第45話 黒き魔女の降臨

突如、現れた全身黒い衣装に、長く伸びた艶やかな黒髪を持つ女性に、否が応でも注目が集まる。

彼女は、ただ、その場に立っているだけで、強い存在感を示していた。


レイヴンが、絞り出すような声で発した名前はミューズ・キテラ。

確かイグナシア王国首都ロドスのスラム街での戦闘の際、灰色のフードを被っていたビルメスに、その名前を尋ねていたとカーリィは記憶していた。


この女性こそが、レイヴンが探し求めていた人物だと、改めて見つめ直す。

そこで、気がついたのはレイヴンと同じ緋色ひいろの瞳をしている事。


『黒髪まで一緒なのは、ただの偶然かしら?』


そんな事を考えていると、仲間の中で動きがあった。レイヴンがミューズに飛びかかろうとしたのである。


「てめぇ、よくも」


しかし、ミューズが手を上げると、レイヴンの体勢が崩れて床に倒れてしまった。それはバランスを崩してそうなったというよりも、身動きを封じられているようだった。


「あなた、少しは落ち着きさない」


静かな口調で、まるで諭すようにレイヴンに話しかける。言葉の節々に二人の距離感が近いように感じたのはカーリィだけではなかった。


「くっ」

「忘れたの?私のスキルは『支配ドミネーション』よ」


ミューズのスキルは文字通り、その場を支配する能力。カーリィが気づいた時には、自分以外の仲間全員に、困惑の表情が浮かんでいるのだ。

それは、あの大精霊サラマンドラでさえ、同様である。


『まさか、全員、動けないの?』


カーリィ一人だけが左右を見回して、様子を探っているのにミューズは、目を細めた。


「なるほど、さすがは『無効インバルド』のスキルホルダー。私の空間支配に抗うとは、見事ですね」

「それは、つまり・・・私以外は、みんな動けないってことかしら?」

「ええ、その通りよ」


見るとウォルトやパメラは、制約を受けていない様子。ミューズは敵対する者だけ指定して、スキルを使っているようだ。


この場で、動けるのが自分一人と分かるとカーリィは気合を入れ直す。

ウォルトやパメラは、サラマンドラの熱波を受けて、動きが万全ではないはずだ。となれば、ミューズを捕らえることさせ出来れば、何とかなるはず。


カーリィは黒髪の女性に向けて、白い紐を飛ばした。ところが、その紐は1メートルくらい先の床に力なく落ちる。

ここまで紐が自分の意思通りに動かないのは、初めてのことで、カーリィは当惑した。


「どうやら、私の『支配ドミネーション』の中で『無効インバルド』が有効なのは、あなたの自身の体だけみたいね」

「だったら、私が直接、あなたに触れればいいだけよ」


セルリアンブルーの瞳に強い意志を乗せて、一歩、踏み出したところ、ウォルトが立ちはだかる。


「身体強化系の俺のスキル。紐が使えない、あんたに捕らえきれるかな?」


そう言うと狼男ウェアウルフの爪が、容赦なくカーリィの柔肌を切り裂いた。

致命傷を与えられないのは、ウォルト自身が傷を負っているせいと、それほど深く踏み込んだ場合、彼女の手に捕まる可能性があったからである。


それでも、効果は十分だった。

カーリィがミューズに近づくことが出来なくなる。


「あの歪み、長く維持すると能力者が疲れちゃうみたいなの。じゃあ、『炎の宝石フレイムルビー』をいただいて、おいとまさせていただくわね」


誰も手が出せなくなると悠然とミューズは、台座に向かって歩き始めた。

悔しいが、黙って見ているしかない。

そして、ミューズが『炎の宝石フレイムルビー』を手に取った瞬間、クロウが初めて声を上げた。


「・・・お母さん、どうして?」


