第7話 首謀者

冒険者ギルドの一階が受付、二階が食堂兼酒場、三階が宿になっている。

今、レイヴンは、二階の食堂で一休みをしていた。やや口寂しかったので、軽食をつまんでいるところ、ギルドマスターのグリュムが顔を出す。


新しく部屋を借りた、二人について探りを入れに来たようだ。

了解を取る礼儀は不要の間柄、何も言わずレイヴンの向かいの席に腰を下ろすと、早速、用件から切り出す。


「俺は以前、王宮で見かけたことがあるが、あれはもしかしてトーマス卿か?」

「その通りだよ。権力争いに敗れスラム街で暮らしていた」


レイヴンは、呪いのことまでは話さなかった。人に伝えるには、まだ、分からないことが多すぎる。

ただ、ここに連れてきた理由だけは、説明しておかなければならない。

特にギルドマスターは、冒険者ギルドを管理する責任があるからだ。


「王宮から追放された今、何故か、暴漢に襲われた」

「それで、ここに連れてきたのか?」

「ああ、他に安全と思われる場所が思いつかなかった」


それだけ、冒険者ギルドが信頼されているということ。

グリュムは鼻を高くするが、レイヴンの次の台詞で台無しだ。


「ギルドマスターをはじめ、が取り得だという奴が、いっぱい揃っているだろ?」


まぁ、概ね、間違いではない。今はギルドマスターの座に収まっているが、グリュムの年齢は、まだ四十代前半。

現役でやっていける実力は、十分持っており、実際、冒険者の中で、グリュムと闘って勝てる者は、片手で数えるほどしかいない。


この男が常駐しているからこそ、レイヴンは冒険者ギルドに連れてこようと思ったのだ。

ただ、グリュムとしては、もう少し言い方には気を付けてほしいと感じる。立場や人の目もある。頭をかいて、苦笑いをせずにはいられなかった。


「まぁ、お前さんの頼みだ。日頃、冒険者連中が世話になっている事を考えれば、お安い御用だ」

「助かるよ」


しかし、今のままでは、防戦一方。

冒険者ギルドにいる限り、トーマスたちの身は安全だろうが、狙われた理由が分からない。

首謀者も分からないでは、反撃の機会を見出す事が出来ないのだ


「間違っても、トーマス卿に王宮に戻られたら、困る奴がいるんじゃねぇか?」

「やっぱり、その線だよなぁ」


グリュムの話す事にレイヴンも納得した。もしくは、トーマスに何か都合の悪い事でも知られたか・・・

王宮から追いやっただけではなく、命まで奪おうというのは、相当な強い意志が感じられる。


しかも、あの呪い。

実はレイヴンが、ここまでトーマスに入れ込むのは、あの高度な呪いのせいだった。


解呪するのに『至高の浄化ハイ・ピリュヒケーション』まで必要とする呪いをかけられる人物など、この大陸にそうはいないはず。

その人物の特定は、レイヴンが低利貸屋まで営んで得ようとしている情報に通じるのだ。


「何だ、下が騒がしいな」


冒険者ギルドの一階受付が何だか騒がしくなる。考え込むレイヴンを尻目に、グリュムが席を立った。

黒髪緋眼くろかみひのめの青年を置いて、確認のため下の階に降りる。


すると、程なくして「ちょっと、待て」というグリュムの大きな声が聞こえた。

揉めているようだが制止を振り切った数人が、二階に上がってくる気配を感じる。


それまで、テーブルの上にいたクロウが警戒して、レイヴンの肩に止まった。鼻の利く相棒の動きに、相手招かざる者だと推測する。


二階の食堂に現れたのは、銀の甲冑を着こんだ五人。

王国の警備を任さている騎士団のようだ。

その中の一人が、レイヴンが座るテーブルの前に立つと、令状を突きつける。


「レイヴンとやら、君にはネイル氏とその仲間に対する暴行容疑がかかっている。王城まで、来てもらおうか」


暴行容疑・・・そう来たか。

そんなの元内務卿のトーマスが証言に立てば、正当防衛が簡単に証明できるはずだ。


それすら、握り潰せると考えての行動だとしたら、相手は相当、自分の権力に自身があるということになる。

やはり、トーマスが狙われたのは王宮内の闇に関わることだと、これで確定した。


「ネイルさんですか・・・彼は一体、何をされている方ですかね?」

「善良な一般市民だと聞いている」


善良な一般市民が人の部屋のドアを蹴破って入って来るようじゃ、世も終わっている。

この騎士もグルか?それとも上の命令に従っているだけか?

レイヴンが品定めするように、騎士を見ていると、騒ぎを聞きつけたフリルが三階からやって来た。


「レイヴンさん!」

「大丈夫だ。こちらも善良な一般市民だしね」


肩の上のクロウが、何か突っ込みたいようだが、レイヴンは無視する。

さて、これからどうしようか思案に暮れている時、先ほどまで話していた騎士の動きが固まったのが分かった。


「・・・フリルお嬢さま?」

「フランクさん」


どうやら、二人は知り合いのようだ。しかも、この熱い視線の絡まり具合は、ただの知り合いとは思えないが・・・それを聞くのは野暮というものだろう。


「どうして、こちらに?」

「襲われた私たちをレイヴンさんが、助けて下さったの」


その話を聞いたフランクは、考え込んでいる様子。何か、この任務に疑念があり、彼の中で葛藤が生まれたようだ。

但し、この場は任務を最優先する事に決めたらしい。


「正式な令状が出ているのです。どうか、ご理解ください」


視線を落としたフランク。この男は、ただの役目に従っているだけで、しかも納得はしていない事が伝わった。

レイヴンは、このフランクという男を苛めるのを止めることにする。


「その令状とやらを、もう一度、見せてもらえるかい?」

その令状には、訴え出た者の名のところ、『内務卿ダバン・アルモア』と書かれていた。


『こいつか!』


王宮の中にいると思われていた、首謀者の名を掴んだ。

とすれば、折角、向こうから招待してくれているのである。応じない手はない。

レイヴンは、フランクに同行するため、立ち上がるのだった。


「エイミさん、俺がいない間、クロウの世話を頼むよ」

「わかったわ。」


賢いクロウは、レイヴンの肩からエイミの肩に飛び移る。

ただ、その表情は心配そうに見えた。


「すぐ戻るよ」

背中越しに手を振るレイヴンを見て、フリルは泣き出してしまう。


「どうして・・・私たちを助けてくれただけなのに・・・」

「大丈夫よ。」


そんなフリルにエイミが優しく声をかけた。

大人の包容力をみせるエイミには、何か確信めいたものがある。


「レイヴンくんの余裕の表情を見ると、やっぱり、あの噂は本当だったようね」

「噂ですか?」

「ええ」

頷くエイミは、フリルを落ち着かせるように肩を抱く手に力を込めるのだった。

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