第53話 ポートマス家の死の真相

ダールドの領主、ポートマス家の屋敷の離れは、広い中庭の奥にあった。


その離れの手前、色彩鮮やかな花たちに囲まれて、一人の女性が佇んでいる。

幾つかの花を摘んでは、香りを楽しんでいるようだ。


「モアナさん」


マークスの呼び掛けに応じた彼女は、笑顔を上げたが、一瞬で警戒の色に変わる。

声の主とは別に、初めて見かける人間の顔が、そこにはあったからだ。


「そんな怖がらなくても大丈夫。この人はレイヴンさんと言って、私の友人です」


友人とは、また、思い切った事をマークスは言ったものである。ただ、思いの外、モアナが怯えているようなので、相手を落ち着かせるためには、これ以上ない方便だと思われた。

こんな機転も利くのだと、レイヴンはダールドの領主を評価する。


「初めまして、モアナさん。マークス卿の友人のレイヴンという者です。そして、こちらは私の仲間、カーリィ、メラ、アンナの三人です」


おそらく年齢的には、カーリィが一番、近いかもしれない。

同姓を紹介することで、場を和ませようとするが、一気に人が増えすぎ、却ってモアナは戸惑いを感じている様子。

失敗かと思われた時、カーリィが距離を縮めて話し始める。


「綺麗な花ね。何ていう名前かしら?」

「・・・えっ・・・これは・・・」


モアナは言葉を詰まらせるも、先ほどよりも表情はやや和らいでいるように見えた。そこにメラとアンナも加わり、女性だけの輪ができ上る。


「ロ・・・ローズマリーですね」


モアナが薄紫色の花をさして答えた。ダネス砂漠では、咲かない花であったため、単純に気になって聞いただけだと、後になってカーリィは話していたが、この行動が功を奏したようである。


