第11話 握る証拠

唖然とするトーマスを前にして、クロウはレイヴンの肩から、手近にあったテーブルへと移動した。

頭を下げて、会釈を一つすると、黒い鳥は挨拶を始める。


「トーマス卿。初めて、ご挨拶させていただきます。僕の名前はクロウといいます」


先ほど聞こえた人語は、やはり空耳ではなかった。そればかりか、丁寧な挨拶まで受けてトーマスは非常に驚く。

近くで聞いている限り、予め定められた言葉を発しているようには見えなかった。

明らかに、自分の意思で言葉を操っているとしか思えない。


「はじめまして・・・いや、違うな。私はトーマス・ラングラーという者だ。よろしく頼む」

「こちらこそ、お話の機会をいただきまして、大変、光栄です」


礼儀正しい返礼を受けて、トーマスは恐縮した。にわかには信じがたいため、トリックか腹話術の類を疑ったが、レイヴンにはそんな素振りが見られない。

こんな質問は、クロウに失礼と思ったのか、トーマスはレイヴンに顔を近づけて、小声で耳打ちをした。


「この鳥は一体?」

「クロウは・・・実は俺の弟なんです」


トーマスの当然の質問にレイヴンは、更に驚くべき回答をする。

それはあくまでも比喩的な表現なのか?それとも本当の意味で言っているのか?頭の中をクエスチョンマークが飛び交った。


ただ、目の前で起きている事象を否定することは、トーマスにはできない。

間違いなく、この黒い鳥は自分の意思を持ち、それを伝える術を持っていた。


ならば、何か理由があるのだろう。

トーマスは、レイヴンの続く言葉を待った。


「十数年前、クロウは呪いをかけられて、この姿になってしまいました。俺は、この呪いの解呪の方法。そして、呪いをかけた人物を探しています」


それがレイヴンが呪いに対して、一定以上の知識を持っていた理由だった。

これまで、あらゆる資料や情報を元に解呪を試みるが、一向に成果は得られない。

今は、呪いをかけた張本人を探すことが、一番の近道ではないかと考えていた。


このクロウの件は、冒険者ギルドではギルドマスターのグリュムとエイミしか知らない秘事。

冒険者を介して情報収集をしやすくするめ、二人だけに理由を話し協力を求めたのだ。

これで、秘密の共有者はトーマスで三人目ということになる。


「呪いという事は、もしや、今回、私がかけられたものと、何か関係していると?」

「そこまでは、わかりません」


レイヴンは首を振るが、「但し・・・」とも付け加えた。

トーマスがかけられた呪いは、ランク分けするならば、かなりの高ランクの呪いである。


そんな呪いをかけることが出来る人物が、世の中にそんなに大勢いるとは思えないとの事だった。

確かに娘のフリルからは、解呪には教会へ白金貨100枚分のお布施が必要なレベルであったと聞いている。


トーマスの知識では、それは『至高の浄化ハイ・ピュリヒィケーション』を使用したことになると記憶していた。

内務卿、現役時代のトーマスでさえ、おいそれと頼めない解呪である。

そんな呪いを思うがままにかけられる者が、ごろごろといては堪ったものではないのだ。


「私にしてくれたように、解呪はできないのかい?」


そう言ってから、トーマスは愚門だったとすぐに気づく。

それが可能であれば、とっくに解呪しているはずなのだ。

クロウにかけられている呪いが、それほど強力なのだと想像ができる。


「俺も家族のために、トーマス卿に呪いをかけた人物まで辿り着きたい。もし、他に話していないことがあるのならば、教えてほしい。・・・いや、教えてください」


レイヴンは、頭を下げて懇願した。家族のためというフレーズは、トーマスの心に大きく響く。

自分も娘のために地位を捨てて、王城を後にしたのだ。

トーマスは、天を仰ぎながら、暫く考え込む。


「分かった。・・・私は、命の恩人に対して、大変、失礼なことをした。先ほどは、証拠がつかめなかったと伝えたのだが・・・」


