第71話 ライの頼み
海の民の国マルシャル。その首都バレリアにある元首官邸での非公式な会見が終わった。
その中身は、レイヴンにとって有益なものであり、満足して宿泊先に向かう。
正式に客人と認められたレイヴン一行は、国賓待遇を受けることになった。マルシャルが誇る最高級のホテルが、彼らにあてがわれたのである。
これは、スカイ商会のニックに対するモンクスの見栄があったと、容易に想像ができた。しかし、よい待遇を受けられるのに、余計な詮索をする必要はない。
そのまま、用意された馬車に乗り込むのだった。
ただ、そのメンバーの中にモアナは入っていない。
それはライ・アバンダに呼び出されているためであり、後から合流するという伝言があったので、混乱はなかった。
実家ともいえる官邸に寝泊まりしないのは、戦闘での連携を深めるための判断である。同じところを拠点とした方が、打合せをするのにも都合が良いのだ。
その点を理解しているのか、モアナの行動はハウムも認めている。
何にせよ、レイヴンたちはモアナを残して、一足早くホテルの中に入ったのだ。
そのモアナは、官邸の外。指定された場所に立ちながら、苛立ちを覚えていた。
約束したはずの男が、なかなかやって来ないのである。
「ライの奴、私を待たせるとは、いい度胸だね」
すると、噂をすれば何とやら。ライが慌ててやって来た。
モアナは彼の姿を認めると、『千鳥』の柄に手をかける。
「出る直前、父に捕まってしまってね。・・・って、止めてくれ。今日は話だけなんだ」
遅れた言い訳の途中で、幼馴染が臨戦態勢に入っている事に気づき、更に慌てた。
モアナは剣、ライは槍と進む道は違えど、武道の頂点を極めんとする者同士で、切磋琢磨し合った仲。
もっと若い頃は、朝から晩まで、二人で模擬戦を繰り返したものだ。
「何だい、久しぶりに手合わせをしたいのかと思っていたよ」
「それは、今度にしよう。僕は、話があるって言ったじゃないか」
「そうだっけ」
モアナの『戦闘狂』ぶりには、ライも舌を巻く。彼も武術を磨くことは嫌いじゃないが、時折、彼女にはついて行けないときがあった。
それこそがモアナの強さの秘訣であり、ライが一歩、彼女に届かない理由なのかもしれないが・・・
とにかく、モアナが『千鳥』の柄から手を放す事で、ライは落ち着いて話し始める。
「モアナは、ウィーブ家のディアン嬢を覚えているかい?」
ウィーブ家と言えば、以前はバーチャー家の主筋だった家系。覚えているとはっきり言いたいが、モアナの記憶の中には、お互い幼かった頃の思い出しかない。
何となく病弱だったというのを、僅かに覚えているだけだった。
「レイヴンさんが『
モアナが部屋を訪れる前のやり取り。どうして、レイヴンが、弁明をしているのか不思議だったが、そういった経緯があったのかと納得した。
「どうして、彼女は、そんな事を言い出したのさ?」
「それは、分からないよ。・・・ただ、どうも彼女の事が気になって、僕なりに調べてみたんだ」
ただ調べただけで、それをモアナに報告するようなライではない。何がしかの情報を掴んだのだろうと察した。
「それで、何か出て来たのかい?」
「実は彼女、五年前に留学に出て、三年前にマルシャルに戻って来ているのが分かった」
「へぇー、留学を認められる人材ってことは、優秀なんだね」
年間1名ないし2名しか選ばれない留学制度。
その狭き門をくぐるのは、海の民にとって一つのステータスだった。
また、それだけで、優秀だという事が、十分に分かるのである。
ディアンの能力については理解するも、今のところのライの話では、不審な点はなさそうだが・・・
「留学先がおかしかったのかい?」
「うん、おかしいと言えばおかしい。大概、留学先に選ぶのは、イグナシア王国もしくは、南の大国メントフ王国だけど、彼女は地理的に最も遠い東の国デトピィアを選んでいるんだ」
「それは、珍しいのかい?」
「過去、誰も行ったことがないと思う」
鎖国状態の海の民にとって国外は、危険な事も多いため、トラブルを想定し、近場を留学先に選ぶことが、一般的なのだという。
また、先人がルートを築いてくれている国の方が、何かと手続きもスムーズにゆくのだ。
そう考えると、ディアンがわざわざデトピィアを選んだのには、何かよほどの理由があったと想像できる。
「何を学びに行ったんだい?」
「それが、単に学問・・・心理学らしいんだけど、それならイグナシア王国で十分だと思うんだ」
留学制度に縁のないモアナだったが、ここまで聞いた限り、確かにディアンの行動は不思議に思えた。しかし、ライが引っ掛かっているのは、それだけではないようである。
幼馴染の雰囲気から、モアナはすぐに気づいた。
「他にもあるんだろ?」
「うん・・・ただの偶然かもしれないけど、戻って来たのが三年前ってのが、どうしても気になってね」
「・・・魔獣スキュラ・・か」
ライは、モアナの言葉に頷く。スキュラが現れた年とディアンがマルシャルに戻って来た年号が同じ。
『たまたまだろ』
モアナは、そう言いたかったが、彼女の行動が不可解なだけに、その言葉を飲み込むのだった。
ディアンが魔獣を召還した?だとすれば、その目的は何なのか?
そもそもスキュラとディアンが接触したという情報はない。
あの魔獣が登場してから、監視体制を強化しているため、密かに近づくことはできないはずなのだ。
「まぁ、その関係は分からぬが、ようはスキュラを倒せばいいだけよ」
明朗闊達なモアナの答えは、簡単である。だが、それこそが真理だ。
ライは、その性格を羨ましいと思わずにはいられない。
「そうだな・・・その通りだよ」
モアナに同意すると、ライは真剣な眼差しを向けた。この顔は、何かを決意した時の表情である。
長い付き合いのモアナは、幼馴染の機微を察した。
「なんじゃ、急に真顔になって」
「実は、モアナに頼みがある。・・・三日後のスキュラ討伐のメンバーに僕を加えてほしいんだ」
あまりにも真剣な表情と頼みごとがマッチしていなかったのか、モアナは吹き出してしまう。
そんな態度を心外に思うライは、彼女に文句をつけた。
「何だよ、何も笑う事はないじゃないか。・・・僕の力は、そんなに頼りにならないのかい?」
「逆じゃ、馬鹿者。私の中では、ライは
当たり前のように話すモアナに怒りから一転、喜びに変わる。ライは、今まで追いかけてきた背中に、ようやく認められたような気がしたのだ。
「・・・そうか。ありがとう」
「礼を言われる筋合いはない。死地に連れだそうとしておるのじゃぞ」
「武人にとっては、これ以上ない誘いだよ」
ここで、幼馴染同士が拳を重ね合わせて笑い合う。これこそが、武芸を磨き合った二人の関係の真骨頂かもしれなかった。
もう言葉で語らずとも、互いの健闘を祈り合っているのである。
「レイヴンとも打合せが必要よな。近いうちに、宿泊先を訪れるのじゃぞ」
「分かっているよ」
こうして、二人は別れた。槍の腕に自信があるライは、昂る気持ちを抑えながら決戦の準備へと頭をシフトする。
首都バレリアにある自宅へ向かう足は、自然と早くなるのだ。
彼には、モアナと同じく、スキュラには、一度、敗れた借りがある。
ライは、その借りを倍にして返してやると誓うのだった。
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