第9話 ダバンの協力者
イグナシア王国の王城の西側にある邸宅。その主人は、大いに荒れていた。
自分の思い通りに事がいかず、その邪魔をした人物を思い出すたびに、
「あのレイヴンという男は、一体、何者なのだ」
屋敷に帰って来るなり、ダバンは予定を狂わせた元凶、
すると、物陰から灰色のフードを被った男が、音もなく現れ、ダバンの問いに答える。
「ラゴス王が庶子ながら、王位権争奪レースの勝者となったのは、ひとえにあの男のおかげだと、もっぱらの話だ」
「ん?ビルメスおったのか」
自室に自分以外の者がいたことに驚くダバンであったが、別にビルメスと呼んだ男を咎めるでも、追い出そうともしなかった。
このフード男の素性をダバンは詳しく知らないが、腕のいい呪術師であることは間違いない。
これまで、現内務卿が目障りと感じた政敵に対して、次々とその呪いの餌食とし、失脚させてきた。
ダバンのイグナシア王国宮廷内における躍進は、この男抜きでは語れないのである。
つまり、この男とダバンは、すでに一蓮托生を決め込んだ、離れることが出来ない仲なのだ。
得体は知れないが、その力と知識は信用している。
先ほどのビルメスの説明で、昼間、王城で起きた出来事にダバンは得心がいった。
大国イグナシア王国の国王に対して、あそこまで図々しい態度を取れるのは並大抵の事ではない。
それが相手が、王位を得る際の協力者であったのなら、少しは理解が出来るというものだ。
「噂では、ラゴス王の貸しは、国庫を三回、空にしても足りないほどらしい」
「それほどか!」
それにしても、そのような貸しなど踏み倒せばいいものを・・・
武闘派で鳴らしたラゴスも大したことがないと、ダバンは見くびる。
あんな二十歳そこそこの若造の舐めた態度を許す姿に、そう思わずにはいられなかった。
ただ、ダバンもレイヴンのことを、面倒な相手だという認識は強く持つ。
それがよりにもよって、トーマス側につくとは・・・
しかも、次回、当のトーマスが召し出されるというのであれば、悠長にはしてはいられないのだ。
「あの若造は、もういい。それより、今はトーマスの方を何とかしなければならん」
「だが、そのトーマス。今は冒険者ギルドに匿われている。こちら側から、迂闊には手を出すことはできないぞ」
ビルメスの言う通り。荒くれ者が揃う冒険者ギルドに対して、力攻めは不可能。
だからと言って、レイヴンの時のように国家権力を使っても、藪蛇となること間違いない。
なかなかいいアイディアは浮かばないのだ。
「また、同じ呪いをかけることはできぬか?」
ふと、思い出したようにビルメスに確認をとったが、呆れた顔とともに出来ない理由が返って来た。
「簡単に言うな。あの呪いは、百人の生贄があって、やっと成立するのだ。いかにお主とは言え、急に百人の奴隷を集めるのは無理であろう」
それはビルメスの指摘通りである。トーマスに呪いをかけるために、どれほど苦労したかを思い出した。
それに、また解呪される可能性も考慮すれば、あまり良い策とも言えない。
「あのレベルの解呪を、二度、三度も簡単にできるとは思えぬがな・・・」
トーマスの呪いが解かれたことについては、ビルメスは不本意のようだ。だが、事実、起きてしまっているため、その点は認めるしかない。
呪術師のプライドがいたく傷つけられたようで、先ほど、ダバンに対する返事が刺々しかったのも、そのせいだった。
「ただ、手がないわけではないぞ」
「それは、何だ?」
名誉を回復するつもりではないが、ビルメスもレイヴンに対しては思うところがある。
何とか出し抜く方法は、考えていたのだ。
「トーマスに手が出せないのは、冒険者ギルドの中にいるからだ」
「それは分かっている。だから、頭を悩ませているのだろう」
「では、冒険者ギルドから出た後は、どうだ?」
そう言われて、ダバンは頭を捻る。相手も警戒しているはずで、簡単に外に誘き寄せるなど、容易な事とは思えなかった。
なかなか答えを出せぬダバンに、苛立ったようにビルメスがヒントを出す。
「自ら、冒険者ギルドを出るタイミングがあるだろう」
「自分から・・・」
そこまで言われて、ハッとした。ようやくダバンもビルメスが言わんとしていることを理解したのである。
「王城へ向かう途中を狙うのか!」
「その通りだ」
さすがに冒険者ギルドを出て、王城へ向かう際まで、ギルド総出でトーマスを警備するとは思えない。
勿論、警戒はしているだろうが、待ち伏せができるだけでも利はあるのだ。
「ある程度、腕の立つ者を、こちらで用意させよう」
「頼む」
ビルメスは、自身が所属するある組織と連絡をとることを決める。
イグナシア王国内で活動するためにも、ダバンをここで失うのは、組織の損失につながると上層部も考えるはず。
ネイル以上に腕の立つ連中は、まだまだ、組織の中にはいるのだ。
それに・・・
こちらにはあの方が所望したスキル使いの天敵がいる。保険は十分に持っているのだ。
ビルメスは自然と笑みがこぼれ始める。
どう考えても、自分たちが有利であることは揺るがない、その自信の表れだ。
「ふふふ。トーマスにあの呪いで死んでおけばと、後悔させてやるか」
激しく同意するダバンも同じく、下卑た笑いで追随した。
ダバンは小間使いの女性に指示を出すと酒を用意させる。
気の早い祝勝会だが、ビルメスとともにワイングラスを上にあげた。
そして、上等なワインを一気に喉に流し込むのである。
グラスを空けた二人が、再び、笑みをこぼした後、お互いの仕事に戻った。
ビルメスは組織への連絡、ダバンはトーマスの襲撃地点の考察。
今回は、レイヴンという男に苦杯を舐めさせられたという思いが強い両者。
『このままでは済まさぬ』という気持ちが、二人を駆り立てるのだった。
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