第6話 悪者、撃退

残った暴漢二人は、レイヴンに対する視線を切らないまま、後ずさり身を近づけた。


「兄貴、どうする?」


弟分から、相談されたネイルだが、まだ活路を見出せていない。

ただ、気になるのは破壊したはずの部屋の扉とソファーが、いつの間にか直されており、元の位置に戻っていることだ。


そこから、割り出した目の前にいる黒髪緋眼くろかみひのめのスキルの正体は・・・

ある仮説を立てたネイルは周囲を見回す。そこで、テーブルの上に置いてある花瓶に目をつけた。


「おい、そこの花瓶を割ってみろ。」


意味が分からなかったが、弟分は言われた通り、濃い緑色をした花瓶を持ち上げて、床に叩きつける。

何の変哲もないシックな花瓶が大小の破片に分かれて、床の上に飛び散った。


『これが、一体、何だっていうんだ?』


結果を一応、報告しようと思った矢先、弟分の男が「・・・ぐわっ」と悲鳴を上げる。


突然、肩が弾けて血を噴き出したのだ。左肩を抑えて、うずくまる弟分の姿と元の状態に戻ったテーブルの上の花瓶を見て、ネイルの仮説は確信に変わる。


「ひでぇ奴だな。仲間で試しただろう?」

「当たり前だ。こればっかりは、自分で試す訳にはいかないからねぇ」


どうやら、この男は仲間を仲間と思っていないようだ。

「さすが悪者!いい感じで腐っているね」と、レイヴンが拍手する。

しかし、そんな嫌味はネイルにとって痛痒とも感じない。勝ち誇ったように高笑いを始めるのだ。


「俺のスキルは『観察オブザート』だ。お前の奇妙なスキルの正体は見切ったぜ」

「へぇー。試しに言ってみな」


余裕を出しているつもりか、ネイルはレイヴンの希望に沿うように講釈を始める。

「お前のスキル名までは分からないが、物を直す能力。そして、物を壊した時の力を相手にぶつけることができる能力。これで間違いないな」


「まぁ、大体、合っているかな」

「つまり、何も壊さず直接、攻撃をすれば、お前に反撃する手段はないって訳だ」


そう言うと、ネイルは電光石火の動きでレイヴンにナイフを突き立てた。

相当鋭い刺撃だったが、『金庫セーフ』の中から取り出したダガーで、レイヴンは難なく受け流す。

危うく態勢を崩しかけたネイルが見たのは、ニヤッと笑ったレイヴンの顔だった。


「なかなか観察力はあるようだけど、どうも記憶力はないみたいだな」

「どういう意味だ?」

「俺が直せるのは、物だけじゃない」


間合いを詰めてくるレイヴンにネイルは、青ざめた。どうしてシナリオの変更を余儀なくされたのかを思い出したのである。


「・・・おい、やめろ」

「やめないね」


返品リターン


次の瞬間、ネイルは苦悶の表情を浮かべた。その血の気が失せた顔色は、まるで数分前までのトーマスのようである。

そうずばり、レイヴンはトーマスがかけられていた呪いを、今度はネイルにお見舞いしたのだ。


スキルの『買うパーチャス』で買い取れるのは、目の前にある値段が付いたもの全て。

逆に『返品リターン』では、買い取ったものを有無を言わさず、相手に返すことが可能だった。

これは、購入時から数えて、八日間だけ可能な期間限定のスキル。


今回、レイヴンは壊れた家具の購入費を支払うことで、持ち主が購入した時と同じ状態に家具を戻していた。

ネイルが推測した物を直したというのとは、この点が微妙に違うため、大体合っているという回答をしたのである。


壊れた家具の購入は、初期購入時の家具+壊れた原因+老朽化などを全て買ったことになり、その中から、壊れた原因を返却することで、敵にダメージを与えていた。


但し、『返品リターン』の対象は、誰にでも返せる訳ではなく、本人もしくはその仲間に限られる。

怪我や呪いも同じように負わせた相手に返すことが可能で、ネイルはトーマスにかけられた呪いの詳細まで知っていた事により、呪いをかけた仲間と認定ができたのだった。


付け加えるならば、レイヴンは購入した自分の物は基本『金庫セーフ』の中に保管ができるのだが、怪我や物を壊した原因など、形状のないものは返却期間と同じく、八日間だけしかストックできない。

