第8話 王の恩人

レイヴンが王国警備騎士団に連行され、王城に向かってから、すでに三日が経過していた。

その間、独房でこれほど待たされることに、レイヴンは疑問を持つ。


容疑が暴行であるため、審議にそれほど時間がかかるとは思えなかった。

通常であれば、すぐに裁判手続きに入るはずなのである。


しかし、四日目の朝、いざ国王の前に引っ立てられると長い事、待たされた理由を否応なしに告げられた。

国王の前で読み上げられた罪状は、、それと二名への暴行容疑。

罪状が大きく変わり、暴行から殺人へと罪が重くなっている。


本当にネイルが死んでいるのならば、おそらく呪いにより死ぬのを待ち、満を持してレイヴンを独房から出したのだろう。

それが、あの三日間だったのだ。


この国の裁判は、十年以上の禁固刑相当から、国王が裁断する決まりになっている。

罪状の詳細と本人の弁、必要に応じて証人喚問の結果で総合判断するのだが、通常は、罪状通りに求刑される事が多かった。


何故なら、自己弁護しか言わない本人の言葉よりも、この裁判が開かれる前に、複数人で十分吟味して作られる罪状の方が、公正な内容となっているからである。


それが、一部の権力者の意向に沿って作られたものでなければ・・・


要は、今回、罪状を作られた時点で、裁判の行方は、ほぼ決まっているのだ。

しかも、今の所、証人を呼ばれる気配もないのであれば、内務卿ダバン・アルモアが作った筋書きは揺るぎない。


今、レイヴンの目の前にいる王の名はラゴス・モールトン二世。

庶子の生まれながら、王位継承レースを勝ち抜いた剛腕。それが世間のラゴス評だ。

そのラゴスは、レイヴンを高い席から見下ろし、語り始める。


「お前のそんな姿を見られる日が来るとはな」

「言っておくけど、俺が死んでも借金はなくならないぜ」


その不遜な物言いに、衛兵が騒ぎ、槍の穂先を一斉にレイヴンに向けた。

不敬罪も追加されたと、誰もが見る中、逆に国王が衛兵の方を叱責したため、当惑した空気が宮廷内に流れる。


「・・・そんな事は、わかっておる」


この会話から、二人は旧知、それも相当親しい間柄だということが伺い知れた。

先ほどまで、気分よく罪状を読み上げていたダバンは、一転、怪訝な表情をする。

予定にないことが起きることを極端に嫌う性質たちなのだ。


しかも、ただの友人関係とも思えぬ二人。それが事実ならば、仕留め損ねた政敵トーマスの周りで邪魔立てする、目障りなハエを葬ることができない可能性が出てくる。

ダバンは嫌な予感に見舞われながらも、段取り通り、レイヴンへの糾弾を行った。


「王よ。私はこの殺人者に対して、斬首を求めます。いかがでしょうか」

「ううむ。レイヴン、何か申し開きはあるか?」


問いかけるラゴスの前で、レイヴンは立ち上がった。そして、おもむろに両手の手枷を外す。


「話が長くなるかもしれないから、らくな格好をさせてもらうぜ」


事も無げに話すが、王以外の者は騒然とした。スキルを持った罪人対策の特殊な手枷をレイヴンは、いとも簡単に外してみせたのだ。

普通であれば外れる訳もなく、スキルも使用できなくなるはずなのだが・・・


「衛兵!」


ダバンの指示で衛兵が再び、レイヴンを取囲む。相手は、『スキルに愛されし者スキル・ラバーズ』との報告を受けており、緊張が走った瞬間だった。

この物々しい雰囲気の収拾を図ったのは、またもやラゴスである。王、自ら衛兵に下がるように指示を出したのだ。


「よい。この者がスキルを封じられる手枷など、大人しく嵌められる訳がない。それでも独房にいたのであれば、そもそも暴れる気はないとういうことだ。」


ラゴスの推測通り、特殊な手枷をかけられる直前に『買うパーチャス』で買い取り、『金庫セーフ』の中にあった、よく似た自前の手枷を嵌めていただけなのである。


「さすが、ラゴス。よく分かっている」

「能書きは良い。早く説明をせい」


王の名前を呼び捨てにする厚かましさも、ラゴスは気にしていない様子。

逆に周囲で聞いている方が、心臓が縮み上がる思いをするのだった。


「今回、俺は元内務卿であったトーマス卿の娘、フリルから父の容体を診てほしいという依頼を受けて、アパートを訪れた。」


そこでネイルたちの襲撃を受け、反撃を試みただけだとレイヴンは主張する。

それを真っ向から否定するダバンだが、その説明ではレイヴンとネイルが争うことになる根拠に欠けていた。


「じゃあ、ネイルたちは、どういう理由でトーマス卿の部屋を訪れたんだ?」


結局、レイヴンの問いには答えられなくなる。この裁判は、当初、ネイルの死という事実を盾に高圧的な態度で反論など認めず、一気に押し切ろうとしていたのだ。

だが、それも難しくなってきた。


やはり、ラゴスとレイヴンが知り合いだったという想定外の事実が、大きく影響することになったのである。

ダバンは、心の中で舌打ちしつつ、嫌疑不十分となることを認めた。


もともと濡れ衣を着せての裁判。一度、ぼろが出れば立て直しは、なかなか難しいのだ。

これで主導権を握ることができたレイヴンは、この機にダバンを追い詰めようと試みる。


「それから、一つ付け加えるなら、トーマス卿は何者かに呪いをかけられていた。それもかなり高度な呪いだ」

「ほう。余は体調がすぐれぬ日々が続くため、職を辞退したと聞いていたが?」


これはダバンに対して、ラゴスからのメッセージ。問われた現内務卿は、答えに窮した。


「私も呪いなど、初耳でございます。それに本件とは、関係のない話かと・・・」

「それじゃあ、ネイルの死因は、一体、何だった?」


レイヴンのその質問は想定していなかったのか、答えはしどろもどろになる。


「胸の苦しみを訴えておったと聞く。貴様のスキルで何かしたのであろう」

「そうさ、トーマス卿の呪いを俺が祓った結果、行く場のなくなった呪いがネイルを襲ったんだ。」


勿論、説明としては正確ではない。但し、自分のスキルを詳しく話したくないレイヴンは、それで通すことにした。


ここまで、幾度となくトーマスの名が挙がっている。ここは、トーマスを証人として呼んで、改めて白黒をつけた方がいいとレイヴンが提案した。

トーマスを王城に近づけたくないダバンは抵抗するが、レイヴンが許さない。


「俺としても疑われたままでは、すっきりしない。内務卿も、罪状に自信があるならば、当然、そうでしょう?」

「むむ・・・」


これ以上、反対の姿勢を貫けば、罪科を捏造したと疑われる。

渋々ながら、レイヴンの提案をのむのだ。


「それじゃ、今度はトーマス卿とともに来るぜ。来たる日に再会といきましょう、内務卿殿」


レイヴンは、用事はすんだとばかりに宮廷を去ろうとする。一応、罪人としてこの城に連れてこられた男だ。

このまま黙って帰らせてよいのか、衛兵たちが対処に困る。


「よい。かの者は、余の恩人だ。好きにさせろ」

その言葉で、レイヴンの進む道が大きく開けた。通行への支障は、何もなくなったのである。


「ラゴス、サンキュー」


最後まで小憎たらしいほど余裕な態度と悠然な後ろ姿。それをダバンは恨めしそうに睨む。

城内の者たちは、鼻歌交じりのレイヴンとは対照的な内務卿。

その構図の目撃者となるのだった。

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