第44話 限界比べ

黒髪緋眼くろかみひのめの青年と対峙する長髪の男。

前髪を両手でかき上げた本人は、ニヒルに笑っているつもりのようだが、どうもクールには見えなかった。


容姿自体は、そんなに悪くないように思えるのだが、何とも不思議な話である。

そんなランドは、レイヴンに対して、ある事を念押しした。


「何でも吸収できるって言ったけど、君がサンドウォームを葬ったように、水をかけるのだけは止めてくれよ」

「なるほど。・・・その時点から、俺たちはお前らに捕捉されていたんだな」


レイヴンがサンドウォームと闘ったのは、ダネス砂漠の『光の道ライトロード』を外れた初日。

そう振り返ると、おそらくダネス砂漠に入る地点から、『アウル』に尾行されていた可能性が高い。


こんな長い期間、つけられていて気づかないのは完全に落ち度だ。素直に反省すべきところだと捉える。

やや考え込んでしまったレイヴンをロイドは、鼻で笑った。


「ふっ、まぁ、僕は水も滴るいい男だけどね」

「・・・いや、それじゃあ、もっといい物をお前にやるよ」


敢えてロイドの自慢話を流したレイヴンは、『金庫セーフ』の中から金貨を1枚取り出す。

それは確かに水より価値があるかもしれないが、その金貨をどうしようというのか?


ロイドが眉をひそめていると、レイヴンは親指で手にしていた硬貨を弾く。

弧を描いて宙を飛んだ金貨は、そのままロイドの体に当たって、簡単に吸収された。


「まさか、君、金貨を僕にくれるのかい?そんな事をして、何の意味があるっていうのさ」

「折角の俺からのプレゼントだ。とりあえず、受けっとってくれよ」


そう言うとレイヴンは、ロイドの頭の上に、金貨のシャワーを浴びさせる。

床に落ちることなく、全てを吸収するロイドは、ニンマリと微笑んだ。


「どういうつもりか知らないけど、君、このままじゃあ破産するよ」

「破産ねぇ・・・一度、そいつを体験してみたかったんだ」

「随分と強がりを言うもんだ。まぁいいさ、財産が底をついてから、悲嘆にくれる君をゆっくりと吸収してあげる」


余裕の表情のロイドだが、それはレイヴンも同じ。お互い、自分の能力の限界を知らないからこその強気であった。


しばらく、黄金の滝を浴びる長髪の男という奇妙な光景が続くのだが、その中ふと、ある音が『砂漠の神殿』の中で聞こえた。


『チャリン』


初め、空耳かと思っていたロイドは、自分の足元に金貨が転がるのを見て驚愕する。

そして、その転がる金貨の量が、2枚、3枚と次第に増え始めたのだ。


床に散らばる金貨が、ロイドのくるぶしの高さになると、ロイドの顔に汗が滲み、それがさらに膝にまで達すると、悲鳴に近い声を出す。


「き、君!いくらお金を持っているんだ?・・・こんなの無茶苦茶だ」


もうすでに何枚の金貨を吸収したのか分からないが、足元にある数だけでも1万枚以上はありそうだ。

体内に入っている枚数を想像すると、ゾッとする。


「まだまだ、俺が破産するには程遠いみたいだぜ」

「・・・そんな、馬鹿な話・・・あるかぁ」


その言葉の後に、黄金のかさはロイドの肩まで達し、ついに長髪男は山の中に埋もれるのだった。

それでもレイヴンは、容赦なく金貨を降らせ続けると、その黄金色の山が噴火する。


吸収していた硬貨をロイドが、全て吐き出したようだ。

大量というには、あまりにも多い数の金貨が宙を舞う。


人に当たれば危険というレベルのため、すかさずレイヴンは『金庫セーフ』の中に回収した。

床の上には白目で泡を吹くロイドが横たわっている。


これでは、水も滴るいい男も形無しだ。

それを見ていたウォルトは舌打ちし、パメラも苛立ちの表情をみせる。

一つのバトルの決着がついただけなのだが、これで『アウル』側が一気に不利となったのだ。


「それじゃあ、サラマンドラの兄貴、やっちゃって下さい」

「ふん、まぁ恩人の言う事だ。今回は聞いてやろう」


今まで静観していた大精霊が、レイヴンに促されて人化した姿で現れると、ウォルト、パメラは、一旦、距離を取る。


本当は、大精霊とやり合う事になっても、その攻撃はロイドに防いでもらおうと目論んでいたのだ。それがあてにならないのは大誤算である。


このコンビの作戦参謀はパメラの役目なのだが、彼女が必死に考えるも打開策は見つからなかった。

そもそもカーリィの存命とロイドの敗北。二つの計算違いを挽回しろというのは、無茶に等しかった。


「それじゃあ、黒焦げになってもらおうか」


サラマンドラの右手に炎が宿ると、『アウル』の二人に投げつける。


旋風ワールウィンド


パメラのスキルで、何とか炎を逸らして直撃だけは避けた。しかし、自身で起こした風が熱風となって返って来る。

それでパメラは左手を火傷で負傷してしまうのだ。


「くっ・・・」


大精霊の攻撃を受けて、その程度で済んでいるのは僥倖の部類に入るのだが、そんな事は彼女にとって慰めにもならない。

脳裏には、「撤退」の二文字が浮かんだ。

ただ、相手の面子を考えた場合、それすら簡単な事ではない。


考えがまとまらないパメラに対して、野生の勘が働くウォルトは、賭けに出るしかないとパメラに持ちかけた。

一か八か『炎の宝石フレイムルビー』の奪取を試み、最悪、どちらか一人だけでも宝石を持って逃げると言うのだが、その作戦には賛同できない。


そこそも『炎の宝石フレイムルビー』を盗み取ること自体が、今となっては至難の技なのだ。ウォルトのアイディアは、成功する可能性が1%もない。


「じゃあ、どうする?」

「今、それを考えているわ」


二人が揉めている間、サラマンドラの第二波が襲ってきた。

前回同様に『旋風ワールウインド』で、炎自体は逸らすことができるのだが、熱を伝導した風だけは防ぐことができない。

思わず目を瞑ったパメラの前に、ウォルトが立ち、まともに熱風を受け止めた。


「な、何をしているの!」

「俺の体なら、問題ない。・・・俺がお前を守る。・・・その間に、何か作戦を考えてくれ」


仲間の献身に高揚するパメラだが、考えれば考えるほど、いい案は浮かばない。

頭がいいだけに、状況の不利を正しく理解しているのだ。


パメラには、打つ手がないと思われた時、『砂漠の神殿』の中にいる者、全員が強烈なプレッシャーを感じて動きが止まる。


何事が起きているのか?と考えていると、空間の一部に歪みが生じた。

その歪みは、やがて大きな口となり、そこから人が現れたのである。


その人物を見たレイヴンが、驚くとともに唸り声をあげた。

そして、絞り出すように名前を叫ぶ。


「お、お前はミューズ・キテラ!」


そこには、真っ黒なドレスに肩まで伸びた黒髪の女性が、凛と立っているのだった。

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