期間を越えてしまうと、どこかに消えてしまうのだ。


「トーマス卿、歩けますか?」


三人を撃退、無力化したことでレイヴンはトーマスに話しかける。ネイルに他の仲間がいる事も想定し、居場所がばれているこのアパートに残るのは危険と判断したのだ。

レイヴンの意図を察したフリルが、手早く荷物の整理を始める。準備が整うと、ベットに横たわる父親の元へ向かった。


「私が肩をお貸します」

「フリル、すまない」


呪いは解けたが、まだ、体力が回復しきれないトーマスは娘の力を借りて、何とか立ち上がる。

床では、肩を砕かれた男が呻いていたが、無視をしてレイヴンたちは部屋を出た。


「待ってくれ。せめて、医者を呼んでくれ」

「それだけ話す事ができるなら、自分で呼べるだろ」


返って来る冷たい返事に男は下を向く。そこには、丁度、呪いで苦しむネイルがいた。

「兄貴は、この後、どうなるんだ?」

「助かるぜ・・・教会に白金貨を100枚ほど寄付したら」


一瞬、期待を持ったがそんな大金は、到底無理だ。男は絶望に打ちひしがれる

しかし、それは自業自得だ。暴漢、三人組を置いて、レイヴンたちはスラム街の路地へと足を踏み出す。

さすがのクロウも、今回ばかりは情けをかける気がないようで、レイヴンの肩に乗り、振り返ることもしないのだった。



「これから、どこへ行くのですか?もしかして、レイヴンさんのお店?」

「いや、まさか」


確かにレイヴンの家には空き部屋はあるが、誰かに狙われているトーマスを匿うのに、もっと最適な場所が他にある。

初めはスカイ商会に何とかしてもらおうとも考えたが、得体の知れない相手に一般人を巻き込みたくない。


レイヴンは、こんな日のために、日頃から恩を売っていたのだと一人、ほくそ笑むのだった。

ようやく辿り着いたのは、レイヴンのお店・・・のすぐ隣にあるひと際大きな建物。冒険者ギルドだ。


早速、中に入り、一階の受付に顔を出す。

着くなり、クロウが羽ばたいて、金髪、ショートカットの女性の肩に止まった。


「あら、クロウちゃん。相変わらず、綺麗な羽根ね」

美人に褒められて、クロウは喜んでいる様子。この女性がギルドの受付をしているエイミだった。


「エイミさん、ちょっと頼みがある」

「レイヴンくん、何かしら?」


エイミは、レイヴンの後ろに控えるトーマスとフリルに一瞬、目を向けるが直ぐに戻す。

不審に思えるだろうが、表情に出さないのはさすがである。

冒険者ギルドでレイヴンが、一番、信頼を寄せるのが、このエイミなのだ。


「三階の宿を貸してほしい。費用は俺に請求していいから」

「分かったわ。今、空けてくるから、ちょっと待ってて」


エイミは腕まくりをして階段を上って行った。空けてくるってことは、先客がいたのだろう。

それをどう対処するのか分からないが、何とも頼もしい女性だ。


程なくして、エイミは部屋を確保して戻って来るが、入室には、もう暫く時間がかかるという。

理由を聞くと、これから清掃に入るとの事だ。


「それはいいよ。俺がやるから」

「あ、そう。レイヴンくんに頼むと綺麗になるのは勿論の事、家具も新しく見えるから助かるのよね」

新しく見えるのではなく、実際、新しくなっているのだ。


部屋を無理にでも空けたのは、これが狙いだったかと思いつつも、レイヴンは指定された部屋でスキルを使う。

これで、ようやくトーマスを部屋で休ませる事ができ、一息つくのだった。

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