第54話 海賊の襲撃

ダールドの港に海賊が現れたという緊急事態。

新領主は、早急に解決すべく軍を派遣するとともにレイヴンにも参加を要請する。


当のレイヴンは、行き場のない怒りを抱えており、珍しくやる気満々だった。

ただ、倒す敵の事は事前に知っておきたい。その海賊の情報を求めた。


「今、やって来ているのは、バルジャック兄弟の弟、ハイデン・バルジャックというならず者です」


「へぇー。そいつらは、有名なのかい?」

「はい。この近海では、最大勢力を誇っています。弟のハイデンは、毒を操るスキルを持っていて、相手を弱らせてから、止めを刺すのが得意な戦法です」


その説明を聞くだけで、相当、危険な人物だということが十分にわかる。正規軍だけではなく、レイヴンにも助けを求めたのは、それだけ手強い相手だという証拠だ。


そのハイデンの相手は、自分が務めるとして、毒対策について考える。即効性のものならアウトだが、戦い方を聞く限り、そうとは思えなかった。


金庫セーフ』の中にある『解毒薬アンチドーテ』を確認すると、在庫の数から、何とかなりそうだと算段がつく。最悪、教会で行われる『毒解ディタクサフィケーション』を使用すればいいと考えたレイヴンは、早速、暴れているという海賊の元へ向かうのだった。



