第70話 実りある雑談

マルシャルの官邸に国のトップというべき、二人が揃っていた。

ハウム・バーチャーとモンクス・アバンダ。


彼らはニックの提案による開国の件を先送りとするのだが、その件よりも自分たちが抱える重要案件について、話題を移す事にした。

それは、魔獣スキュラの討伐についてである。


そもそもレイヴンたちは、そのためにモアナにスカウトされたという形式で入国していたのだ。

だが、いくら倒すと意気込んでも、魔獣の情報がまったくないのであれば、対決しようもない。


ここで、代表してハウムが魔獣スキュラについての講釈を始めた。

スキュラが『海の神殿』の前に住み着いたのは、今から三年ほど前の話。

それは、前触れもなく、突然、現れたそうだ。


この魔獣が住み着いたおかげで、『海の神殿』を使って行われていた国家の祭儀のほとんどが中止となる。それほど、海の民と『海の神殿』の関係は、切っても切り離させないものだったのだ。


スキュラに対しては、取り急ぎ討伐隊が派遣されるも、あえなく返り討ちにあう。

すぐに二度目の討伐隊が編成されるのだが、その中にはモアナやライの姿があった。


魔獣を倒すのに本腰を入れたマルシャルは、自国にいる武道の達人たちを揃え、現在、考え得る最強精鋭部隊を結成したのである。

国の最高戦力をもってあたるため、今度こそ、その勝利を誰もが疑わなかったのだが、結果は周知のとおり敗戦の憂き目に合う。


事実上、海の民は魔獣スキュラに白旗を上げることになってしまった。

このままでは、国家の威信にかかわる。『海の神殿』の近くを船で航行することもできなくなった。


この状況を打破するために、意地も外聞も捨てた海の民は、国外に協力を求めることを考える。


ただ、中途半端な戦力では太刀打ちできないことは目に見えていた。そこで、剣の達人であるモアナの眼鏡に叶う人物を探すことにする。

こうして、彼女はマルシャルを旅立つのだった。


一度はイグナシア王国の貴族、ポートマス家の長男デュークが選ばれたのだが、彼の身には不幸が襲う。最終的にレイヴンたちが招かれることになり、今に至った。


「経緯は分かりましたが、実際、魔獣スキュラはどんな能力を持っているのでしょうか?」

「その質問には、私が答えるぞ」


ハウムに代わって、モアナが皆の前に立つ。確かに実際に戦ったことがある彼女の口から聞くのが一番であった。


「スキュラは、一言で言うと六つの首を持った猛犬じゃ」

「へぇー、そいつは六つ首なのか!」


頷くモアナだが、その表情は苦々し気である。戦闘時の記憶を掘り起こしているのが、あからさまに分かった。


「しかも、その首が自在に伸びてくるのじゃ」


魔獣の一噛みは、岩をも砕き、人であれば、2、3人同時に嚙み殺せるという。

数を用意しても意味がなく、その首一つと対等以上に渡り合える人物を揃える必要があるそうだ。


「じゃあ、前衛に6人必要なんじゃないか?」

「いや、前回は、それでやられておる。1対1に強い6人よりも、多対1に強い者の方が適しているのじゃ」


モアナたちが敗れた戦いでは、6人の一角が崩され、バランスが悪くなったところ、一気に魔獣に持っていかれたらしい。

その経験を踏まえると、レイヴンのスキルには期待できるとの事だった。


「お前に背中を預けるのは、癪じゃが、以上の安心感がある」


そこまで、認めてもらっているのであれば、やるしかない。

レイヴンは意気に感じるのだった。


「分かった。準備は、しっかりとさせてもらうが、その生意気な犬っころは、俺たちで仕留めようぜ」

「そうじゃな」


魔獣討伐の件は、残り決戦に向かう期日を決めて、終わる。

『海の神殿』へ赴くのは、今日から三日後の朝と決まった。


続いて、どうしても話しておかなければならないのは、『海の神殿』に入った後の件。

水の宝石アクアサファイア』が『アウル』に狙われているという事は、ハウムにはすでに話していた。

部屋に飛び込んで来たモンクスの様子からも、彼もある程度、知っていると見て間違いないだろう。


それならば、『水の宝石アクアサファイア』の保護をどうするのかを決めておきたいのだ。

できる事ならば、レイヴンに預けてほしいと思うが、モンクスの剣幕を考えると難しいかもしれない。


ただ、ミューズの危険性をお互い知っているだけに、何らかの手を打たなければならないことは、理解してもらえるはずだ。


「ここで、決めておきたいのは『水の宝石アクアサファイア』の管理です。折角、魔獣を倒しても秘宝が奪われては意味がない」

「君が奪う疑念を私は捨てていないのだがね」


モンクスが、ここで当初の話をぶり返す。いくらニックが違うと証言したところで、国家としては、それを確証とは言わないのだ。

もっと決定的な何かが欲しいと、退き下がらない。


ここで、レイヴンは天井を見上げた。後から、ミューズとの関係が知られると、開国の件まで、話がこじれるかもしれない。

正直に全てを話すと決めると、肩に乗る弟に確認を取った。


「クロウ、ここで全てを話すがいいか?」

「僕は兄さんの判断に全て任せるよ」


小声ながら、兄弟の意思疎通を図ると、レイヴンはミューズとの親子関係を話す。

そして、呪いにより弟が黒い鳥の姿に変えられてしまっている事も伝えた。


「母であるミューズを恨んでいる。そんな俺が、彼女の組織である『アウル』に手を貸すわけがない」


仲間内は知っている話だが、ハウムやモンクスは衝撃を受けている。クロウが実際に人語を語る事で、呪いという話も信用したようだ。


「この件は、砂漠の民ヘダン族、族長の娘、私、カーリィも保証します。彼は、『砂漠の神殿』の秘宝『炎の宝石フレイムルビー』を守るために尽力してくれました」


結局、ミューズに奪われてしまったが、その事実には変わりはない。

カーリィの身元を確かめるのには時間を要するが、そこまでの必要はないとハウムは判断した。

概ね、レイヴンたちの話を信用するのである。


「分かりました。レイヴンさん、あなたが『アウル』とは関係がないと認めましょう。『水の宝石アクアサファイア』を狙っているというのも保護目的であれば、納得できる。本当にあなたたちに託すかは、これからの事として、今言えるのは、保護に関して、あなた方の知見を参考にさせていただくという事です」


元首に、ここまで言わせれば、レイヴンの狙いは、ほぼ達成だ。

後は、魔獣スキュラを倒す事さえできれば、マルシャルでのミッションは完了しそうである。


「理解をいただいて、感謝します。俺たちは、これから魔獣討伐の準備に入ります」

「よろしくお願いします。あなた方の宿は、こちらで手配するので、今日のところは、休んでください」


モンクスに言わせれば、これはだったようだが、実りあるものになったのは間違いなかった。

『ネーレウス号』で頭を悩ませ考えていたことは、ほぼ出し尽くす。

レイヴンは、この成果にとりあえず満足するのだった。

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