衝撃の発言にウォルトやパメラも含む一堂が驚く。但し、これで似た容姿を持つミューズとレイヴンの関係と、二人の不思議な距離感の理由が分かった。

その母親の仕打ちにレイヴンは、悔しさで床に顔を伏せる。一人だけ冷静なミューズが、ニコリと微笑んだ。


「私のところまで、辿り着くことが出来たら、教えてあげるわ。・・・私の可愛いぼうや」


赤い宝石を抱えた彼女は、空間に口を開けている歪みに向かって歩き始める。

それにウォルトやパメラも続いた。


「弟を・・・クロウを元の姿に戻せ!」


うっすらと涙を滲ませたレイヴンの叫びにミューズの足が止まる。

そこで見せた表情は、冷徹でいながら、どこか切ない影があった。


真意を読み取れないレイヴンは、返答がないことに、再び顔を伏せる。

そんな折、空間にある歪みから、幼女の顔がひょっこり出てきた。


「ミューズさま、間もなく限界が近づきます。お急ぎください」

「分かったわ、マァルちゃん。・・・それじゃあ、皆さん、ごきげんよう」


ミューズが歪みに足を踏み入れようとした瞬間、レイヴンがあることを想い出し、カーリィに向かって、大声で叫ぶ。


「俺に『同期シンクロナス』をかけろ」


言われた瞬間に試みるが、上手くいかなかった。反射的にカーリィはレイヴンの元へと駆け寄り、黒髪緋眼くろかみひのめの青年の体に触れる。

すると、レイヴンが動けるようになるのだった。


どうやら、ミューズの支配空間の中では、カーリィが直接触れないと『同期シンクロナス』も機能しないらしい。

しかし、レイヴンとカーリィが手を取り合って、ミューズに迫るものの一足遅く、空間が閉じてしまった。


「くそっ!」


珍しく感情を爆発させて、床を叩くレイヴン。その後ろ姿に、カーリィは声をかける事ができないのだった。


アウル』のメンバーがいなくなり、静まり返った『砂漠の神殿』の中、まず口を開いたのは、サラマンドラだった。


「我がいながら、『炎の宝石フレイムルビー』を奪われるとは、何たる失態か・・・」

「いや、手も足も出なかったのは、全員同じだ。」


多少、落ち着きを取り戻しレイヴンが、冷静に振り返る。その言葉には、悔しいが皆、頷くしかなかった。


「これで『風の宝石ブリーズエメラルド』に続いて、二つ目。あいつらの狙いは、一体、何なんだ?」


神殿に眠る秘宝を、ただ集めて飾るだけとは思えない。必ず、そこには目的が隠されているはずなのだ。


「ふむ。『風の宝石ブリーズエメラルド』も奪われておるのか・・・もしや」


サラマンドラは、何かに気づいた様子。さすがは千年以上の時を過ごす大精霊さまだ。

皆、続く言葉を待つ。


「あ奴ら、おそらく『奇跡の宝石ホープダイヤモンド』を合成しようとしているのだろう」

「『奇跡の宝石ホープダイヤモンド』?」


初めて聞く言葉に、一堂、オウム返しのようにその名を繰り返した。

その宝石は、どのような恩恵をもたらすというのか?


「『奇跡の宝石ホープダイヤモンド』は、他の『水の宝石アクアサファイア』、『地の宝石アーストパーズ』を4つ揃えて合成することで、出来上がる大秘宝。・・・その力は恒久的にエネルギーを生み出すことができる」


そもそも秘宝1つに、それぞれ大精霊の霊力が込められているとすれば、それが4つも揃えば、どのような力となるか、想像に難くない。

サラマンドラの説明には、十分、納得が出来た。


そして、何に利用しようというのか分からないが、『アウル』に『奇跡の宝石ホープダイヤモン』を渡してはならない事は、言わずもがなである。

レイヴンは、先ほど会った母親の野望を打ち砕くため、彼女らの秘宝集めを、絶対に阻止してみせると誓うのだった。

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