まだ、ぎこちないが彼女の顔に笑顔が灯ったのだ。

そんなモアナの様子にマークスは驚いた顔をする。


「どうしたのですか?」

「いえ、ここに来たときは、花の名前なんか、何一つ憶えていなかったのに・・・」


それは、確かに驚くはずだ。何かの拍子に歯車がかみ合い、彼女の中の時計の針が進み始める。


レイヴンは、そんな淡い期待を持つのだった。

そこに、先ほど、案内してくれた執事が、慌てた様子でやって来る。


「どうしたんだい、レイモンド」

「今、港に・・・」


とまで言ってから、急に小声となり、レイモンドと呼ばれた執事は主に顔を近づけ、そっと耳打ちをした。


その態度に、レイヴンには聞かせたくない内容なのかと思ったが、どうやら、別の理由があったらしい。

マークスは、相談があると言って、レイヴンに対しても本館までの同行を求めた。


仲間のカーリィたちもついて来ようとするが、そこはレイヴンが止める。

このまま庭園に残って、モアナの相手をお願いしたのだ。


折角、彼女が心を開き始めたのである。この機会を逃す手はない。

港にどのような問題が発生したのか分からないが、必要があればレイヴン一人で対処するつもりだった。


初めに面会した部屋に戻ると、マークスとレイモンドが頭を下げて助力を懇願する。

事情を掴めないレイヴンは、まずは説明を求めた。


「今、ダールドの港に海賊が現れています。これから、軍を派遣して当たろうと思うのですが、ぜひ、レイヴンさんにも力添えをお願いしたいのです」

「俺なんかが役に立つのかい?」


多少、謙遜も混じっているが、まだダールドには命を賭けるだけの親しみはない。

しかも相手の事もよく分からないでは、簡単には返答はできなかった。

すると、マークスが童顔に似つかわしくない苦渋の表情となる。


「奴らは、非常に手強い。・・・そして、兄の仇でもあるのです」

「マークスさま・・・」


肩を落とすマークスの背中にレイモンドが手を触れた。彼にとって、辛い話だというのは十分わかる。

しかし、マークスの兄が海賊に殺されたというのは、初耳だった。

その事情を主人に代わって、レイモンドが説明する。


「マークスさまの兄上、デュークさまとモアナさまは、実は婚約者だったのです」

「えっ」


次々と予想もしていない話が舞い込んでくるのに、レイヴンの頭は情報過多になりそうだった。

実は、驚いたのはクロウも同じで、レイヴンと同時に声を上げていたのだが、それには気づかれなかったようである。


「もうご存知だと思いますが、モアナさまは海の民の娘。しかも今の元首の一人娘でございました」

「なるほどね。・・・たが、気になるのは、どこに二人の接点があったのでしょうか?」


もう何を聞いても驚かないようにしたレイヴンは、単純な疑問を投げかけた。海の民は鎖国状態で、本来であれば、知り合う事すら難しいはず。

その質問には、気持ちを落ち着けたマークスが答える。


「海の民は、確かに鎖国中です。・・・ですが、彼らが守る『海の神殿』にあるトラブルを抱えてしまって、モアナさんは他国に救援を求めてやって来たのです」

「トラブルっていうのは?」

「なんでも凶悪な魔獣が住み着いてしまったようです」


マークスの言葉の中に出てきた『魔獣』。ラゴス王がレイヴンに注意しろと教えてくれたワードが、ここで出てきた。

自然と身を構えて、話を聞くようになる。


「それで、デュークさんが助っ人に志願した?」

「父と私は反対しました。兄は次期領主として民に責任がある立場です。こう言っては、申し訳ないのですが、他国のために命をかける必要はないと・・・」


だが、この言い方だと結局、反対を押し切って、デュークは魔獣を倒すため手を貸す事にしたのだと、容易に想像ができた。

ここまでの話の流れは理解ができる。ただ、そこにどうして海賊が仇となるのかが分からなかった。


「実は兄とモアナさんが、魔獣を倒すために海の民の国マルシャルに向かう途中、運悪く海賊の艦隊に捕まってしまったのです」

「それが、今、港に来ているという奴らという訳ですか?」


マークスは、その通りと頷く。これで、やっと海賊が仇だという話がつながった。

モアナが砂浜に流れ着いたという事実と総合して考えると、もしかしたら、彼女、一人を何とか逃がしたデュークだったが、そこで力尽きて亡くなってしまったというシナリオがレイヴンの頭の中に浮かぶ。


「我々も兄を救うために軍を派遣したのですが、結局、無理でした。気に病んだ父が病に臥せってしまい、その後は、あっという間に・・・・」


その話が事実ならば、聞いていたポートマス家の不幸と、真相は順序が違うようだ。兄は海賊の凶刃に斃れ、父親の死は病によるもの。


王都で掴んでいる情報は、どこかで事実がねじ曲がってしまっているみたいだ。

領主と次期領主の死の順番が逆なのはいいとして、これでは、マークスをおとしめるような噂が出る意味が分からない。


「結局、私は海賊から兄を救うことができなかった。当家は辺境伯の地位にあり、地域の民衆に武を示さなければなりません」

「デュークさんの死で、支持を失った?」

「そこまでではありませんが、やはり、世の中、揶揄される方はいるようで・・・」


ポートマス家は金持ちということもあって、やっかみを受けたり、風当たりが強い事が多いのだろう。

また、こういう悪い噂の方が世間に広まるのが早いことが多い。

レイヴンは、マークスにまつわる不評の理由がなんとなく分かった。


「人助けとはいえ、自国とは関係のない話。貴族としての勤め果たすことができなかったデュークさまの件、国王巡察使たるレイヴンさまにお伝えするのは、私は反対したのですが、マークスさまが構わないと仰いまして・・・」


確かにこの件が王都に伝われば、ポートマス家に何か咎が下されるかもしれない。

デュークは、優先順位を間違えたのだ。


しかし、・・・


「それなら、安心してくれ。俺は国王巡察使なんて柄じゃない。ラゴスには、伝えないよ」


役目という立場から、使い慣れない言葉を使っていたが、もうこの際、レイヴンは堅苦しいことは止めにした。

国王を呼び捨てにする豹変ぶりに、マークスもレイモンドも、さぞ引いただろうと思ったが、逆に熱い視線に変わる。


「やはり、あなたはラゴス王のご友人であるレイヴンさまだったのですね」


あたかも希望を見出したかのようにマークスが、にじり寄りレイヴンの手を掴んだ。

相手の自分を見る目が思っていた方向とは、真逆に変わったようである。


「この地にラゴス王の『黒い翼ブラック・ウイング』が、来て下さったのは、まさに僥倖です」

「えっ・・・何?」


何か今、もの凄く恥ずかしい二つ名を言われたような・・・

レイヴンは、自分の耳を疑った。


「えーと、・・・『黒い翼ブラック・ウイング』って、言ったのかな?」

「そうです。かつてラゴス王の剣となり、王位継承に尽力され、最近では王宮の乱れも糾した、あなたの異名にうってつけかと」


確かに全部、関係しているが、それにしても『黒い翼ブラック・ウイング』とは、何というダサいネーミングだろうか。


「一体、誰が、そんなの言い出しているんだ?」

「さぁ・・。そこまでは、分かりかねますが・・・」


高揚するマークスと対照的に、落ち込むレイヴン。

今まで受けた、どんな攻撃よりも精神的なダメージは大きかった。


『あの野郎、知っていて予防線を張りやがったな・・・帰ったら、とっちめてやる』


まさか、こんなところで、こんな恥ずかしい目に合わされるとは思ってもいない。

レイヴンは、ふつふつとやり場のない怒りが込み上げてくるのだった。

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