トーマスは、右手に嵌めてあるブレスレットを自分の前に出した。ブレスレットは淡い光を放つと、そこから大量の資料が飛び出す。

そのブレスレットは収納ボックスの役目を果たす魔法道具マジックアイテムのようだ。


量が多くテーブルの上に置くため、一旦、クロウには退けてもらう。

レイヴンは、その資料の一枚を手に取り、眉間にしわを寄せた。


「これは?」

「ダバンが奴隷商人と取引した証文だ。私が圧力をかけて、押収した」


手に持つ証文自体は、契約者同士の同意を示すサインなどもあり、正当性は高そうである。

その中で、レイヴンが気になったのは、ダバンが奴隷商人に売り渡した人数だった。


過去、十四、五年分くらいの資料がまとまっているのだが、ざっと見積もっても二千人程度の取引を行っている。

しかも、ここ最近、その量が増えている傾向にあった。


確かに、これほどまでの奴隷をダバンが用意できる理由を考えれば、人攫いをしていると指摘されても仕方がない。

ただ・・・


「証拠としては、不十分なんだ」


それはトーマスの言う通りだ。奴隷を扱う数の多さが異常でも、それが直接、人攫いをしているという証拠にはならない。


トーマスの命を狙いながらも、ダバンが性急に進めなかったのは、握られた物証の証拠能力が低いと見てのことかもしれなかった。

だが、その言葉が表に出て、王の耳に入るのは嫌っているといったところか。


その時、資料を眺めていたレイヴンの手がふと止まる。古い方の資料だが、そこにトーマスの身近な人物の名前が記載されていたのだ。


「トーマス卿・・・これは?」

「そう、フリルは・・・実の娘ではない」


奴隷のリストの中に、当時、二歳のフリルの名がある。偶然かと思ったが、どうやら、そうではないようだ。


「その頃、妻との間に出来た娘が病気を患って亡くなってしまってね・・・それが元で、妻の心も弱くなり・・・」


トーマスの話では、娘の死で妻は食事が喉を通らなくなる。このままでは愛妻も危ういと思い、同じ性別年齢のフリルを奴隷商人から買ったそうだ。

残念ながら、妻はその五年後、亡くなったのだが、フリルのおかげで幸せな五年間を過ごす事ができたという。


「はじめ、この資料を君に見せるのを躊躇ったのは、この秘密も漏れるからだ。・・・だが、君も家族の重要な秘密を教えてくれたからね」

「分かりました。・・・今度、王城にトーマス卿も呼ばれますが、この資料は使わない方向でいきましょう」


証拠能力も低い上、人を傷つける可能性が高い。世の中、知らない事が、その人のためになる事もあるのだ。


となると、人攫いに関する別の決定的な証拠がほしい。但し、奴隷商人からは、これ以上の物は出てこないだろう。

考え込むレイヴンだが、答えは一つしかない。


「私もダバンの屋敷までは、捜査できなかった。中を調べることが出来れば、あるいは・・・」

そうトーマスが先に口にしたが、レイヴンも同じ事を考えていた。


「・・・しかし、警備は厳重ですよね?」

やましいことがあれば、尚更にな」


レイヴンは、腕を組んで思案する。何か上手くダバンの屋敷に入り込む方法はないものだろうか・・・

沈黙が続く中、不意にクロウがレイヴンの肩をつついた。


「兄さん、奴隷商人の人は出入りできるんでしょう」

「おそらくな。だが、奴隷商人に知り合い何かいないぞ・・・あっ」

「そう。スカイ商会だったら、もしかしたら、一般の外商として出入りできるかもしれないよ」


クロウの提案に膝を叩いたレイヴンは、翌日、ニックの元を訪ねることにする。

あの時、クロウのお節介に付き合ってよかった。

スカイ商会との繋がりを持てたことを喜ぶ。


「いい事をすれば、自分に還って来るんだよ」

「へいへい」


今回ばかりは、弟の言うことに頷く、レイヴンだった。

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