今でも後悔が残っていた。


それを果たす機会をくれたレイヴンには、感謝しきれないのである。

左頬にある傷に触れながら、強い光を双眸に宿した。


「僕は、以前、スキュラに敗れています。が・・・必ず、お役に立てるよう精一杯、頑張らせてもらいます」

「ああ、十分、あてにしている。必ず倒そうぜ」


拳と拳を重ねた後、二人は互いの健闘を祈り合って別れる。その後、ライが見たのは、船首に立つモアナの姿だった。


彼女も、自分と同じく、一度は魔獣に敗れ、それがゆえに助っ人を求めて、外の世界に出たのは言うまでもない。

そこで出会ったのが剣の達人デュークであり、同じ剣客として共通点が多かった二人は恋に落ちたのだ。


そして、モアナの意を汲んでスキュラ討伐のため、マルシャルに向かう途中、運悪く海賊バルジャック兄弟に捕まってしまったのである。

そこで、無念にもデュークは帰らぬ人となった。


レイヴンたちとともに直接の仇を討ったモアナの次の目標は、二人で誓い合った魔獣の討伐。

これが亡き夫、デュークへの最後の手向けになるとモアナは考えていた。


彼女にとって、この再戦は、自身のプライドを取り戻すとともに、愛した男性との悲願を達成するための戦いなのである。

モアナは船首の一番前に立ち、ジッと前方を見つめていた。その後ろにライがつく。


「今から、そんなに気を張り詰めて、最後までもつのかい?」

「分かっちゃいるけど、この気の昂りだけは抑えられないよ」


色々な感情が錯綜するモアナは、気持ちを落ち着けようとはするのだが、それでも目だけは『海の神殿』の方から離すことができなかった。

同じ一点をライも見つめる。彼女の気勢に当てられた海の民の勇士も、ついつい拳を強く握ってしまっていた。


すると、不意に笛の音が聞こえ始める。

それは、緊迫感に包まれる船内にあって、非常に心地いいメロディーだった。


この音楽は『憩いの音律レスト・リズム』というらしい。奏でているのは、もちろん、アンナであった。

心が休まり、リラックスさせてくれた仲間に、モアナが声をかける。


「余計な手間を取らせちまったね。本当に助かったよ」

「いえ、援護するのは私の得意分野ですから。この音を気に入ってくれて何よりです」


記憶を失っていた期間を含め、レイヴン一行の中では一番、一緒にいることが多かった二人は、自然と仲が良くなっていた。

モアナはアンナの隣に座って、笛から生まれる音楽に心浸らせて、身を休める。


「アンナさんの美しい旋律に、心が洗われました。僕も感謝いたします」


気に入ったのはモアナだけではないようだ。ライからも賛辞を受け、照れるアンナ。

一気に船内は、和やかな雰囲気へと変わっていった。


『海の神殿』へは、後、丸一日はかかる。アンナの機転により、魔獣スキュラ討伐に向けて、程よい緊張感と明るいムードに包まれた。


三人から、やや離れた位置にいたレイヴンもアンナのスキルの恩恵にあずかる。

波も穏やかであり、希望しかイメージできない航路となるのだった。

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