「おい、金目の物と女だ。根こそぎ、持っていくぞ」


港では、すでに上陸した海賊たちが好き勝手に暴れていた。その数は、全員で二十名。

その中、今、大声を張り上げた者こそ、ハイデン・バルジャック、その人だった。


彼の指示の元、海賊たちは逃げ惑う観光客の金品を奪い、捕まえた女性を一箇所に集めている。

この成果に、一際、派手な重装備をしている男は、高笑いをした。


「ぐわっはっは。ここの兵士は、みんな弱ぇな」


ハイデンは槍を持つ兵を、一人ずつ掴んでは、自分のスキルを使用している。

毒に侵され、苦悶の表情を浮かべる兵士たちが、そこかしこの地面に転がっているのだった。


捕まれば、ハイデンのスキルの餌食となるため、迂闊に近づくことができない。かといって、弓兵で、遠くから矢を射かけても自慢の重装備に阻まれるのだ。

兵士たちの頭の中には、亡き次期当主の顔が思い浮かばれる。


『デュークさまがいらしたら、そのスキル『切断アンピュテーション』で、このような無法者、即座に退治しているものの』


しかし、今まで頼りとしていたデュークは、この世にはいないのだ。

残酷な現実を受け入れるしかない。


その事を察したハイデンの高笑いは止まらなかった。


「女にうつつを抜かしたデュークは、もういねぇ。あいつには、さんざん煮え湯を飲まされた。その借りを十倍にして返してやるぜ」


尊敬していた若き俊英を馬鹿にされるが、兵士たちには言い返すことができない。

悔しさに歯噛みするのが、関の山だった。逃げる観光客の保護を行っているが、一度、捕まった人々の奪還は難しい。


そう思っていた矢先、マークスの指示で送られて来た増援部隊が到着した。その中にレイヴンの姿もある。


「これは、派手にやられてるなぁ」


地面の上で、悶え苦しむ兵士たちにレイヴンは、近づくと順番に呪文をかけていった。


買うパーチャス


すると、体中の毒素が消えて、兵士たちは立ち上がる。どうやら、一般的な『解毒薬アンチドーテ』でも対応できる毒のようだ。


折角、減らした戦力を復活させる謎の男に海賊たちは、憤る。


「何だ、てめぇは?」


不用意にも二人の海賊がレイヴンに近づいて来たのだ。圧倒的に自分たちが有利だったことから、完全に舐めてかかっているのだろう。

相手の力量を知る前に、この油断した態度。レイヴンは、呆れかえるばかりだった。


返品リターン


呪文とともに、毒を受けて海賊が倒れる。ここで、やっと海賊たちは、身構えはじめた。


「今、何をした?お前も『猛毒ヴェノム』のスキルを使えるのか?」

「さてね。お前で試しみるか?」


ハイデンのスキルの恐ろしさは、十分、分かっている。部下の海賊たちは、レイヴンと距離をとって、近づこうとしなくなった。

ただ、ハイデンと大きく違うのは、その装備。あの薄着では、弓の攻撃を防げるとは思えない。


「てめぇら。一斉に射かけろ」

「へいっ」


ボスの指示に従って、弓に矢をつがえると黒髪緋眼くろかみひのめの青年に照準を合わせた。合図とともに、斉射する。

だが、レイヴンは慌てることなく、自分の周囲に壁を作って、矢を全て防いだ。


そして、すかさず矢で受けた壁のダメージを返す。

これで海賊の人数が、あっという間に半数以下にまで減るのだ。


「お前は・・・何者だ?」


ハイデンが予想外の難敵に対して、歯軋りをしながら睨みつける。おっさんの熱い視線など、蚊の喰うほどにも感じないのだが、レイヴンは考え込んだ。


素直に名前を告げることに躊躇いを覚えたのである。

もし、名前を教えて、ポートマス家の屋敷で言われた、恥ずかしい二つ名を叫ばれたら、この場から逃げ出したくなると思ったからだ。


しかし、そんなレイヴンの抵抗は、無惨にも砕け散る。


「この方は、レイヴン。ラゴス王の『黒い翼ブラック・ウイング』です」


振り返ると、遅れてやって来たマークスがいるのだ。その隣にはカーリィとメラもいて、ポートマス家の若き当主の発言に目を大きくしている。


次にレイヴンの顔を覗き込むのだが、勘弁してほしかった。

別に自分から、名乗った通り名ではない。


「『黒い翼ブラック・ウイング』だとぉ」


『なぜ、そちらで覚える?』


段々、レイヴンは、やけくそ気味になってきた。


ハイデンは、この気に入らない異名を聞いたことがあるのか分からないが、強敵だということを改めて認識した様子。

まともに対決するのは得策ではなく、撤退する作戦に切り替えたようだ。


「おい、人質の命がどうなってもいいのか?」


一塊に集めていた女性たちを人質にして、この場を切り抜けようとするのである。

ところが・・・


「どうなっても?お前の方こそ、どうやって手を出すつもりだ」


レイヴンが自信をもって見つめる先には、大きな石造りの四角い建造物があった。

そこは、先ほどまで女性たちが身を寄せ合っていた場所である。

レイヴンは、女性たちの周囲に頑強な壁を設置し、海賊たちが手出しできないようにしたのだ。


「一箇所に集めたのは、失敗だったな」

「くそっ」


もはや、ハイデンには、ここで雌雄を決するしかないと思われた時、血相を変えたレイモンドが港にやって来た。


「マークスさま・・・申し訳ございません。モアナさまとアンナさまが、何者かに連れ去られてしまいました」

「何だって!」


このタイミングで拉致されたという事は、目の前の敵は、ただの陽動か?

それにしては、ハイデンは本気で焦っているようにも見える。連動した作戦とは、考えにくかった。


敵の事情は読めないが、連れ去られたアンナとモアナの身が心配なことは間違いない。

捕らえられていた人質も奪還したため、海賊が逃げるというのであれば、放っておくことにした。


ハイデンたちが、港から完全にいなくなるのを確認すると、レイヴンはすぐにポートマス家の屋敷に戻ることにする。

マークスの要請に従って、海賊を撃退したまではいいが、アンナとモアナが連れさられたのでは、割に合わないのだ。


『二人を連れ去ったというよりは、狙いはモアナか?』


この地に縁もゆかりもないアンナよりも、そちらの線の方が可能性は高い。

いずれにせよ、今のレイヴンたちは、その連れ去った相手からのリアクションを待つか、それとも海賊だと確定したのならば、そのアジトに乗り込むしかないようだ。


マークスの表情が青ざめているのは、兄のデュークが捕まった状況を思い出したのだろう。

しかし、レイヴンには、大人しくアンナやモアナの命を、相手にくれてやるつもりは、微塵もない。


とにかく、今は、屋敷に戻って情報だけでも整理することにするのだった。

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