第10話 クロウの秘密

レイヴンは一方的に拘束を免除させて王城を出ると、真っ先に冒険者ギルドへと向かった。

トーマスに本日の宮廷裁判のあらましを伝えて、次回の出廷の件を話さなければならない。


また、それとは別に確認しなければならないことが、山ほどあるのだ。

冒険者ギルドに到着すると、レイヴンが無事帰還したことに沸き、手荒い祝福を受ける。


「痛ってーよ。お前ら、いい加減にしろ」

騒ぐ冒険者たちを押しのけると、今度はフリルとエイミがレイヴンの前に立った。


「よう!」

手を軽く上げて挨拶するレイヴンに甘い香りが襲う。不意にフリルが抱きついて来たのだ。


「もう、心配しましたよ」

「すぐ戻るって言っただろ」


とは言いつつも、実際、冒険者ギルドに戻って来たのは、連れていかれて四日目の事である。

確かに待っている方は、ヤキモキしたはずだ。

正直、独房で三日間も待たされたのは、計算外であったことは認める。


「まぁ、ちょっと遅くなったかな?その点は謝るよ」

「無事に帰ってくだされば、それで十分です」


フリルとの会話の後、クロウが飛んできて相棒との挨拶を交わした。

その先にいるエイミにレイヴンは頭を下げる。


「クロウのこと、ありがとうございました」

「それぐらいお安い御用だわ。・・・それより、トーマス卿と話をしたいのでしょ?」


レイヴンの行動をエイミは、何でもお見通しだ。まるで優秀な秘書のようであり、話が早くて助かる。

ギルドの受付嬢にしておくのは勿体ないが、レイヴンが雇って金貸しの受付をさせるのは、もっと勿体ない。


結局、彼女にはこの職場が合っているのかと、レイヴンは結論付けた。

エイミに案内されて、トーマスに宛がわれた部屋へと向かったのだが、そこで彼女から注意を受ける。


「体力は、かなり回復してきているようだけど、あまり、長話は控えてね」

「分かりました」


扉をノックすると、部屋の主からの入室許可が下りた。

レイヴンはクロウを肩に乗せたまま、トーマスのいる部屋へと足を踏み入れる。


そこには、訪ねられることをまるで予期していたかのように、寝台の上に腰を下ろした状態のトーマスが待ち構えていた。


「トーマス卿に聞きたいことがあります」

「いや、その前に、まずお礼をさせてくれ。暴漢から娘と私を守り、こんな安全な場所の提供。言葉では言い表せないほど、感謝している」


本題に入る前にトーマスが深々と頭を下げる。だが、レイヴンも単なる善意で助けた訳ではないと、頭をかいた。


「必要な情報を得るために助けました。俺の行動は、打算があっての事です。そこまで感謝する必要はありません」

「誰だって、何かしらの思惑は持っている。逆に無償で手助けしますという輩を、私は容易く信用しないよ」

「それは、俺も同感ですね」


二人の間に笑いが起きる。多少は、打ち解けた空気が流れた。

ここで、いよいよレイヴンは、本題に迫る。


「トーマス卿が王城を追われた経緯をお話いただいてもよろしいですか?」

「分かった。君が望むこと、私が知る全てをお話しよう」


トーマスは、ゆっくりとこれまでの経緯を話し始めた。

ダバンは、元々、トーマスの部下で副内務卿を務めていたとの事。


ただ、彼は地方とはいえ立派に領地を持つ伯爵家の出で、宮廷貴族のトーマスの風下につくことを毛嫌いしていたらしい。

そんな間柄、日頃から上手くやっていける訳もなく、何かにつけては揉めていたそうだ。


それでも何とか乗り切って来られたのは、トーマスもダバンもそれぞれが優秀な部類に入る政治家だったのが幸いする。内政に関しては、誤った判断を下すことがなかったのだ。


そう聞くと、かなり危なっかしい治世だったのだとレイヴンは思うのだが、そう感じなかったのは、ラゴスの王としてのカリスマ性が高かったせいだと、トーマスが説明する。

内政のトップ二人の険悪ムードを、それ以上他の者に広がらなかったのは、王に対する忠誠心からなのだそうだ。


『ラゴスの奴も意外とやるもんだな』


今頃、くしゃみをしているかもしれないが、レイヴンは内心でイグナシア王国の国王を褒めるのだった。


だが、二人は決定的な方針の違いを持っており、それが元で修復できない亀裂が入る。

それは奴隷制度への考え方の違いだ。


ダバンは、積極的に奴隷を増やし労働力を確保しようとするのだが、トーマスは犯罪奴隷はともかく、金銭的な理由で奴隷に身を落とすことがないよう政策で救うべきだと唱える。


そして、トーマスの耳には、とある情報が入り込むのだ。

それはダバンが奴隷商人に奴隷を売るため、人攫ひとさらいをしているというのである。


奴隷商人は国も認めている一つの商業システムだが、人攫ひとさらいとなると話は別。

これは、黙って見過ごす事が出来ない案件である。

トーマスは証拠を得るためにダバンに探りを入れたのだった。


「それで、何か見つかったんですか?」

レイヴンの質問に、悔しさをにじませながらトーマスは首を振る。


「決定的な物証を掴む前に私はダバンから、呪いをかけられたのさ。・・・さらに、お前の娘にも同じ目を合わせると脅されてね・・・」


顔を伏せたトーマスを見て、この後の事情を悟る。フリルに害が及ぶ前に自ら、王城を去り、スラム街に移り住むことになったのだろう。


「政治思想より、娘をとった情けない男という訳だ」

「まぁ、考え方は人ぞれぞれでしょうね。身を粉にして国のために働くのも、家族を大切にするのも、その人の自由でしょう」


ただ、だとすると執拗にダバンがトーマスを狙う理由がレイヴンには分からない。

目障りな男が王城から消えたのだ。それで、ダバンの目的は達成されたはずである。


まだ、トーマスは何かを隠しているのはないかと思われた。

全てを話すと言いながら、さすがは、海千山千の元政治家といったところか・・・


仕方なくレイヴンは、こちらも手札を見せることにした。

誠意を見せなければ、相手は動かないと踏んだのである。


「それじゃあ、俺がトーマス卿を助ける理由を話します。」

「興味深いね。ぜひ、教えてくれ」

「それは、ずばりトーマス卿にかけられた呪いと関係します」


予想外の回答だが、目の前の男が、ただの趣味嗜好で呪いに興味を持つとは思えない。

トーマスは、いかなる理由か、ますます興味を持つ。


すると、レイヴンはおもむろに肩に乗せている黒い鳥に話しかけた。

見た目、軽い打合せをしているように見えるから、不思議な光景である。

但し、この時のトーマスの感想は、あながち的外れではなかったのだ。


「僕、話していいの?」

「ああ、頼む」


黒い鳥が突然、人の言葉を放つ。それを、目の当たりにしたトーマスは、度肝を抜かされるのだった。

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